形容動詞の使い方
帰宅部が浮かれるであろう金曜日の放課後。いつもなら俺を含めた野球部の奴らとグラウンド近くまで一緒に向かうはずの苗字が今日は何故か一人急いで荷物を纏めていた。
「あれ、お前もう帰んの?」
「あー……ちょっと用事あって」
どこか浮かれない表情で言葉を濁そうとする態度に何か引っかかって、急いでるはずなのに次の質問を投げかける。俺も大概悪いヤツだな。そう思いながらも好奇心は止められない。
「そういえば今年の応援どーすんだよ、地元帰んのか?」
「んー…」
「何だよ、ヒッティングマーチ聴いてんのに俺らの応援来ねーの?」
「…あんた御幸の性格の悪さうつってない?」
おそらくいつかの夜に目撃した狙いうちのことを蒸し返されたと思ってんだろう、苗字の黒歴史に触れるとあからさまに嫌な顔をされた。
それでも俺は怯まない。今一番知りたいことはそんな事じゃねぇ、そう言わんばかりにトドメの一発をお見舞いした。
「じゃあ彼氏と御幸、どっち応援してんだよ」
「うわぁ」
今それ聞く?と苦笑いする苗字に、別に悪くねぇだろという疑問を抱く。だが、やっぱ倉持はタイミングを逃さないね、エスパーなの?と続けてくるもんだから、訳がわからず首を傾げた。何言ってんだコイツ。
苗字は教室を見渡して、おそらく御幸がいないことを確認すると授業終わりの喧騒に紛れるように問いの答えを呟いた。
「御幸だよ」
ずっと優柔不断でフラフラしてたから考えないようにしてたけど、もう決めたから。
はっきりとそう告げる彼女に新たな疑問が浮かぶ。決めたって何を?
「だからね、夏大前に地元に帰ってケリつけて来ようと思って」
そう言いながらいつもより荷物の多そうなカバンを肩にかける様子を見て、鈍っていた勘がようやく機能する。用事ってもしかしてそれ?今から地元に帰るのかよ。そんでケリつけるってことは、彼氏に会うってことで、つまり…あぁ、だからか。道理で浮かない顔してるわけだ。
最近の苗字の言動や先程までのやり取りが全て線で繋がって、やがて一つの答えに辿り着く。
「あー…話が見えてきたけど、彼氏のこと考えるとこの時期に不憫だな…」
「まぁ何発か殴られるかもしれないのは覚悟してる」
笑いながら物騒なことを言うもんだから冗談だよな、と一応心配の色を示してみる。顔も名前も知らねぇ相手だけど、苗字が一度は惚れた男なんだ、頭がイカれた奴ではないと信じたい。しかも俺らと同じ高校球児、夏大前に暴力沙汰なんてことは起こさないだろう。
俺だって苗字があのクソメガネと上手く行けばいいと思ってたけど、相手のことを考えると少々どころじゃなくかなり不憫だ。夏大前の大事な時期に彼女に振られるなんてエグすぎる。もし自分だったら。それを想像するだけでゾッとした。メンタルフルボッコどころじゃ済まされねぇぞ。
「でももう嘘つきたくないから」
「…そうかよ」
「ただの自己満なんだけどね、わたしに務まるかどうか分かんないけど…御幸が弱音を吐き出せる場所になりたいんだ」
御幸には内緒ね、と付け足して苗字はどこかふっきれた表情で照れ臭そうに笑った。ずっと傍で見てきた身としてはここまで来るのに随分時間がかかった気もするが、こいつもこいつなりに沢山悩んで苦しんで出した結論なんだろう。健気だな、素直にそう思った。
「なんか…初めてお前のこと可愛いと思っちまったわ」
「千葉の元ヤンに言われてもなぁ」
「あ〜やっぱ可愛くねぇ!」
褒めるんじゃなかった!舌打ちをしながら毒を吐くと嘘だよ、とまた笑う。いつになく素直な様子に、一連のやりとり全部を御幸にぶちまけたいと思ったがぐっと堪えることにする。まだだ、まだ早い。こいつらはまだスタートラインにすら立っちゃいねぇんだから。
「ということで今年の夏は全部青道に捧げます」
「チッ、骨は拾わねーから生きて帰ってこいよ!」
俺の激励に大袈裟だなぁと笑う苗字を手で払いながら、さっさと行ってこい!と乱暴に送り出す。色々ありがとね、そう続けて彼女は教室を後にした。
「ヒャハハ!よかったな御幸、春が来るぞ!」
何も知らず教室に戻ってきた御幸に思わず叫びながら飛びついてしまったが「は?夏大前に何言ってんの?」と返されたのは言うまでもない。
(20201210)