早朝のベッド

「………ん、」

 もぞりと動く、自分ではない何かの存在に気付いて重い瞼を開く。いつもと違う掛け布団、壁、天井、そして匂い。徐々に覚醒していく意識を現実世界に引き上げたのは、今ではすっかり聞き慣れてしまったとろけるような甘い声だった。

「おはよう」
「お………は、よう、ゴザイマス…?」

 反射的に発した挨拶が頭の中で反芻される。おはようってどういう意味だったっけ?平仮名四文字が頭の中で溢れてゲシュタルト崩壊寸前。ぱちぱちと数回瞬きを繰り返せば、暗闇に慣れてきた目がぼんやりしていた声の主の顔を次第にはっきりさせていく。
 わたしを見下ろすように肘をつきながら隣で寝そべっていたのは、裸眼バージョンの御幸先輩だった。

「…み!っぶふっ」
「シー!アイツらまだ寝てっから」

 思わず大声を発しそうになるわたしの口を咄嗟に塞がれて我に返る。そうだ、倉持先輩と沢村もいるんだった。ここでようやくこの現状を理解する。
 昨日は沢村の家でシャワーを浴びた後、借りた服に着替えて、そろそろ寝ようかと思い部屋に戻ったらベッドに寝そべった御幸先輩がニヤニヤしてたんだっけ。それに緊張してやけくそになって、残った酒を片っ端から浴びるように飲んで…………そこからの記憶が、ない。

「なっ、なん、なんで…!」
「お前が“一緒にベッドで寝ましょ〜〜”って誘ったんだろ」
「う、嘘…」
「酔っぱらったら大胆になんのな〜」

 ニヤニヤしながら語られる昨晩の出来事に愕然。なんたる失態。最悪だ。

「別に何も変なことしてねーよ」

 くつくつと笑う御幸先輩は余裕綽々といった態度で本当に腹が立つ。が、こればかりは自分のせいなので何も言えない。だけど『何もない』とりあえずそれを聞けただけで一安心だ。
 まぁ当然と言えば当然か、この部屋には倉持先輩も沢村もいたんだもんな。頭を起こして布団から顔を出し様子を伺うと、二人ともコタツにもぐりこんで仲良く爆睡していた。うーん、これは当分起きそうにないな。

 しかし、だ。冷静に考えてみればこれはわたしにとって一大事。何も過ちがなかったとは言え、あの御幸先輩と一晩同じベッドで過ごしたと言うのか。ヨダレとか寝言とか……色々と大丈夫だったんだろうか。

「わたしあんまり寝相いい方じゃないんですけど…その、寝れました…?」
「んー…正直言うと何回も抱きつかれて眠れなかった」
「ぎゃ!ご、ごめんなさい…」

 記憶にないとはいえ御幸先輩相手になんて事を…わたし抱き癖があったのか?知らなかった。というか、無理、ダメだ、もう耐えきれん。

「ちょっと、顔洗って歯磨いてきます……」
「もーちょっとゴロゴロしよーぜ、折角休みなんだし」
「うわっ」

 ベッドからフローリングに降りようとした瞬間、腕を引かれて布団の中へ引き摺り込まれる。いや、コレどういう状況?しかもどさくさ紛れに抱き締められているではないか。朝から一体何なんだ。

「逃がさねぇよ」
「もう…」

 …あぁ嫌だ、こんなに近かったら心臓の音がバレてしまう。恥ずかしいけど嬉しい。そんな矛盾でいっぱいになった。

「御幸先輩……」
「ん?何?」
「非常に申し上げにくいんですけど、アレが……当たってません?」

 先程気付いてしまった、わたしの太腿に当たっているソレ。目や手で確認せずとも、服越しで充分に先輩の自己主張が確認できた。

「……コレはだな、その……朝の生理現象だから気にすんな」

 気にするな、そう言われても腰を引こうとせずそのままの体勢を取られてしまってはさすがに困る。いやいや、これセクハラじゃない?
 というか、そもそも恥ずかしくないのかな。疑問に思いながら御幸先輩の胸元に埋めていた顔を上げると、至近距離でばちっと視線がぶつかる。あー、だめだ、やっぱりカッコいい。

「…あの、」
「何、もしかして相手してくれんの?」

 何を、なんて聞かなくても分かる。冗談だって分かってても途端に顔が熱くなるのが分かった。

「〜〜っ、先輩じゃなかったら訴えてますからね!」

 こういう反応するって分かってて言ってるんだから困る。この人、顔はいいのにホント性格悪い!


(20210203/#1週間で2個書き隊「早朝のベッド」より)

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