春の変容

 おかしいな、ケータイショップに付き合って欲しいと言われたのになぜわたしはここにいるのだろう。
 途中までは確かに目的地へ向かってたはずなのに「あ、ちょっと寄り道」と呟いたかと思えば御幸は吸い込まれるようにスポーツショップに消えていった。トレーニング用品、練習着、シューズ、次から次へと商品を手に取りサイズや重さがどうのこうのと独り言をこぼす様子に、これは本来の目的を見失っていると悟った。

 もしかして嘘だった?コレが目的だった?でも買い物くらい一人で行けるだろうし、嘘をつく必要なんてどこにもない。そもそもなんでわたしを誘ったのか。自惚れるつもりなんて毛頭ないけど、もしも百歩譲って下心があるとするのならこんな風にわたしを放っておかないだろう。当の本人は先ほどからずっとスポーツサングラスに興味津々で、わたしのことなんて全く眼中にないのだから。

「まぁいっか…買い物してるの、なんか新鮮だし」

 さすがに全ての商品に付き合うのは退屈なのでキャンプコーナーのアウトドアチェアに座って御幸の様子を眺めていると、少し離れた場所にいるブレザー姿の二人組に気付いた。長身で大柄、いかつい風貌の男子高生と金髪が眩しい端正な顔立ちの男子高生。なんとなく見覚えがあるような気もするが、こちらも部活用品を買いに来たのだろうか。

「雅さん、雅さん!あの子可愛くない?!」
「…鳴はああいうのが好みなのか」
「…えーダメ?」
「ダメとかそういう訳じゃないが…あれ青道の制服だぞ」
「マジで、一也の学校の子かー…そんじゃあ今のうちに目ぇつけとこ!」
「おい、鳴!」

 ぼうっと見つめていると金髪の方と目が合った。気まずい。咄嗟に視線を逸らすもチラリと様子を窺えばどんどんこちらへ近づいて来ているではないか。えぇ、なんで?

「お姉さんこんにちはー!青道生だよね?俺、稲城実業の成宮鳴っていいます!」
「は、はぁ…」
「何年生?彼氏いるの?何部?もしかして野球部のマネージャーとかしてる?」
「えぇ、あの、ちょっと」

 初対面だというのにニコニコと満面の笑みでマシンガントークを繰り広げる彼に頭がついていかない。何だこの人、フレンドリーにも程がある!
 対処の方法が分からず、かと言って無視するわけにもいかず、思わず「連れが待ってるんでごめんなさい」と謝罪を述べて御幸の元へと逃げた。

「ちぇー、なんだ男連れか…ん?」
「御幸助けて、変な人に絡まれた」
「はぁ?何、お前ナンパでもされたのか――って、鳴?」
「あー!?やっぱ一也だ」

 え、知り合い?
 驚くわたしをよそに、目の色が変わった二人は会話に夢中になっている。

「こんなとこで何してんだよ、しかもうちの生徒にナンパって」
「そっちこそこの時期にデートなんて余裕じゃん」

 彼らの口調から察するに、どうやら昔からの顔馴染みのようだ。あの御幸を名前呼びするぐらいだからかなり親しい間柄のようだけど、何故か互いに敵意が剥き出しになってるのが気になるところ。そういえば稲実って同じ西東京ブロックのライバルで、去年の夏大ではうちが負けたんだった、と頭の片隅でそんなことを思い出してみる。

「あー…わたし、お手洗い行ってくるね」

 先程からバチバチと見えない火花を散らす様子に居た堪れなくなったので席を外すことにした。成宮くんと御幸の会話を律儀に待っているもう一人の方にぺこりと頭を下げてその場を離れる。体格がよくて貫禄があるから先輩かな。あの人も、また御幸と戦うことになるかもしれないんだな、なんて思いながら。

「ねぇ、あの子一也の彼女?」
「だったらどうする?」
「どうしよっかなー」
「…あいつに手ぇ出すなよ」
「へぇ、本気じゃん」

 いーこと聞いちゃった。そう言いながらにやりと笑う成宮くんに御幸が感情を昂らせていたことを、わたしは知らない。







「さっきの成宮くん、よく考えたら去年戦った稲実のピッチャーだね。一緒にいたのはキャッチャーの原田さんだったっけ」

 制服姿だからピンとこなかったけど、御幸、知り合いだったんだ。そう問うと「まぁ、シニアの頃からの腐れ縁って感じ」と返事が返ってくる。スポーツショップからの帰り道、世間話程度に触れた話だったのに御幸はどこかばつの悪そうな顔をしていた。

「…お前ああいうのが好きなのか?」
「いや、そうじゃないけどクラスの子がカッコいいって言ってたの思い出しただけ」
「ふーん?」
「何その顔」

 ていうかそもそもわたし彼氏いるし。無意識にそう呟くと隣を歩いていた御幸の表情が固まった。しまった墓穴を掘った、と思うや否や、いやいや、なんで墓穴なの。と脳内で高速一人ツッコミを入れる。そんなの本当にわたしが自惚れてるみたいではないか。

「…お前の彼氏ってどんなやつ?」
「ん〜…ブサイクでもイケメンでもない普通の高校球児だよ」
「何だそれ」
「でも、笑ったときの雰囲気はちょっと御幸に似てるかな」
「…ふーん」

 何故そこで黙る。もっと他にリアクションがあるだろう。いつもみたいに「お前そんなに俺のこと好きなのかよ〜」とか言って茶化すのがセオリーなんじゃない?
 これでは正直に話したわたしがバカみたいだ。なんだか今日は調子が狂う。

「…そういう御幸はどういう女の子がタイプなの」
「そうだなー…気ィ遣わなくて何でも話せて、一緒にいて落ち着ける特別な存在って感じの子がいいかな」
「へぇ…」

 何だかどこかで聞いたことのある言い回しだな。というかあれだな、これはいつかの屋上でわたしが御幸に言ったやつだな。
 二人の間に再び沈黙がやってきて、どうした今日は厄日なのかと自問自答する。どうにもさっきから気まずくて仕方がない。なんだこの腹の探り合いは。もしここに倉持がいたらお前らまわりくどい!とタイキックを食らわされそうだ。

「よし、さっさとケータイショップ行くか」
「あ、覚えてたんだ」
「最初からその予定だっただろ?」

 とっくに忘れてると思ってたよ、そう言うと隣を歩く御幸が柔らかくふっと笑う。
 うん、やっぱりなんか変だ。去年と変わった。何と表現すべきか分からないが、御幸の中で何かが吹っ切れたような、そんな感じ。それはきっとわたしの思い過ごしなんかじゃない。
 どういう意図があるのか分からないけど、これは自惚れても仕方がないのではないか。
 今、こうして御幸の傍にいる姿を地元にいた頃の自分に見られたら罵倒されても仕方がないと思う。だけど、それでも今は彼の隣を歩きたい。そう思わずにはいられなかった。


(20201113)

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