二度目まして

 東京へ来て2度目の春を迎えた。

 去年の今頃は、本来通うはずだった地元高校に後ろ髪引かれながら、引越しに進学にと忙しなく走り回ってたっけ。世間より遅れた入学、しかも縁もゆかりもない見知らぬ都会の高校へ。夢も希望も期待もなく、ただただ不安に押し潰されそうだった入学初日、そういえば隣の席の御幸に下手くそなフォローで助けられたんだっけな。なんて、今にしてみればすっかり懐かしくなってしまった出来事を思い出してみる。

「心配すんなって」

 あの時、クラスの輪に入るきっかけを作ってくれた御幸はどんな顔をしてたっけ。思い出そうとすると無意識に頭がそれを拒否するのは、多分あの時の御幸は自分がどうなってもいいと思ってる顔をしてたから。
 たった一年という期間だが彼と過ごしてきた今ならその理由が分かる気がする。それが分かったところでわたしにはどうしようもできないということも、また、この一年で学んだことだけれど。

「あ〜〜疲れた…今日の朝練やべぇわマジで」
「倉持おはよ、そんでお疲れ様」
「おう、労う気持ちがあるなら肩揉めよ」
「何でだよ」

 無事2年生に進級したわたしは倉持と同じクラスになった。そんな彼を筆頭に教室に入ってくる野球部集団の中には御幸の姿もある。
 高校1年の終わり、あの屋上での気まずい一件以来御幸とどう接していいか悩んでいたが、またもや同じクラスになってしまったせいで頭を抱える時期の延長が確定した。いっそのこと違うクラスになってれば自ずと距離も置けただろうに、神様のイタズラというべきか皮肉な運命というべきか、どうもこの男とは何かの縁があるらしい。

「御幸もお疲れ様」
「おー、苗字。はよー…」
「どしたの。なんか朝からやつれてない?」
「どーもこーもうるさいやつが入部してきてよー…」

 元気が有り余る後輩が俺の球受けろって朝からしつこいのなんの…そう言って重い溜息を吐く御幸の疲れ果てた表情は滅多に見れないレアなものだ。弱ってる、あの御幸が弱ってる。
 この男をここまでやつれさせる後輩とは一体どんな人物なんだろう、機会があれば是非一度お目にかかりたいものだ。

「良かったね、友達いない孤独な御幸にやっとモテ期が到来か。ピチピチの一年生か〜さぞや可愛いんだろうね」
「いや相手ピッチャーだから。つーか男だし」
「大丈夫、そういう趣味でもわたしは受け入れるよ」
「うわー朝からイラっとくるわー」

 御幸の目をまともに見れないかもしれない。そう危惧していた時期もあったけど、今ではこんな冗談も笑い飛ばせるようになった。
 そうだ、これでいいんだ。今までみたいにくだらない話で笑い合える関係が続けばいい。変に気を遣って距離を置く必要なんてない。逆に気にかけ過ぎる必要もない。普通に話して笑って、時には怒ったり怒られたり。ごくごく普通のクラスメートとして接することは然程困難なことではないのだ。―――だけど、

「そうだ、お前今日の放課後暇?」
「え、うん」
「ケータイの調子悪いから店に持って行きたいんだけど、ちょっと付き合ってくれよ」
「別にいいけど…部活は?」
「今日の放課後はオフ」

 じゃー予定空けといてな。そう言ってわたしの傍を離れていく御幸の表情は去年のそれとは違った。
 ここ最近の御幸は、たまに、ごくたまに、悪巧みをするいやらしい笑みではなく、そうやってホッとしたような、安堵と喜びが混じったような色で優しく笑うから、わたしは少し戸惑ってしまう。
 それは安寧か安定か、それとも。彼の中で何かが変化しているとでも言うべきなのだろうか。

「おーおー、朝からデートの約束か。この浮気者が」
「あららー嫉妬?わたしにもモテ期到来か〜困っちゃうな〜」

 傍で一連の会話を聞いていた倉持がヤジを飛ばしてくるが、こうしたやりとりも慣れたもので右から左へと軽く受け流す。わたしも負けじと冗談交じりに返してやれば心底うんざりした表情で睨まれたけど、事の発端は倉持にあるのだから全くもって気にしない。

 そういえばこいつもわたしの地元に彼氏がいること気付いてたんだっけ。いつぞやの昼休憩にメールを送っていたとき背後に感じた鋭い眼差しはあながち間違っちゃいなかったな、なんて冬休み前の記憶を呼び起こしてみたり。
 普段の粗暴な言動や行動ばかりが目立ってしまうけれど、やはり倉持の洞察力は目を見張るものがある。
 本当、この男のスペックは侮れない。

「ま、あんま抱えこむなよ」

 むむ、と身構えていると突如私の頭上に掌が降ってきた。ツリ目の厳つい外見からは想像もつかないほど優しい手つきでぽんぽんと頭を撫でる様子に、思わず驚いて目を見開く。いつもより下がった目尻で苦笑する顔を初めて見た気がして、強張っていた自分の表情筋が緩んで行く。きっとこの男にはわたしの全てが見透かされているはずで、優柔不断女と罵られても仕方がないと覚悟してたから。

 季節が回ってくるりと一周。形も名前もない、何とも表現し難いこの不安定な感情はどこへ向かって行くのだろう。答えはまだ、見つからない。


(20140803)

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