「…お嬢様、戯れも度がすぎますよ。」

オレンジ色がかった金髪の青年が主の部屋の中心に置かれている大きなベッドの真ん中で溜め息混じりに呆れながら言った。先程成人式の飲み会を終えて迎えに行った彼の主は、リムジンに乗り込んだ時にはすっかり酔いつぶれていたのだが、屋敷に戻ってきた途端に執事である彼に甘えてばかり。部屋にずるずると引きずられてどこにそんな力があったのかいきなり食らった右ストレートに、完全に油断していた執事はその反動でベッドに倒れ込んだ。起きあがろうとしたその時、鳩尾あたりに感じた重たさに目を丸くすると主が馬乗りになってじっと彼を見下ろしている。乱れた振袖から覗く白い太腿や見えそうな谷間にぐらぐらと湧き上がってくる雄の本能との葛藤などまるでわかっていない彼女に向かってやっとの思いで告げられたのが、冒頭の言葉である。

「…べつに、戯れなんかじゃないわよ。」
「戯れではないと…?お嬢様は酔っていらっしゃるのです。」
「酔ってないわよっ。」
「いいえ、酔っていらっしゃいます。そうじゃなければ、お嬢様がこのようなことなさるわけがありません。」
「だからっ酔ってないっつーの!」

冷静に淡々と紡がれる執事の言葉に、いささかむきになって応える主に、溜め息がこぼれる。実際、こんな状況で主に噛み付かない自分の強固な理性に拍手を送ってやりたい気持ちだ。このまま強引に押し倒して自分が優位に立つこともできるが、頑なまでに"いつも通り"を貫くのは、彼女が自分が仕えるべく主人であり自分が彼女の執事である、その一線を崩さない為だ。そうでなければ、男も交えて飲んでいた場で歩けない程までに泥酔していた彼女を、部屋に送り届けた時点で煮えたぎる嫉妬心からめちゃくちゃにしていたところだ。大体、自分だから今こうして平然を装っていられるものの、他の男なら誘われているとしか捉えないだろうことをしていることを彼女はわかっているのだろうか。

「お嬢様、酔っていても酔っていないにしても、まずはどいていただけませんか…」
「………。」
「お嬢様?」

悲しげに茶色の瞳が揺れて、長い睫が伏せられたことに動揺の色を隠せない。

(今日のお嬢様はなにか変だ…なにかあったんだろうか…)

彼女の言葉を待つが一向に続く沈黙に、仕方がないと無理矢理起きあがろうとした時だ。視界が遮られ柔らかいものが唇に触れる。早くなっていく鼓動を落ち着かせようと事態の整理を頭の中で巡らせれば、ゆっくりとそれが離れていき、ぽかんと呆気にとられる彼を膨れっ面で見つめる少女がそこにはいた。

「お嬢、様…」
「……こんなことされても、あたしはやっぱりあんたにとって…レオにとってお嬢様なの?」

今まで見たことがない程に艶めかしいその表情に、レオと呼ばれた執事は体を硬直させた。そこにいる彼女は間違いなく、ハートフィリア家の令嬢、ルーシィ・ハートフィリアではあるが、仕えてきて初めて見せる、彼女の"女"の一面に、身体中に熱が集まってくる。

「今日で成人したのよ、あたし。」
「………は、い。存じています。」
「…大人の仲間入り、したの。」
「………。」
「……女として、ちょっとは意識してくれないわけ?」

はい?

と素っ頓狂な声が自分の口から出たことすら気付けないほど、レオは驚いた。どういう意味で言っているのか、これは彼女が執事を困らせるためにしている芝居なのか、そう思わざるをえないほどに今日のルーシィはおかしい。これではまるで、ルーシィが自分のことを好きみたいだ、そんな甘い願望すら抱かせてしまう発言にレオの視界がくらくら歪む。今居るのは防音が効いた彼女の部屋で、他の使用人は皆とっくに休んでいて、自分達が位置しているのはベッドの上でありはだけた振袖で自分の上にいるのはなによりも大切にしている愛しい愛しい少女で……。

だけどもし、もしお嬢様が自分を想ってくれているのだとしたらー。

「……お嬢様は、」
「ルーシィって、呼んで。…ほんとのあんたの口調で、喋って。」
「、それは、」
「…好きなのレオ…。」
「……。」
「あたしのこと、少しでいいから、んっ…」

強引に起き上がりルーシィの唇を奪い取れば何度も何度も、角度を変えながら息をする隙も与えないほどにキスをする。離れた2人の間に銀色の糸が伝うと、ルーシィの瞳はとろんとまどろみを帯びていた。彼女の白く細い首筋に男性にしては細く綺麗な手が添えられれば、先程までの困ったようないつもの優しい瞳ではなく、欲情した男の瞳が妖しげに細められた。

「……君って人は…、」
「っ…!レ、オ…っ」
「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、僕は、」

耳元に唇を寄せ、色めいた声色で囁く彼はルーシィが今まで見たことがないくらいに官能的だ。

妖艶に微笑みながら金色の髪に留められたきらきらと光る簪を手慣れたように抜くと、上着を脱ぎ捨てシャツのボタンを外していくレオ。露わになった彼の引き締まった腹筋と綺麗な鎖骨のラインに、ルーシィは自分の子宮がきゅう、と鳴くのを感じごくりと息を呑んだ。

「もう離してあげないよ…どこへも、誰にも渡さない、僕だけの…可愛い可愛いお嬢様…」

そう言ってもう一度噛みつくように口付ければ、苦しそうな声がルーシィの鼻から抜けていく。

そのまま組み敷かれたルーシィの瞳には、雄の本能を解放したレオの顔しか映っていなかった。


禁忌饗宴


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