自覚と無自覚
「一応言っとくわ、昨日御幸と喧嘩した」
「へぇ、何だかんだ仲がいいのに珍しいね。何で?」
「お前のことで揉めた」
「ハァ?!何で?」
冬休み前日の修了式後。体育館から教室への帰り道、偶然会った倉持にそう言われて拍子抜け。
聞けば昨晩、野球部の食堂で御幸と倉持が口喧嘩したとかで、そういえば朝のホームルーム前に教室で川上くんもそんなこと言ってたなぁ、なんて思い出す。
昨日の倉持怖かったー、とか野球の方針のズレらしいよ、とか何とか言ってたっけ。さすが元ヤン、普段から目付きの悪さに定評はあったけどキレたらさぞや怖いんだろうなんて失礼極まりないことを考えてたわけだけど、それがまさか、わたしが原因だったなんて。
え、何それどういうこと?
「ごめん、身に覚えがなさすぎて訳わかんないんだけど、わたし何かした?」
「何もしてねぇ」
「だったら何で、」
「何もしねぇからだよ」
「ハァァ?」
本日二度目の感嘆。
張り上げた声が大き過ぎたのか、道行く生徒数人がこちらを振り返る。ちょ、お前声デカいって、と宥める倉持に誰のせいだとつっこんだ。
「ま、そういうことだから。以上報告終わり。あとは御幸に聞けよ」
「え、いや、ちょっと!」
「正月は地元に帰るんだろ?気を付けろよ、じゃー良いお年を!」
「待てコラ!」
颯爽と去っていく奴の後ろ姿に手を伸ばしてみるも届かなかった。嵐のような男だ。ドラマみたいなポーズをとってみたものの収拾してくれる人はどこにもいない。
そもそも、なんであの二人がわたしに関して喧嘩なんてするんだろうか。昨日何か特別なことでもあったっけ?
いつもみたいに帰り道にみんなと話しながらグランドに向かって、寒いねなんて話して、使いかけのカイロを御幸にあげて、倉持が俺には?って催促したくらいしか記憶にない。
御幸にあげて倉持にあげなかったから怒った、てことはありえない。あの男はそんなことで怒るような小さな器じゃない。それにお前は何もしてないって言ってたし。
でも、じゃあ、尚更。
「何でなの」
「は?何が」
「いや別に…こっちの話」
教室に帰るや否や、視界に飛び込んできたのは話の種の彼だった。事の真相を問いただしてみようかとも思ったけど、御幸本人に聞いたところでいつもみたいに適当にあしらわれそうなので言葉を呑んだ。根拠もないのに、そう感じた。
いつだって御幸は、大事な時に自分のことを話してくれないから。
「お前年末年始は地元帰るんだろ?いつ東京帰ってくんの?」
「えーと、確か1月2日の朝かな?」
「じゃあその日の午後、予定開けといて」
「え」
机に肘を付きながらの突然の申し出と横目で笑う表情に思わず間抜けな声が上がる。
え、何、どうしたのいきなり。
冬休み前特有の浮かれた雰囲気が教室内を充満し、騒がしい雑音が鼓膜をくすぐる。わたしの思考は停止したままだ。
「いやいやいや、デートの誘いとかじゃねーから。マジになんなって」
「は?!違っ、」
「バッティングのフォーム見てもらおうと思ってな」
「えー…なんでわたし?」
トレーナーじゃあるまいし、何で平凡な女子高生が野球名門校の正捕手相手にそんな大層な仕事を任されなきゃならんのだ。そんな不満が滲み出てたのか、御幸の表情がいつものいやらしい顔に変わる。
「どーせ家じゃコタツにミカンでゴロゴロしてんだろ?引っ張り出して正月太りを解消してやるよ」
「それはどうも余計なお世話かけてすいませんねありがとうございます」
「すげー棒読み」
「…でも、まぁ一人でゴロゴロするより動いてるほうが好きだから楽しみにしてる」
どうせこの男たちには大晦日も正月も無いんだろう。寮を出て慣れ親しんだ実家に帰省しても、相も変わらずバットを振って、早く夏がこないかと待ち焦がれてるに違いない。
「じゃ、わたし今日は家の掃除しなくちゃいけないから先に帰るね」
「おー」
荷物をカバンに詰めて身支度を済ませ、別れを告げて教室を出る。が、廊下に一歩踏み出した所で足を止めた。そうだ忘れてた、明日から冬休みだっけ。
くるりと向きを変え、少しだけ声を張って彼の名前を呼ぶ。
「御幸ー!」
「は…?」
「今年一年お世話になりました、ほんと色々ありがとね。あんたと仲良くなれて良かったよ」
「ちょ、何…」
「てことで来年もよろしく。良いお年を!」
それだけ言ってダッシュで退散。クラスメート何人かの視線が気になったけどそんなの御構いなし。もしかしたら今頃冷やかされてるかもしんないけど、休み明けにはきっとみんな忘れてるだろう。
「はっはっは、恥ずかしいこと言ってくれるねー…ホントあいつ馬鹿だろ」
あー…マジで勘弁してくれよ…そんな御幸の呟きなんて知る由もなく、わたしは階段を駆け降りる。
夏に比べると短い短い冬休み。年が明けて東京へ戻ってきた時、わたしは誰を、どう見てるんだろうか。
(20130916)