「明日ヒマ?御幸先輩が俺んちでメシ作ってくれんだけどお前も来る?」
青道野球部の飲み会から約ひと月後。大学構内の食堂で沢村と共に昼食を取っていると今度は自宅に誘われた。聞けば明日の夜、沢村の家で御幸先輩と倉持先輩を招待した家飲みが計画されていて、なんと御幸先輩が料理を担当するんだとか。
そう言えば御幸先輩、ああ見えて意外に料理上手って言ってたっけ、なんて懐かしい記憶を呼び起こしてみる。ていうか沢村のやつ、車で送ってもらった挙句今度は手料理まで振舞ってもらうのか!?あの御幸先輩に?なんて贅沢だ!
そんな不平不満が口から飛び出そうになるが、メンバーを考えたら内輪の集まりだし今度こそわたしはお邪魔だろう、そう思い遠慮しようとしたのだが。
「御幸先輩に、こないだ飲み会に来てた子も呼んで欲しいって言われたんだよなー」
「えっ!そう、なの」
そんなことを聞いてしまっては気持ちが揺らいでしまう。御幸先輩が?わたしを?指名???どういう事だ、明日の東京は大雪か?
「どーする?来る?」
「ん、んん〜〜明日か…予定ないし、お邪魔じゃないなら行こうかな…」
なるべく冷静を装いつつそう返すと沢村は何故か嬉しそうに笑っている。何、何だその顔は。不審に思ってるとテーブルの上に伏せて置いていた沢村のスマホが鳴る。電話だ、なんて言いながら沢村はスマホ画面をスワイプさせて、席を外さずわたしの目の前で「お疲れ様っス!」と元気よく会話を始めた。体育会系の挨拶と聞こえてくる内容から察するに電話の相手は御幸先輩らしい。明日の予定について話してるのかな。
「え?みょうじですか?いますよ、目の前に。変わりやしょーか?」
「えっ」
ハイ、と手渡されたスマホを受け取りドキドキしながら耳に当てる。もしもし、の四文字が震えて仕方がない。
『あ、俺だけど。お前も明日来るんだって?』
「ハイ、お邪魔じゃなければ…」
『また沢村のやつが無理言ったんだろ?迷惑だったら断っていいんだからな』
「…ん?御幸先輩がわたしを呼んだんじゃないんですか?」
『は?……っえ!?』
「え?ごめんなさい!違うんですか!?」
ちょっと待て、なんかおかしいぞ。話が食い違ってる?ていうか……
「さ〜わ〜む〜ら〜〜?」
耳からスマホを離して沢村に視線を移すとニヤニヤしながらわたしを見つめていた。コイツ何企んでんの?ていうか楽しんでる!?何でこんな事を……そこまで考えてひと月前の出来事が脳裏を掠めた。
もしかしてあの夜、車の中で起きてた!?
『もしもし?』
「あ、ハイ!?」
通話口から聞こえて来た声に慌てて再びスマホを耳に当てる。マズい、もしかしなくても聞こえていただろうか。
『……なんか、沢村がゴメン』
「いえいえ…」
き、気まずい。またしても気まずい…まんまとハメられた訳だが、この状況からわたしはどうするのが正解なんだろう。
『で、どーする?来る?』
迷っていると御幸先輩が助け舟を出してくれた。まだわたしにも選ぶ権利は存在しているのか。ハメられたから仕方がないとは言え、勘違いして舞い上がって恥ずかしい事この上ない。けど、こうなったら乗りかかった船は何とやらだ。
「い、行きます!」
威勢のいい返事を返すとスマホの向こうからふっと笑い声が聞こえてきた。
『じゃあな、また明日』
「…はい、また明日」
それだけ言って通話終了ボタンを押す。だけど優しい声はまだ耳に残っていた。あの御幸先輩がわたしに、また明日、だって。
「楽しみだな?」
沢村の声にハッと我に返る。未だニヤニヤしながらわたしを見つめるその意地の悪い顔に腹が立って、借りていたスマホをグリグリと頬に押し付けてやった。
「いででで!」
「アンタよくもハメたな…!」
とは言え明日が楽しみで仕方がない。何着て行こう、なんて、今から考えてしまう自分がいた。
(20210203/#1週間で2個書き隊「また明日」より)