『ジャッカルの宮侑にはスーツが似合う美人の彼女がおるらしい』

 最近チーム内でそんな噂が流行っとるとかどうとか。スーツが似合う?美人?誰基準でモノ話しとんねん。ほんで一体どこのどいつがそんな適当な噂流しとんねん、ホンマしばくぞ。…いや待て待て、あ〜〜あかん、言葉のオブラート忘れとるわ。臣くんのこと言えへんやん。しばくのやめて優しい肩パンぐらいにしといたるわ。うん、そうしよ。
 ついでに言うと俺の彼女は美人やのぉて可愛い系や。顔だけ、顔だけならな。

「なーなーツムツム、噂のカノジョいつ会わせてくれんの」
「嫌や、何で会わせなアカンねん」
「いーじゃんかーケチー」

 チームでの練習後、俺の左肩に顎を乗せたぼっくんがそう呟く。その言葉に反応した他の奴らもチラチラと俺の方を気にし始めよる。ほらみぃこういうことになるやろ、勘弁してや。しょおもないことでこーやっていじられるのほんま嫌いやねん、噂流したやつ許さへんからな。肩パン覚悟せぇよ。

「まいど〜差し入れです〜」
「お!ミャーサムのおにぎり!」

 ふつふつと湧き上がる怒りをどうしようかと悩んでいると聴き慣れた声に反応してぼっくんが飛んでいった。助かった。そういや治のやつ今日顔出す言うてたな。
 どれどれ、今日は何食うたろ。チームメイトに続いておにぎりの輪に近づくと、治の背後からひょっこり顔を出したスーツの女と目が合った。

「何でお前がここにおんねん!」

 思わず叫んでしまって我に返る。しまった、下手こいた。
 何、どした?侑の知り合い?ざわつくチームメイトから当然の様に注目を集めてしまいダラダラと溢れる冷や汗が頬を伝う。状況を察した治だけが白けた目をして「アホ」と呟いとった。半分はお前のせいやぞ、クソ。なんで部外者連れこんどんねん。

「わかった!ツムツムの彼女だ!」
「ハッ、噂のスーツ美女!?」

 ぼっくんこういう時だけ察しがええやん?!そして翔陽くん、それ言わんといて!乗っからんといて!
 心の中のツッコミなんて知る由もない名前は「治が差し入れするって聞いてついてきちゃった」と笑いよる。挙げ句の果てに「これウチの会社で取り扱ってるスポドリなんですけど、よかったどうぞ〜」なんて営業スマイル全開でぬかしよる。なんで米食いながらスポドリ飲まなあかんねん。組み合わせ最悪やろが、日本人なら茶ァ持ってこい!

「えっ、どっちから告白したんですか?」
「やっぱそこは男のツムツムからだろ〜」

 翔陽くんとぼっくんを筆頭にあることないことで盛り上がる展開についてかれへん。あかん、ここにおったら精神的にやられる。そんで早いとこシャワー浴びんとえらいことになる。
 おにぎりは後回しや。そう心に決めて逃げようとした瞬間、名前がススス…と音もなく忍び寄ってくる。ほらみぃ、早速来よったわ。

「ちょお、いま近寄らんといて」
「え〜練習後で今いい感じなのに」
「ツムツム何怒ってんの」
「…コイツ俺の汗の臭い嗅ぐのが趣味なんや」

 ほんまキショいわぁ、この変態。
 これだけ大人数の前でそう続けて暴言を吐けばさっさと退散してくれるかもしれん…微かな希望を抱いてみるがどうも怯む様子はないらしい。ほんま神経図太いな。

「ツムツムの彼女、変態なのか」
「はい!変態です!」

 ビシィ!と敬礼決めたかと思えば「ただし侑に限ります!」とかなんとか鼻息を鳴らしながら宣言する始末。そないなことに堂々と胸張ってどうせいっちゅーねん!全然嬉しないわ!

「アホがバレるやん、ほんまヤメロや!」
「ツムツムの彼女、面白いな!」
「ハァ〜〜だから会わしたなかってん…」

 コートにおるチームメイトや関係者は堪えきれんよぉになったんか腹を抱えて笑い始めよった。最悪や、ほんま恥ずかしゅうてかなわんわ。
 絶対明日からいじられる…今でさえ臣くんの目が冷たいのにこれ以上蔑まれたら生きていける気がせぇへん…
そんなん嫌や!思わず頭を抱えてその場にうずくまると背後を取られた。しまった!

「スンスンスン」
「何回嗅ぐねん!」
「毎秒3回かな」
「近寄るな言うとるやろボゲェ!」

 右腕をブン!と振り上げたところで名前はヒラリと後方へ後ずさり、俺の拳は宙を舞った。

「フッフ、わたしにグーパン一つ入れられないなんてまだまだね」
「チッ、お前ホンマに覚えとけよ」

 「あ〜練習後の汗臭い侑堪らんわぁ〜」と恍惚に浸る名前を見て「相変わらずイチャイチャしよんなぁ」と笑う治に、その場にいた全員がえっ、どこが?という顔になったのは言うまでもない。

「やば、もうこんな時間!もう1件外回りが残ってるんでそろそろお暇します!」

 変な空気をぶち壊すように、お邪魔しました〜!と声高らかに笑う名前は高さ3センチ程度のヒールをカツカツ鳴らしながら手を振って颯爽と去っていった。元気の塊のぼっくんに「なんか台風みたいだったな」と笑われて、台風か、確かにな。えらい強風で荒らしていきよったな。と自分で自分を労った。
 まぁ腹が立つことも少なくないけどなんやかんや言うて飽きへんしな。あんな奴とおれるの俺ぐらいやで。
フッ…と悟りを開くと治が肩を叩いてネギトロおにぎりを差し出してきた。

「やっと紹介できて良かったやん、噂のスーツ美女」
「お前の仕業か!」


(20201007)


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