晴れ時々憂い

「何ニヤけてんだよ」

 テスト週間に入って数日、休憩時間に暇潰しがてら御幸の元へ足を運ぶと案の定窓際の席でぼーっと外を眺めていやがった。コイツ本当友達いねぇのな、そう思いながら視線の先を追うと中庭の手洗い場あたりでクラスの女子数人が輪になっている。

「いや〜練習試合の沢村のクソボークを思い出してね」
「嘘つけ、どーせ苗字見てたんだろ」

 すかさず突っ込むとははは、とわざとらしい笑いが返ってきた。だから変に誤魔化すのやめろっつーの。
 御幸の正面の席に座って再び同じように窓の外へ視線を移せば、手洗い場ではしゃぐ集団の中に苗字を見つけた。艶のある長い髪が陽の光を反射してきらきらと眩しい。蛇口から伸びたホースで霧を出し太陽光を反射させて虹を作っていたが、そのうち一人がふざけて周りの人間に水を掛け始め、あっという間に大騒ぎになっていた。最悪!と文句を垂れつつも口を開けてケラケラと笑うその様子に思わずこっちも釣られ笑いしてしまう。

「何やってんだあいつら」
「テスト前だってのに余裕だな〜」

 1年前の春、ガチガチに緊張しながら教室へ入ってきたと言っていた苗字だが、今じゃ見事に都会の学校に馴染み、こうして友人もたくさんできたように見える。そしてまた、そんな彼女に心を動かされた腹黒性悪男なんかもここにいる訳で。いつも強がって本音を見せないやつがなんとも言えない表情で苗字を見つめていた。

「見ろよ、あいつ先生に怒られてやんの」

 バカだな〜と笑う御幸はグランドで見せる悪い顔とはまた違った顔で笑った。苗字が絡むとコイツもこんな顔するんだよなぁ、なんて。今に始まった事じゃないけど。

「この間の狙いうちも笑ったけどな」
「…そうだな」
「ホント変な女」

 ふ、と含み笑いをしたかと思えば小さな溜息をついて哀しそうな表情に変わるのを見逃さなかった。オイオイ、また顔に出てるぞ。

「さて、対戦相手のデータでも見直すか」

 御幸は気を取り直すようにカバンから取り出したノートを机に広げ、意図的に意識を逸らしたように見えた。
 こいつだって、苗字が自分に気があることぐらいとっくに気づいてるはずだ。遠く離れて過ごす彼氏よりも、そばにいる御幸に揺らぎ始めてる。そんなこと俺にだって分かった。
 手を伸ばせばすぐそこにあるのに、手に入りそうで入らない。それがどんなにもどかしいか。見てる俺だってそうなのに、当事者はどんな気持ちなのかなんて考えただけで吐きそうだ。

「あ〜〜性に合わねぇ」
「いきなり何だよ」

 今の俺にできることはもう何もねぇ。仕方ねぇから苗字が腹括るまで待ってやる。けどまぁ、こんな感じじゃケリがつくのはいつになることやら。
 延長戦になるかもしんねぇけど、ここまできたら今後二人がどうなるか黙って見守ることにしてやるよ。


(20201120)

- ナノ -