マグノリアの飲み屋街一角にあるこじんまりとした落ち着きあるバーに、珍しい取り合わせの男性3人がいた。その中で、オレンジがかった金色の髪の青年がグラスを傾けながら溜め息をつく。
普段酒なんか飲むのをあまり見たことがない彼を、黒髪の青年が痛ましげにじっと見入っていた。ここまで落ち込んでいるのを見るのは初めてと言って良いのではないか。前の契約者との一件が解決する前は、彼は仲間の前で弱気な姿を見せたことは一度もない。ただ、妙に印象的だった初めてギルドを訊ねてきた時を除いては。だが現契約者のこととなると殊更ナイーブになる親友を前に、その元凶になっている少女を頭に浮かべ苦虫を噛み潰したような顔をした。そもそも2人の問題に、自分やジェラールが介入して良いのか。話ならいくらでも聞くが、ぐったりと肩を落としている彼の様子をみていると、手を貸してやりたくもなる。その気持ちは隣に座るジェラールも一緒だろう。

「そんなに落ち込むことねえって。照れ隠しだろ、いつもの。あいつあんなナリして実は純だし。」
「ああ。彼女のことはよく知らないが…エルザからは星霊想いのいい少女だと聞いているが。」
「………ああ。」

そう、確かにその通りだ。だけど最近、彼女の自分への態度は目に余るものがある。姿を見せれば帰れと即答され、部屋で待っていれば出てってと追い出される。戦闘においても喚ばれることがここ3ヶ月、全くない。今までと同じようにはとても、ロキには思えなかった。
最初は、何日かすればいつもの彼女に戻ると思っていたが、時間が経てば経つほど変わっていく。それが昔の苦い思い出と彼の最愛の人をだんだんと重ね合わせるきっかけとなり、今では彼女に逢うことも怖くなっていた。だが、それを彼女にぶつけることもできず、こうして仲間に聞いてもらうことにしていたわけだが。

「…ルーシィが怖いよ。いらないって切り捨てられるんじゃないか、って。」
「いや…それは飛躍しすぎだろ。」
「ルーシィがレオ、あ、いや、ロキのことを切り捨てるなんて、ないとは思うが…」
「僕だってそう思いたい。思いたいけど…いつか切り捨てられるなら…だから、明日僕から先に契約解除を申し出る。」

ギュッと握りしめられたグラス。グレイとジェラールは顔を見合わせた。あのロキがここまで言うとは。
そのままぐい、とワインを飲み干し、バーテンにショットのテキーラを頼むロキにグレイは息をつき、自分もグラスに残っていたビールを空にする。

「まあ…お前の気持ちはわかるが、もう少し待てって。俺とジェラールがなんとかしてやるから。」
「そうだな。今日はひとまず、ルーシィのことは忘れて飲もう。」

グレイとジェラールの気遣いに、サングラスの下にある切れ長な瞳が優しく細められた。




「……寝れない…」

深夜3時。カチカチと規則的に刻まれる時計の音。体を起こした少女は薄ら寒さに身を震わせショールを羽織ってキッチンへ向かった。眠れない原因はなんとなくわかっている。

「………最近、ロキに逢ってないかも。」

今までは毎日のように逢っていた。逢っていた、というよりロキが勝手にルーシィに逢いに来ていた。それが当たり前になっていて、毎日のように告白めいたことを言われて、彼の心が自分のものだと安心していたのかもしれない。だけど、最近入ってきた自分と同じ年の魔道士の女の子。たまたま2人で話す機会があった時に聞いてしまった。

『私、ロキさんに憧れて妖精の尻尾に入ったんです。』

いいなあルーシィさんはいつも彼と一緒で、と頬を染めて酷く愛しそうに彼の名を呼ぶ少女に、勝てる気がしないと思った。勝つとか勝たないとかの話ではないのはわかっている。別に自分とロキはなんでもないし、彼への曖昧な気持ちともずっと向き合わないようにしてきたのは自分だ。だからこそ、彼の取り巻きにはいないような、自分と違い素直な新しい仲間を目の当たりにしたルーシィはこんな曖昧な気持ちでロキに逢えないと、距離を置いた。

「…………嫌いになったかな、さすがに。」

失敗だった。冷たくすればするほど、ロキが恋しい。逢いたい。
ルーシィがコーヒーの瓶に手をかけた時、玄関のドアがけたたましく叩かれる音がした。びくりと体を震わせると、聞きなじんだ声が聞こえる。

「ルーシィー、あーけーてー。」
「……え?ロキ…?あれ、レオ?いや、ロ、」

不審者ではないことがわかりホッとしたのも束の間、ドアを開けると大きな体に抱きつかれ、ルーシィはそのまま彼となだれるように床に倒れる。

「いったいわねえ、なにす、」

ルーシィの言葉が止まった。ひやりとした感覚がお尻にあたる。寸分もない距離にロキの端正な顔があり、その顔は真っ赤だ。彼の口から僅かに吐き出される吐息に強いお酒の匂いを感じ、眉をしかめるルーシィが鳩尾に蹴りを入れて彼を無理矢理引き離すと苦笑いを浮かべながら相変わらず酷いなルーシィ、と喉を震わせた。こんなに酔っているところは見たことがない。
誰と、どこで?あの子と?そんな不安や疑問がどんどん怒りに変わっていく。ルーシィから出た声は自分でも驚くほどいつもと違う低くドスの効いた声だった。

「あんた、飲んでたの?」
「うん。」
「ふーん…こんな時間まで誰とどこで飲んでたのよ。」
「ルーシィには関係ないしー。てゆーかルーシィのせいだしー。」
「なによそれ。」

訝しげな顔のルーシィの小さな顎が冷たい感覚に包まれた。離れたはずのロキが、再び目の前にいる。顎を掴まれ、サングラスをかけていない彼の瞳がルーシィを射抜く。その綺麗な紫銀の瞳から目が逸らせない。お酒を飲んでもいないのに、身体が熱い。

いつもと違う、彼の"男"の一面に鼓動が早くなっていく。

どうしよう、と見透かされそうな心を隠すことを必死で考えていると、ロキの口から頼りなげな声が漏れた。

「ルーシィは……僕のこと嫌いなの?」
「え?」
「最近冷たいし…なにか嫌われるようなことしたかな。」
「…それは…」

嫌いじゃない。嫌いだから冷たくしていたわけじゃない。そう言いたかったが、喉がからからに渇き言葉が出てこない。
ためらう彼女に溜め息をつき、無言を肯定と捉えたロキはよろよろと立ち上がった。

「…契約を解除させてください、オーナー。」

すっと頭を下げるロキの言葉にルーシィの大きな目が丸く開いた。
今彼はなんと言ったのだろう。解除?契約を?
信じ難い言葉に、ルーシィの体が震え出す。こんなことを言わせる程に彼を追いつめたのは確かに自分。震える声で、ルーシィはロキに訊ねた。

「解除って…契約を解除してどうするの?」
「新しい契約者候補ならいるさ。」

捨て台詞のような意味深な言葉に、そういえば彼女も星霊魔道士だとあの可愛らしい少女をルーシィは思い浮かべた。ロキが言う新しい契約者とは、まさか、

「じゃあ僕は行くよ…。」

ふらふらとした足取りでノブに手をかけた時。

「いだー!!!!!!!」

頬を後ろから思い切り摘まれ、あまりの痛みに彼らしからぬ悲鳴があがる。
じんじんとした痛みに振り返ると、大粒の涙を流す彼のオーナーが真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「な、なに、」
「あんたなんか……」
「ルーシィ、」
「あんたなんかだいっきら、い…いっつも人の気持ちかき乱して、いっつもへらへら余裕こいて、好きだのなんだの言うくせに肝心なときにそばにいてくれなくて、」
「…………、」
「あの子と契約でもなんでも、勝手にすればいいのよ、あんたなんか、あんたなんか…」

たまらず、ルーシィを引き寄せ腕の中に収めたロキはルーシィの薄い金色の髪に顔を埋めた。ポロポロと涙を流す、いつも強がって素直じゃない彼女の体は、以前鳳仙花村で抱き締めたときより小さく華奢に思える。
自分は彼女の何を見ていたんだろうか。嫌いとかそんなことではない。今までの彼女の行為は全くの逆だ。不安になって契約解除だのを申し出た数分前の自分を殴ってやりたかった。ゆるゆると片手で、柔らかい髪を撫でながらロキはルーシィを見つめる。

「……ルーシィ、僕のこと好き?」
「っ……きら、い…」
「男として、恋愛として好きだよね?」
「……だい、きらい…」

口から出てる言葉と裏腹に、黙って自分の背中に回された腕にロキは胸がくすぐったくなり笑い出した。この状況の中突然笑われたことに不快感を露わに恨めしげに睨み上げてくる最愛の彼女はちっとも怖くない。そっと形の良い唇に自分のそれを重ねると、応えるようにルーシィの腕が首のほうに回された。その動作に確かに彼女からの愛情を感じ、ロキは温かな体を抱き締める腕に力をこめた。

「ところで、」
「ぶっ!」

唇を離した一瞬の隙をつき、ルーシィの右ストレートがきれいにきまる。今まで流れていた甘い雰囲気にすぐさまベッドへ、と考えていたロキが目をぱちくりさせているとにこりと微笑みながら青筋を立てる愛しい人。自身に迫る身の危険を感じ、ロキは思わず後ずさった。

「契約解除とか新しい契約者とかなんてふざけたこと、一体どういうつもりだったのかしら?」
「…は、はは、ルーシィ、やだなあ、僕がそんなこと言うわけ、」
「オーナーに逆らった罪は重いわよ、ロキ?」
「ル、」

風、いや氷になあれ、ときらきらした笑みで極寒の外へロキを放り出したルーシィと、冷や汗をかきながら必死で許しをこうロキの攻防戦は朝まで続き、その夜には再び昨夜と同じ場所で同じメンバーがグチグチと酒に溺れたその会議は後に定例化し次第にメンバーも増え、華の男談義と影で言われるようになったとかならないとか。


ピンヒールで踏み潰した木苺はアルコールに沈む


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