「おっ、来たなぁ〜?お前が噂の御幸のお気に入りか!」
「そうっすよ!コイツが例のみょうじです!」
「誤解ですよ倉持先輩、沢村も乗らなくていいから…」
翌日の夕方、約束の時間に沢村のマンションに向かうと既にメンバーが揃っていた。玄関を開けてすぐ視界に飛び込んできたのはテンション高めの二人。そしてその後ろ、単身マンション特有の廊下に面した狭いキッチンでは御幸先輩がエプロン姿で料理に奮闘していた。
倉持先輩はまだ分かるとして、沢村は後輩だというのに御幸先輩を差し置いて缶ビール片手にすっかり出来上がっているというのはいかがなものか。相変わらず呑気な奴だ。
「手伝いますよ、出来上がったものから運びましょうか?」
「お、さすが女の子、気が利くな〜」
既に酔っ払ってる二人についていけないだけなんですけどね、なんて言葉を呑み込みつつ、手洗いを済ませて腕まくりをし、勝手に戸棚を開けて食器を準備する。フライパンからふわりと香ってくるいい匂いが鼻を刺激してお腹がぐうと鳴りそうになった。今日のテーマは中華らしい。
「色々買ってきてるからお前も適当に飲めよ」
「あ、もう飲んでるんですね」
よく見ればキッチンの端にはプルタブの空いた缶ビールが置かれていた。飲みながら料理作ってたんだな、確かによく見ればほんのり頬が赤い。ほろ酔いしてるみたいだ。
「いやぁ〜〜料理全部最高っス!御幸先輩はいいお嫁さんになりますよぉ〜〜」
「ヒャハハ!御幸が!嫁!」
「なんで俺が嫁なんだよ!」
食べて飲んで盛り上がる元5号室組にツッコミを入れる御幸先輩はお酒が入っているせいかいつもより楽しそうに見える。外泊なんて頻繁に出来ることじゃないだろうから、今日は特別な休息日なんだろうな。そんな事を考えながらわたしも料理を口に運びお酒を飲みつつ、せっせと部屋と台所を行き来した。
「みょうじに感謝しろよーあんなに働かせて…お前ら飲み食いするばっかで何もしてねぇじゃねーか!」
「またまたぁ〜お二人がキッチンでいい感じだったから入れなかっただけっすよ!」
「またそんな適当なこと言って…」
空になった皿を下げつつ溜息を吐く。コイツ絶対面白がってるな。コタツから全然動こうとしない沢村は相変わらずニヤニヤしながらわたしを眺めていた。
まぁでも、御幸先輩が料理するレアな姿を傍で眺められたのは結構楽しかったし、おすすめの調味料なんかも教えてもらったりして、わたしとしてはラッキーだった。
そんなこんなでお腹も膨れ、テレビゲームに奮闘しているうちにすっかり夜も深まっていく。騒ぎ疲れたのか、倉持先輩と沢村はいつのまにかコタツに潜り込んで爆睡していた。御幸先輩は残ったビールをちびちび飲みながら深夜番組をぼうっと見つめている。その姿がちょっとだけ眠そうで、思わず可愛いと思ってしまった。
使い終わった食器を洗ってテーブルの上を片付けたところでひと段落。部屋の壁掛け時計を見ればなかなかいい時間になっていた。
「そろそろ終電なので、わたしお暇しますね。料理全部美味しかったです、ありがとうございました」
「え、帰んの?」
ほろ酔いの御幸先輩が缶ビール片手に子供みたいな顔でそう尋ねてくるもんだから少し驚いた。いやいや何を言ってるんだ。
「つーかその時計、時間ズレてるぞ」
「えっ!」
慌ててスマホを取り出して見比べると確かに15分ほど遅れているではないか。全然気が付かなかった…ていうか沢村!ズボラにも程があるだろ!直せよ!
「今日は俺も飲んでるから送ってけねーし…泊まってったら?」
「いや、さすがにそれは…」
「アイツら爆睡してるし、一人増えたぐらいじゃ家主も何も文句言わねーだろ」
「まぁそうかもしれませんけど」
元々泊まる予定だった二人は何ら問題ないんだろうけど、わたしはそんなつもりでここへ来たわけではないから年頃の女として問題山積みだ。
「ベッドで一緒に寝る?」
一人考え込んでいると御幸先輩が笑いながらそう誘う。ぽんぽんと布団を叩きながら口角を上げる様子に思わず顔が引き攣った。
「またそうやってからかう…!」
だから、そういうことは冗談でも言わないで欲しい!顔が赤くなるのを必死に抑えようとしていると嫌な視線を感じた。ハッとして振り返ると、爆睡してたはずの二人がニヤニヤしながらコタツの影から顔を覗かせているではないか。
「俺ら客布団で寝るから二人で沢村のベッド使えば?」
「着替えなら俺の服貸すし?」
いつから起きてたんだ!恥ずかしくなって御幸先輩を睨むも、当の本人まで満更でもない顔をして笑っている。これだから酔っ払いはタチが悪い。
「…な、何の準備もしてきてないからコンビニ行ってくる!」
男三人が作り出す空気に耐えきれず、カバンを持って部屋を飛び出そうとする。が、御幸先輩に腕を掴まれて阻止された。
「俺も行く」
「えっ、いいですよ」
「こんな時間に女の子一人で歩かせるわけにはいかねーだろ」
そうだそうだと援護射撃する声に負け、二人揃って夜のコンビニに向かう羽目に。なんだか最近こんな展開ばっかりだな…なんて呆れるも、不思議とこの時間は嫌ではない。そう思ってしまうのはわたしにも下心が芽生えているという事だ。
ちらりと様子を伺えば隣を歩く御幸先輩が月明かりに照らされている。何度も言うがやっぱりイケメンだ。こんな夜も悪くない、結局そうやって流されてしまう。
「で、何買うの?」
「とりあえずメイク落としと化粧水と歯ブラシですかね、あと…まぁ下着があれば、それも」
「ふーん?」
「何ですか!シャワー借りるなら全部着替えたい派なんです!」
「別に何も言ってねーじゃん」
「顔がイヤラシイ感じにニヤけてる!」
「お前ソレ失礼だぞ」
お酒のせいなのか冬の夜だというのに顔が熱い。あぁ嫌だ。はやく冷めてくれないかな。
(20210203/#1週間で2個書き隊「初めての夜」より)