彷徨い撃たれて沈む夜

 夏休み前、ケリをつけると言って苗字は地元に帰省したはずだった。なのにあれからひと月以上経っても今ひとつ進展が見られないとはどういうことか。
 お前ら一体どうなってんだとメールで苗字に問い詰めてみたことがあったが「御幸はキャプテンになったしそれどころじゃない」の一点張りで話になりゃしねぇ。

 夏なのに春が来る、そんなヘンテコな展開を期待してたってのに春が来ないまま夏休みは練習試合三昧で終わり、季節は秋を迎えようとしていた。

「おい、苗字のことどーすんだよ」
「は?何が?」
「お前知らねーと思うけど、あいつ夏大前に彼氏と別れたんだぞ」
「…ふーん?」
「なんだよその反応」

 新学期を迎えても御幸は相変わらず席に座ってスコアと睨めっこ。機嫌が悪そうなのはあながち間違いじゃないらしく、朝からずっとこんな調子で眉間のシワが深いままだ。
 だが、そんな御幸でもさすがに俺の言葉をスルーできなかったらしい。彼氏と別れた。その事実を耳にした瞬間、視線がスコアから斜め上に逸らされたのを見逃さなかった。

「…まぁ、最近なんか雰囲気違ったからもしかしてとは思ってたけど」
「強がんなよ、目が泳いでんぞ」
「はっはっは」

 倉持のヤツ目敏いな…大方そんなことでも考えてんだろう、わずかに引き攣る表情からそんな心情が読み取れた。御幸の前の席から椅子を引っ張りそこに腰掛け、机に肘をついて目線を合わせる。そんな俺の行動に対して、いつも堂々としてるはずの御幸は次に何を言われるのかと若干身構えているように見えた。

「勝つことには貪欲になるって言ったのどこのどいつだよ、腑抜けたツラしてんじゃねーぞ」
「あれは野球の話だろ」
「誰のために別れたと思ってんだよ」
「あ〜も〜うるせぇな!今その話すんな、気が散る!」

 練習試合のスコアに視線を戻しながらしっしっ、と手を払い俺を邪険に扱うあたり、これ以上深入りされたくないんだろう。けどそうはいかねぇ。苗字がやっとその気になったと思ってたのに放っておいたらこのザマだ。これが深入りせずにいられるか。
 キャプテンに就任してからますます野球にのめり込み、勝つことにはとことん貪欲でありたいと決意表明したはいいが、今のこいつの頭の中は野球のことばっかで苗字のことはおざなりだ。キャプテンとして、チームのために行動してんのはありがたいが、去年からの二人のことを考えるとどうしてもやり切れねぇ。やっとここまで来たと思ってたのに、これじゃあまた振り出しだ。

「…あいつが彼氏と別れた理由なんて、俺にだって分かるよ」
「なら、」
「けどキャプテンになった以上は投手だけじゃなくてチーム全体を見なきゃなんねーし、自分の打線もまだまだだし、沢村のイップス問題もあるし…」
「…だから?」
「とにかく浮ついた気持ちじゃ下はついて来ねーの!……何より先輩達に向ける顔がねーよ」

 溜息を吐きながらそう嘆く御幸はいつになく弱気に見えた。上に立つ者としての責任感と重圧がどれほどのもんなのか、それは痛いほど分かる。けどそれが出来るのは御幸しかいないってのも理解してる。だから監督はこいつをキャプテンに選んだんだ。

「…ったく、考えること多すぎて嫌んなるわ〜」
「だから、そういう時の弱音を吐く場所があいつの役目なんだろ?」
「そうかもしんねーけど…今の俺じゃ付き合ったとしても何もしてやれねーよ」
「別に苗字は何かしてもらおうとか望んでねぇだろ、ただお前がしんどい時に頼られたいんじゃねーの?」
「…そうかぁ?」

 か、噛み合わねぇ…!いつだったか屋上でお前らそういう話してたじゃねーか。お前が弱気になってどーすんだよ!なんで盗み聞きしてた俺の方が状況を理解してんだ、訳が分からん。

「チッ、もういいわ!ガツンと言ってくる!」
「誰に?何を?」

 もうお前余計なことすんなって、そんなヘタレな呟きが聞こえてきたけど知ったこっちゃねぇ。誰のために俺がこんだけ立ち回ってると思ってんだ。しばらく見守るつもりでいたけどさすがにもう我慢ならねぇ、ここまで来て放っておけるか!
 窓から中庭を見下ろして再度舌打ちし、休憩時間終了が迫る中、長い廊下を駆け抜けた。


(20201219)

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