最終電車

「今晩青道OB飲み会があるんだ、一緒に行こーぜ!」

 大学2年の冬、たまたま同じ大学に進学した沢村に当日いきなりそう誘われた。いや、わたし関係ないよね?一度はそう断ったのだが「3年連続チアやってくれたんだからみんな知ってるし気にすんなって!」で片付けられてしまい、半ば無理矢理連れて行かれる羽目に。

 いやいや、絶対場違いだって。誰おま状態になるって。そんな不安を抱えつつ店へ向かうも、思いのほか同級生組が多くすんなり受け入れられてしまった。加えて顔見知りの先輩からも声を掛けて貰い終わってみれば案外楽しい酒の席だった。
 と、まぁ、ここまでは良かったのだが。途中で沢村が悪酔いしてしまい、あれこれ対応してるうちに最終電車を逃してしまうことに。

「俺送って行くわ」

 だけどそこで名乗りを挙げたのが元主将で現在プロ野球選手である御幸先輩だったのだから驚きだ。聞けば選手寮住まいの先輩はこの日のために外泊届を出し、元々車で実家に帰る予定だったためノンアルでこの場をやり過ごしていたらしい。それなら、とベロベロになった沢村を後部座席に押し込み自分はタクシーを拾おうとしたのだが、女の子なんだからと有無を言わさず助手席に押し込まれてしまった。そして現在に至る。

「沢村に無理矢理連れてこられたんだろ?悪かったな」
「はは…でもまぁ、懐かしい顔に沢山会えましたし、久々に先輩達とも話せたので楽しかったですよ」
「なら良かったけど」

 車に詳しくないわたしでも知っている“ちょっとイイ車”を慣れた手つきで運転する御幸先輩。ちらりと様子を伺えば横顔は相変わらずイケメンだった。いやはや、平凡な大学生活を送っていた自分にまさかこんな日が来るとはビックリだ。高校時代、沢村を通じて何度か話をしたことはあるけどこんな風にプライベートの顔を見るのは初めてかもしれない。
 そんなことを考えていると何を思ったか、御幸先輩は「あーー…その、なんだ、」と歯切れの悪い声をあげた。

「…車に乗せといて今更だけど、こういう時迎えに来てくれる彼氏とかいるんじゃねーの?」
「残念ながらいませんね、絶賛大募集中です」

 この状況を作った事、もしかして気にしてるのだろうか。こちらとしてはありがたいんだけどな。笑いながらフリーを主張するもフーン、という意味深な返事が返ってくる。疑ってるのだろうか。いや、ここで嘘をついたって何の意味もないんだけど。

「騒がしかったしだいぶ疲れてるだろ、家着くまで寝ててもいーよ」
「いえ、起きてますよ」
「別に遠慮とかいらねーぞ?後ろ見てみろよ、沢村爆睡してるし」
「…うん、まぁ、あれはあれで凄いと思いますけど」

 振り返れば後部座席に寝そべり盛大ないびきをかいている沢村が目に入る。なんで送ってもらうのに爆睡できるんだろう。運転手はあの御幸先輩だぞ?プロだぞ?そして高校時代どれだけお世話になったと思ってるんだ。酒が入っているとは言え肝が太すぎる……と思ったが、まぁあれは昔からそうだったかと納得する。

「わたしなんかじゃ話し相手として不足かもしれませんけど、こんなのでも喋り相手がいた方が眠気覚ましになるかなと思って」

 というかこんな遅い時間に目上の先輩に運転させてるのに真横で爆睡なんてできるはずがない。何度も言うが相手はあの御幸先輩だ。プロだ。いくら眠たくたってそんなこと無理に決まってる。

 だけどわたしの返事を聞いたきり御幸先輩は黙り込んでしまった。しかもこのタイミングで赤信号に引っかかってしまい謎の沈黙が発生。
 き、気まずい…やっぱりわたしなんかが御幸先輩の喋り相手だなんて烏滸がましかっただろうか…そんな不安を胸にゆっくり視線を移すと、御幸先輩はハンドルに上半身を預けながらわたしを見つめて溜息を吐いた。

「…お前ホントいい子だな〜なんで彼氏できねぇんだろーな」
「は……?」

 何を言われたのか理解が追いつかず、思わず間抜けな声を発してしまう。暗闇の中ばちっと視線がぶつかったのが分かって、じわじわと頬が熱くなるのが分かった。

「いや、そんな照れられても困るんだけど…」
「…とか言ってる先輩も顔赤くないですか?」
「るっせぇな!こっち見んな!」

 あれ、冗談だったんだけど。暗いから顔色なんて分かるわけないのに、墓穴掘っちゃったよこの人。だけどこういうことサラッと言っちゃうから心臓に悪い。もしかして天然タラシ?眠気なんてどっかいっちゃったんですけど。
 信号が青に変わり、再び車が走り出す。前を向いてハンドルを操作する御幸先輩はわたしの方を見ようとしない。もう一度顔色を伺えば照れ隠しなのか口元が気まずそうに歪んでいた。

「…ふっ、可愛い」
「オイ今なんつった!」

 世間を賑わすイケメン若手捕手にもこんな一面があるんだな。なんて思ってみたり。


(20210201/#1週間で2個書き隊「最終電車」より)

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