夜空満天に輝く星。
毎日決まった時間に、きらきらと降り注ぐ星々の下紫銀の瞳がどこか遠くを見つめていた。橙色が強い金色の髪を風が優しく撫でてゆく。その生暖かい風に、柔らかな温もりを思い出さないはずがない。

遠い記憶を手繰り寄せるかのよう、瞳を閉じると、瞼の裏には笑顔の少女がいた。





柱に寄り添うように立ち竦む青年を今日も見つけ、桜色の髪の少女は静かに彼に近付く。
その少女に気付いてないはずはないが、微動だにせず相変わらず遠くを見つめる彼の横にそっと立つと、ぽつり、と用件を伝えた。

「……………。」
「…………王様が、呼んでたわ。」
「……………。」
「………。」

反応がないのは初めからわかっていた。ほんの少しだけ彼を盗み見たその顔は心をどこかに置いてきてしまったような、まるで人形のような表情だ。大切な人を二度も自分の手が届かない場所でなくした彼に、どう慰めればいいのかかける言葉が見つからない。自分も大切なオーナーをなくしたことを嘆かないわけではないが彼の痛みとは少し分類が違うだろう。彼がオーナーへ向ける想いが自分とは違う、もっと深いものだと知っている。今、どんな気持ちでいるのだろうか。

じわじわと侵食してくる黒い何かに胸が潰れるような想いを抱いたとき、背後に忍ぶ足音に気が付き、少女は振り返った。

「…カプリコーン…。」
「こちらにいましたか、アリエス嬢。」

低い声が響き、アリエスは小さく頷いた。深い黒のサングラスに隠された表情は読み取れないものの、きっと神妙な面持ちに違いないカプリコーンがゆるゆると首を振る。その仕草に俯いたアリエスは立ち上がりもう一度、青年の背を見つめた。屈託なく笑う笑顔ももう20日は見ていない。昔はあまり笑うことがなかった彼だが、再会したときにはがらりと変わっていた性格。笑顔をよく見せるようになり、性格も昔みたいなクールな感じはもちろん、プライドなど何処かへ行ってしまったみたいだ。彼は人間界でうまくやって行くため社交性を身に付けたのだという話をホロロギウムから聞いた。そんな風にさせてしまったのは他でもない自分である。変わった彼が遠くへ行ってしまったような気がしたが、時折自分を心配し、笑いかけてくれる笑顔はアリエスが大好きだった昔のそれと変わっていない。
だが決定的に彼を変えたのは、自分達を愛してくれているあの金髪の少女だ。アリエスも時折見たことがある柔らかい笑み。そんな表情を浮かべるなど昔の彼からは考えられなかったことだ。この青年を変えた彼女の消息が分からなくなってからもう人間界では五年程経っている。

「……。」
「大丈夫ですよ、ルーシィ様なら。」
「………。」
「その証拠に私達の契約はまだ切れておりません。レオ様も、それはわかっているはず。」
「そう、よね…」

だが、ルーシィ様は帰ってくるから大丈夫よ。確信がない中そう言ったところで、彼の心は満たされるだろうか。彼とてわかっているのだ。わかっていても、なにもできないはがゆさは、次第に彼の心を渇かせていった。

「……カプリコーン…わたし、レオになにもできない。」

あんなに、助けてもらったのに。

アリエスが見つめるのは、彼の背中だ。
いつもいつも、彼が背を向け守ってくれた。

守られてばかり、なにもできない。

「レオは…わたしのことは、昔から必ず一歩後ろに置いて守ってくれた。なんてゆうか…そうね、プライドを崩さない守り方。冷静でありながらも、カレン様と契約していた最後のほうみたいに、時々無茶をして…でも、ルーシィ様のことは、」

ルーシィのことは、見ている限りそういう守り方ではなかった。
一緒に戦い傷だらけになっているオーナー。プライドなんか彼女を守るためならとうに捨てているのだ。自分には向けられることのない、愛情がそうさせている。優しくしあうことを許されたからこそ、できることだ。

「……生きてますよね…ルーシィ様は。」
「………。」
「レオが好きになった人だもの。」

アリエスがそう、力強く言えばカプリコーンは彼女の頭を優しく撫でる。

「…そばにいても、見ているだけというのは、辛いものですな。」
「………。」

俯いたまま僅かに震えるアリエスの肩に手を添えると、行きましょう、とその場を離れることを促すカプリコーンに、アリエスは名残惜しそうに彼を見上げる。

どんなにそばにいても彼の笑顔を取り戻せるのは自分ではない。
できることはない。

そう言われているような気がし、じんわりと涙が滲む。

歯車を狂わせたのは弱かった昔の自分。離れ離れになってしまったのも、自分に強さが足りなかったから。

(…はやく、帰ってきてくださいルーシィ様…)

祈るように心の中で呟き、もう一度、いつもより小さく見える背を見つめアリエスはその場を後にした。


眷恋歌謳


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