「えー??ルーちゃん来ないの?!」

いやいや、と首をふる少女の空色の髪が揺れる。ルーちゃんが来ないなんてそんなのつまんないルーちゃんと一緒がいいよぅ、と駄々こねる少女にあらあらと困ったように笑みを浮かべて銀色の髪の女性はオレンジジュースを差し出した。

「お父さんのところに行くって言ってたわよ?」
「お父さんの?」



「確かここだったんだけど…」
「違うよルーシィ、もう1つ向こうだよ。」
「あ、そっか、ってエエ?!ななななんで居るのロキ!!」
「心配でお供いたしました、姫。」
「あらありがとう…ってちがーう!!!」

ぼすぼすとカバンで殴るも身軽にひょいひょい避けられてしまい、ルーシィはうぬぬと唸る。ロキはへにょんと笑いルーシィの傍に居たいからついてきたんだよ、と言ってみせた。そんな殺し文句には騙されないわよとキッと睨みつけるが、そんなに見られたら目が潰れちゃうよ、などとへにょんへにょんと尚も笑っているので、ああ効果なし、と肩を落とす。

「てゆうのは半分。もう半分は、心配だったから。」
「え…?」
「僕はさ、星霊だからいつでもルーシィが居るところには居られるけど…ちゃんと帰ってくるか、心配だったから。」

それは契約者を思う一体の星霊ではなくルーシィを想う一人の男の声。
やっぱりロキには適わないやと、眉を下げてルーシィはにこりと笑って頷いた。

「馬鹿ね…帰るに決まってるじゃない。」
「それならいいんだけどさ…「ルーシィ?」

よく聞き慣れてはいるものの、久しく聞いて居ないその声に振り向くと、穏やかに笑う金髪の男性が立っていたのでパパ!とルーシィは男性に駆け寄り抱きついた。む、僕にはそんなことしないのにと間違った闘争心を抱く星霊はおいといて、ルーシィは前に会ったときよりも少し歳をとった風貌の父親に元気だった?と問いかけた。

「ああ、毎日充実しているよ…しかしいきなりだったな、ああ、そちらの方は…」
「ルーシィさんの恋人です。」
「恋人?!」
「ち、ちが、ちょっと何言ってんのよ!!」
「違うの?」
「いやうん違わないけど。」

違わないけど父親にいきなり恋人ですとか言っちゃうのってどーなの大丈夫なの普通男の子って彼女の父親は怖いんじゃないのでもロキは星霊か、いやそうゆうことじゃないでしょあたし!!しかもパパも納得してるし、あれ握手なんかしちゃって、ええ―?な、なんかついていけないのですけど。

「ルーシィ?」
「ひゃ、ひゃい!」
「お父さんが、中に入ろうって。大丈夫?」
「……あんたってやっぱりすごいわ。」
「え、なにが?」

爽やかに笑みを浮かべるロキに尊敬というか呆れたというか、いらぬ気を使い疲れたというか。だが確かに思い返せば、ロキにとって怖いことはきっと大切な人を、信頼を失うことだ、それは誰よりも誰よりも強く恐怖を抱いているはず。それに比べたら彼女の父親などこれっぽっちも怖いなんて思わないのかもしれない。先を歩く父の背を追いかけてマンションに入り階段を上がればすぐ、父が鍵をポケットから取り出して鍵穴にさす。

「綺麗なマンションですね。」
「ああ…家に住むことは生きることの基盤だからね。少し無理をしても綺麗な家にと。」

さあどうぞ、と招き入れられた瞬間―むせかえるような腐ったような匂いが鼻を刺激し、ルーシィとロキは思わず鼻を塞ぐ。

「…パパ?!何この匂い!!」
「あ、いや…ああ、まあ、ちょっと最近忙しくてな。」
「もぉー!!」
「い、いやすまない、すぐに片付けるよ。」
「いいわよ、あたしやるからパパ座ってて!」

溜息をつき、コートを脱いですたすたと台所のほうへ向かうルーシィを見てくすくす笑うロキに、いやあすまないね、とはにかむルーシィの父はロキを連れてリビングに入ってきた。リビングは綺麗なのだがどうにも台所だけがめちゃくちゃらしい。

「一人で暮らしてるとこう…洗い物が面倒でな。」
「だからってこんなにためなくていいでしょ!」

がしがしと乱暴に食器を洗っていると、ロキがへにょんと笑って近寄ってきたのでごめんねと一言謝れば、細く長い指がルーシィが持っているスポンジと食器に触れる。

「僕がやるから、ルーシィ座ってなよ。」
「え?そんなわけにいかないわよ。」
「久しぶりでしょ?お父さんと会うの。」

穏やかな声にちらりと、リビングに目を向ければいそいそとゴミを片付ける父の姿。ルーシィは押し黙り納得はせずともロキの言われた通りに父親の元へ向かう。ほら見たことか、なんて気の利く優しい星霊もとい恋人だろうか。これがもしナツやグレイだったらこうはいかなかっただろう。いや、グレイなら半分期待できるもナツなら逆に父親と仲良くなるほうに期待がかかりそうだ。いつも感じていた、ロキの気の利く仕草はさりげなくて無理がない。

「ルーシィ、今日は泊まっていくんだろう?」
「あ、うん。そのつもり。」
「じゃあこっちの部屋を使いなさい。」

彼も一緒に、とニコニコしながら奥の扉を開けるとそこには女の子らしい可愛い家具などが置かれた空間。ルーシィはぱちぱち瞬きをしてからここ、と中に入る。

「ああ、いや、まあ客人用の部屋だ。気にせずに使いなさい。」

こほんと咳払いをすると戻って行ってしまった父。ルーシィは中を見回しベッドに腰掛ける。客人、など見え透いた嘘をつくものだ。どう考えてもここは自分の、ルーシィが住んでも大丈夫な部屋だ。

「………パパ。」

自分のしていることは親不孝なのだろうか、と胸が締め付けられるような気持ちが襲う。父親が、家が嫌で一人で暮らしていく決意をしたが、今こうして自分と向き合おうとしてくれている父に自分は何かしてきただろうか。今の暮らしが嫌なわけでも止めたいわけでもないが―ああそうか、ロキが心配してたのはこのことなんだ、とルーシィは苦笑いした。
3人で夕食を食べ寝る支度をすませると、時間はもう23時を回っていて年があけるまで一時間もなくなっていた。

「ロキ寝ちゃった…」
「緊張したんだろう。彼女の父親の前だ。」
「そ、おかなあ。パパも緊張した?」
「ああ…ママの父さんは本当にこわかったからなあ。結婚を許してもらえるのにもずいぶん時間がかかったよ。」
「…そっか…」
「だが、今日久しぶりに会ってルーシィはやはり、いい場所にいるんだとわかって何よりだよ。」
「………。」

カラン、とウィスキーの氷が揺れる音はルーシィの喉を震わせる。どうしよう言っていいのだろうかどうだろうか困るだろうか、それでも言わずには聞かずにはいられない。キュッと膝の上で拳を作ると一度立ち上がり、食器を洗いにキッチンへいく。水の蛇口をひねると静かに水音が耳に浸透してきてどうにも落ち着かなかった。

「…ねえ、パパ…」
「ん?」
「……一人は寂しい?」

ああ、言ってしまった。これを聞いたらきっと迷うのに、もしかしたら、もしかしたらって可能性だって出てくるのに、それでも聞きたかった。だってパパにはもうママがいないから、あたししかいないから。

「寂しい、さ。だけどこうしてたまにルーシィが来てくれるだけで嬉しいよ。ルーシィはルーシィの好きなように生きなさい。」

じゃあ、年越しはあまり興味がないから寝るとするよ、とそのままにこやかに寝室へ行ってしまった父の背を見つめるルーシィの食器を洗う手は止まっていた。ぐらり、と頭を何かで殴られたようななんとゆうかそんな感覚。ああ、やっぱり聞くんじゃなかった、かな。涙が止まらない、どうしよう。あたしは馬鹿だ、馬鹿馬鹿馬鹿と頭を壁に打ち付けたい気持ちが脳内を支配する。ポロポロと溢れる涙がふとすくわれて流れっぱなしだった水が止められた。出てきた手の先を見上げると、優しく困ったように笑うロキが立っている。

「ロキ…」
「やっぱり、ついてきて良かった。」
「ねて、たんじゃ…」
「…僕のお姫様は優しいですから。」

こうなる気がしてたから泣いてるんじゃないかと思って。

紡げられたロキの言葉で、堰を切るように、ルーシィは声を上げて泣き出した。そんな彼女を、壊れ物を扱うように優しく抱き締め、「バカだねルーシィは。」と、あやすように一言告げた。



泣き声は遠くの空に消えました


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