ジレンマを謳歌

 12月中旬の放課後。授業を終えて部活に向かうべく、野球部の奴らと喋りながらグラウンドを目指す。俺の隣にはノリ、そして前には御幸、その隣には苗字がいた。

「うあー寒!」

 昇降口から校舎の外に出た瞬間、外気の寒さにさらされた苗字がそうぼやく。女子はスカートだから生足は寒いだろーな。そんなことを考えてるとびゅう、と吹き抜けていく北風が頬を刺激して思わず俺も目を瞑った。

「うー…東京の冬をナメてた…やっぱ都会と言えど冬は寒いわけね…」
「そりゃお前の地元に比べりゃ気温高いだろうけどさみーもんはさみーよ」
「田舎扱いすんな」
「はっはっは」

 軽い痴話喧嘩を始める御幸と苗字の関係は4月から相変わらずなもんで、最近じゃノリやゾノなんかも「あの二人はデキてるのか」と聞いてくる始末。それは苗字が徒歩通学で、今みたいに俺らが野球部のグラウンドに向かう途中まで一緒に帰ることが増えたからなんだろうけど。

 春からこの二人を見てきた俺が思うのは、苗字が隣にいることはきっと御幸にとって心地がいいのだろうということ。
 御幸は見た目はいいけど歯に衣着せぬ物言いのせいでクラスでは性格が悪いと一定の距離を置かれてる立場だ。だけどこの女は最初から距離を置かず、思ったことは正直に口に出し、とことん正面からぶつかっていく奴だった。良くも悪くも自然体でたまに毒を吐くこともあるが、ありのままで接しているうちに御幸の中にある見えない壁を壊していったように見える。
 いつも一人で孤独に戦ってきた御幸の懐にいつのまにか入り込んで、肩の力を抜ける場所になってんだと思った。

「はは、御幸、鼻真っ赤」
「うるせ。お前もな」
「はい」
「ん?なんだよ」

 苗字はブレザーの右ポケットからおもむろに白い何かを取り出し御幸に手渡した。それがカイロだと分かるまでに数秒。あったけー、と御幸が呟くのを見て、彼女は笑う。

「あげる。ウチの正捕手様に風邪引いてもらっちゃ困るからね」
「いいのか?」
「わたし家近いし。ソレもうぬるいけど、どうせグランド行ったら体あったまるでしょ」

 サンキュー、と野球以外で珍しく嬉しそうに笑う御幸に意地悪したくなるのは、断じて嫉妬じゃない。そんなモンじゃない。いつもスカして余裕振りまいてるクソメガネの感情を揺さぶれるのは、ここしかないと知ってるから。

「苗字ー、俺には?」

 苗字の左肩に顎を乗せるように後ろから突撃すれば、振り向いた表情が固まっていた。おもしれー顔。どーせ俺とノリのことなんか眼中になかったんだろ。ハイハイ分かってますよ。気付いてねぇかもしんねぇけど、お前は御幸のことしか見てねぇもんな。

「ヒャハ!冗談だよ!」

 ゲラゲラ笑う俺に向けられる御幸の鋭い視線なんか痛くも痒くもないね。まぁ練習のあと食堂で文句の一つでも言われるかもしんねーけど。それはそれで面白いし。感情剥き出しの御幸なんて滅多に見れねぇし?
 何か言いたげな御幸を無視して「あ、そーいやノリ!あの話なんだけどよー」と一歩引き下がる。苗字は不審な目をしてた。

「あの話ってなんだよ」
「や、別に?」
「だと思ったよ…あーあ御幸めっちゃこっち見てるよ」
「ほっとけほっとけ」

 そーやって意識してろ。クソメガネが。
 再び歩きだす二人を眺めて軽い溜息を一つ。そんな俺の行動に、今度はノリが口を開いた。

「あの二人、くっつけなくていいの?」
「ん〜そうなんだよなー…」

 まぁでも、そこは二人の問題だし俺らが口出しすることじゃないってことよ。
 なんて真面目なコメントを返し、だったらそうやってからかわなきゃいいのに…というノリの呟きを右から左へ華麗に流す。
 やー、だってこのまま何も進展しねーのもつまんねぇだろ。そう言ってニヤリと笑うとノリは苦笑した。

「ちょっとー何コッチみてニヤニヤコソコソ話してんのー」
「別に?誰も苗字の話なんてしてねぇし。な、ノリ」
「え、ああ、うん」

 まぁ、一番の問題は苗字自身なんだろうけど。


「お前さぁ、俺に隠してることねぇか?」
「え、別に何も」



 あの日、彼女がメールを送っていた相手は確かに男の名前だった。そしてそれは十中八九、俺の予想が的中してる人物だろう。
 御幸の敵は俺なんかじゃない、きっと苗字のもっと根っこにいる、でっかい存在なんだよ。
 そいつか御幸か、苗字がこれからどちらを選ぶのか。それが分かんねぇから俺はこれ以上動けねーんだよ。

「あー…クソ!!!」
「今度は何?!」


(20130623)

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