比較的優しい難題

 てっきり向こうから突っかかってくるもんだと鷹を括ってた俺が馬鹿だった。色恋沙汰なんかに墓穴を掘るような馬鹿な真似、この策略家がするわけねぇってのに。

「隣いいか?」
「珍しいな。何、俺が恋しくなった?」
「そんなんじゃねーよ」

 夕飯時の食堂、相変わらず空いている御幸の隣に腰を降ろす。
 部活前に俺が苗字に絡んだことについて文句の一つや二つ言われるもんだと思ってたのに、余計な詮索をされたくないんだろう、御幸はその話題について一切触れてこなかった。ならばとこちらから出向いてみればいつものように茶化す始末。
 相変わらずムカつくヤローだな、余裕ぶっこいて一人で飯食ってんのも癪に障る。滅多に感情を表に出さねぇその態度、マジでどーにかなんねぇモンかね。

「お前これからどーするつもりだよ」
「どーもこーも…丹波さんもノリもやっぱ場の雰囲気とプレッシャーに弱いからな。オフの間にメンタル落ちねぇよーに俺だって色々…」
「その話じゃねぇよ」
「じゃあ何、勉強の話?俺はとりあえず理系に進むつもりだけど」
「や、誰もお前の進路とか興味ねーから」
「なら何だよ」
「言われなくても分かってんだろ?あいつのことだよ」

 周りの目を気にして濁しながら小声でそう告げる。自分でも回りくどい話し方だと分かっちゃいるが、俺が一から十まで全部説明するより御幸自身に少しは自覚して欲しかった。なのに、だ。

「で?あいつって誰?」

 この後に及んでまだそんなこと言ってやがるわけだ、この男は。ブチ切れそうになるのを必死に抑えて苗字だよ、そう続ける。
 本来なら俺なんかが口を挟むことじゃねぇってのは百も承知だ。けど、少しくらいつついてやんねーとこいつらは前にも後ろにも進まない。見てるこっちがイラつくんだよ。そんな個人的な意見も踏まえつつ御幸を睨んだ。

「もうはぐらかせねぇからな。そーやっていつまでもグズグズしてっと、そのうち…」
「なーに熱くなっちゃってんの。お前も気付いてんだろ?あいつ地元に―――、」
「!」

 息をするように自然と紡がれた言葉に思わず声を呑んだ。どうやら観察力が鋭いのは俺だけじゃないらしい。気付いてたってのか?いつから?でも、お前そんな素振り全然見せなかったじゃねぇか。
 御幸の声はいつものそれと変わらない。けど、メガネの奥に見える瞳は僅かに動揺していた。

「ま、俺は別にどーも思ってねぇから安心しな」
「でもお前…」
「そんなこと考えてる暇あったら俺の仕事手伝ってくれよ」
「…っ、テメェふざけんな!」

 そんなことってなんだ。平常心装ってるふりして目は泳いでんじゃねぇか。隠し切れてねぇんだよクソが。あいつが傍にいるときは普段見せない顔して笑ってるくせに何でそうやって逃げんだよ。お前にとって、苗字はその程度のモンなのかよ!?
 気が付いたら胸倉を掴んで叫んでた。息の荒い俺と対象的に、御幸はこんな状況の中傍観者のような冷静な目で俺を見つめる。それがまた俺の感情を煽った。

「くぉらぁぁ!何喧嘩してんだテメーら!」
「一応ここ公共の場だからね、やるならもっと見えないトコでやんないと」

 俺は純さんに、御幸は亮さんに取り押さえられて我に返る。冷静を取り戻すと周囲の奴らが驚いた表情で俺らを見つめていた。
 あークソ、ほんとに何やってんだ俺は。らしくねぇ。

「はっはっは、倉持は熱い男ですからね、野球のことになるとつい。お騒がせしてスンマセン」
「本当に野球の話か?あぁ?」
「そりゃそうですよ、野球部の食堂ですよ?なぁ倉持」
「…そーだよ、スンマセンでした」
「ふーん?」

 疑いの眼差しを向けてくる純さんと亮さんから思わず目を逸らした俺の負けだ。やられた、そう思った。
 あぁクソ、本当にこのメガネは腹が立つ。


(20130907)

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