「うぎゃああああああああ!!!!!!!!!!!!!」



賑わうギルド内に響く断末魔の叫び声に、全員がしんと静まり返って声の主を振り返る。その彼の視線の先には彼が愛してやまない、薄い金髪の少女がにこにこと可愛い笑みを浮かべていた。
その華奢な手にそぐわない、不気味ななにかをのせて。



「ルルルルルルーシィ!!!!そ、そ、それなに!ねえなに!!!」
「え?なにって、見ればわかるじゃない。蜘蛛よ。」
「わかるよおお!!!わかるけど、その巨大さはなに!!!!!!」

最愛にして最凶の恋人であり彼の契約者でもあるルーシィ・ハートフィリアはにっこり笑って、自身の手の平におさまりきらないでいるCD一枚分はあるであろう大きさの灰褐色の生き物を一撫でする。その笑顔からは先日彼が大嫌いなアレを顔に張り付けた腹黒さは感じられない。
対して、部屋の隅に丸くなり、毛を逆立て(実際毛はないが、皆にはそう見えた。)耳(のように見える髪の一部)を後ろに引っ込めた姿はまるで恐怖におののく猫のようだ。そんな態勢をとらざるをえない、橙色の髪をしたスーツ姿の青年は、紫銀の瞳に涙を浮かべ可愛い可愛い恋人の手に乗る生き物を恐怖に煽られながらも打ち砕かれそうなプライドやら勇気やらで必死に睨み付けていた。

「この子、あんたが大嫌いなゴキブリを食べてくれるんですって。」
「な、な、な、な、」
「この間ラクサス達からそういう蜘蛛がいるって聞いて色々調べてから探して連れ帰ってきたの。可愛いしいかにも強そうでしょ?名前はローレくん。あんたの名前2つからとってみたわ。」

頑張って探したのよ?と頬を赤らめて上目遣いで見つめてくるルーシィに、ロキの心がぐらりと、彼女を抱き締めたい衝動に突き動かされる。しかしルーシィの手に乗るのは、一般的な蜘蛛からすると規格外の大きさだ。とてもじゃないが、彼女に近寄ることができるわけなかった。しかしぜひ近くで見てもらいたく、ゆっくり歩きながら彼に近づいていくルーシィと、完全に尻尾を巻くロキは攻防戦が暫く続く。追い詰められすぎていてこれ以上下がれる場所はないが、それでも逃げるように後ずさるロキはせめてもの抵抗に思い切り、彼女の温かみを感じているそいつを威嚇しようとした。しかし、予想を反してギロリと睨まれ(たような気がした)、ロキの耳が更に益々後ろに倒される。

「目があったよ?!!!い、いい、いま睨まれて、や、やめてルーシィ、そんなやつはやく捨てて!!!!!」
「えー?嫌よ。とってもいい子なのよ?」
「きゃああ!!!近づいてこないで!!!でかいよ、でかすぎるよおおお!!!!!!!

ついに上からも下からもなにか出てきそうになり、ロキは瞬時に黒髪の青年の後ろに身を隠した。その速さたるや風の如し。
いつの間にか盾にされた、一部始終を間近で見ていた不運な彼―グレイ。は、近づいてくるその巨大すぎる生き物に、ぞわぞわと恐怖を覚える。
妖精の尻尾の中でまともだと思っていたルーシィのこの壊れよう。恋は人を狂わせる、とは真だったかと考えたところで、グレイも触ってみる?と目の前にずいと差し出されたその蜘蛛に、今まで数々の死線を乗り越えつつも死ぬかもしれないと思ったその時々の恐怖よりも大きな恐怖が彼を覆い、一気に白目が露わになった。

ごめん友よ。

ロキあとで覚えとけよ。

とテレパシーで会話をした時、ルーシィの手からひょい、とその生き物がつままれる。

「なんだ、アシダカグモじゃないか。」
「ジェラール!!!!」
「そうよ、ジェラールも知ってるの?」
「ああ、図鑑や噂でな。実際に見たことはなかった。ずいぶんと勇ましいな。」

今度はジェラールの腕をのそのそとゆっくり歩いているアシダカグモは、ゆるりと背を撫でられ、どことなく嬉しそうだ。物珍しいものを見つめるジェラールも、怯えるロキとグレイに目をやり喉を震わせて笑った。

「人に害は与えない。が、こいつがいる場所にはゴキブリがいると言われているらしいな。ニホンという国では、こいつと共存する者もいるそうだ。」
「へえ、素敵!その人たちのナイトみたい。」
「まあ、そんなような役割をしている場合もあるのは確かだな。だが、見た目がこんだし、苦手なやつは多いだろうがな。」

とりあえずロキとよく話した方がいいんじゃないか、と優しく笑みを浮かべるジェラールに静かに頷いたルーシィは犬兼猫、時々男、たまに雄の虫嫌いな恋人(ちなみにルーシィは誤解しているが、決して虫全般が嫌いなわけではない。)を指でつつき、もう少し小さいのにするね、とズレた事を言っている。ロキの体に再びぞわりと寒気が走るが、とりあえずジェラールの手の中にいる蜘蛛にホッとし、助け船を出してくれた友人に心の中で礼を言った。

それから約1時間後にグレイが目を覚まし、なぜかグレイも一緒に泣きながら懇願した結果、アシダカグモはジェラールの手によって元いた場所に返されることとなりギルドはいつもの賑やかさを取り戻した。
まだ顔が青いロキがミラジェーンから同情するわと差し伸べられたミルクを飲み一息つくと、手を洗いに行っていたルーシィが戻ってきて隣に座る。怒る様子のないロキと視線が交わるともじもじと言い訳を始めた。

「…ごめんねロキ…あたし、この間のお詫びにって思ったんだけど…」

この間、というのは彼女の勘違いによる大嫌いなアレの被害に遭ったあの時のことだろう。思い出すのもおぞましいが、しょぼんとうなだれるルーシィにようやく生気を取り戻したロキは困ったように笑い、その柔らかい髪を撫でてやる。
なんだか方向がずれてはいるものの、彼女が自分の為に一人一生懸命に探し回って見つけてくれたという事実は素直に嬉しい。

「思うんだけどさ、やっぱりアシダカグモは必要ないよルーシィ。」

でも、と反論しようとする可愛らしい唇に指をあてて黙らせると、ロキはやんわり微笑んだ。大きな瞳をゆっくり瞬かせ、きょとんと首を傾げるルーシィにこつりと額を合わせると、僅かに染まる白い頬。
ああほんと、時々僕を苛めてなんだかんだ楽しんでるくせに。
こうして迫られれば決定的に弱い立場になる彼女がたまらなく愛おしい。そのまま長い睫に触れれば擽ったそうに片目がやんわり閉じられる。

「僕には、世界一嫌いなあいつを平気で倒してくれる王子様がちゃんといるからね。」

皮肉めいて悪戯っぽく笑うと、なによそれ、とむくれたように聞き返してくる可愛く頼もしい王子様。ロキは満足気に笑うと、小さな頭を包み込み、自分の方へと引き寄せた。



ナイトと王子様と彼


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