深夜を回り、この部屋の主が夢を見ているであろう頃。暖かい小さな灯りが部屋に灯り暗闇が薄く照らされた。年若い男はベッドに近づくと、灯りに照らされ浮かび上がる白い肌に触れ、優しく頬を一撫ですると灯りを消し、リビングの方へと向かう。隅に置いてある棚の右側の引き出しは、彼が使ってもいいと言われている場所だった。

『ロキのことが好きなの。』

棚の中にしまってあった、契約者であるルーシィからもらったチョコレートを取り出すとそれを見つめてロキはため息をつく。

バレンタインデーから3日。

チョコレートと共に真っ赤な顔で告げられた彼女の真剣な気持ちは、ロキの一瞬の恐れで受け入れられることはなかった。

ロキ自身、ルーシィのことはもちろん、契約者という域を超えて愛してしまっていた。思いもよらず、ルーシィから告白をされたことに心はとても舞い上がったのだ。だが、ふいに怖くなった。彼女は真剣なのだ。純粋だ。自分のように、近づくことが、受け入れられることが、はたまた拒絶されることを恐れて、中途半端な距離の取り方をしない。逃げない。純粋に、ロキという個体にぶつかってきてくれた。そんな彼女を自分の手の中で汚してしまい、欲望のままに傷つけてしまうことが怖くなったのだ。

『僕もルーシィが好きだよ。』

にこりと笑い、ロキはそう返す。ルーシィの表情が安堵した表情になったが、『だけど。』と次に紡がれた言葉に、一瞬で哀しげな瞳に変わってしまったその様は、まるで小さな子供のようだった。

「はぁ…」

ロキはまた、今度は最初のものより大きなため息をつく。

『エルザもレビィもミラもリサーナもウェンディも、みーんな好きだよ。ルーシィはその中の一人で…ごめん、僕はルーシィのこと受け止めてあげられない。』

そう言ってから、しまった、と思った時にはすでに遅かった。ルーシィは、そっか。とだけ言って自室にこもってしまったのだから。彼女の愛から逃げ出した自分に今更弁解などする資格もない。ルーシィからもらったチョコレートより奥にしまわれた小さな箱を取り出し、ロキは苦笑いを浮かべた。

「ほんと、バカだよね。」

(逆チョコレートしようとしてだなんて。)

しかも手作り。

バレンタインの一週間前から材料を買い、ルーシィがどんなチョコレートなら喜んでくれるかをいろいろと調べてみた結果、やはり王道にとゆうことでトリュフを選んだ。しかしやはりただのトリュフでは味気なさすぎるため、ガナッシュや外にまぶす粉の種類を変えたりと、いろいろと試行錯誤してみて出来上がった、ルーシィのためだけのトリュフチョコレート。渡す機会をつかめぬまま3日が経とうとしていた。

「今更…どうしろって言うんだよ。」

自嘲気味に笑みを浮かべ、どうしようか迷いながらもスーツのポケットに箱をしまったとき、体が光り輝き自分がオーナーに呼ばれたのだと気がついた。やばい、3日ぶりに逢うのにどんな顔をすればいいんだろう、と考えていたが、答えを見つける前に信じられない光景が目の前に広がり、言葉を失った。

「あ、きたきた、ロキー!」

ケラケラと爆笑しながら最初に声をあげたのはカナ。その隣には顔を赤らめたレビィがいて、レビィの向かいにはミラジェーンがにこにこ座っていた。エルザがミラジェーンの横でテーブルにつっぷして寝ているようだ。その向かいにはエルザを気遣うビスカがいる。周りを見渡すとギルドではなくどこかのバーのようで、なぜここに呼ばれたのか状況を整理しようと考えを巡らせていると立ち上がったカナに隠れて見えなかったが、ミラジェーンの隣に顔を真っ赤にして酒(焼酎と思われる)をぐいっと飲み干した最愛の人が座っていた。

「えーと…………女子会?」
「女子会ってゆうかあ〜、ルーちゃんがお酒飲みたい気分ってゆうからみんなで集まってるの、ね〜?」
「ほらルーシィ、ロキきたじゃん、ガツンと言ってやんなさい!」

唖然としていると、ルーシィが顔をあげ視線が絡む。…目が据わっている、が、どうやらふてくされているだけのようで、ロキを見るとぷいと顔をそらされてしまった。

「だれよっバカ犬なんか呼んだのぉ〜。」
「やだ、ルーシィがロキに逢いたいって言って自分で呼んだのよ〜。」
「さっきまでロキに逢いたい3日も逢いにこないってぼやいてたのはどこの誰かな〜?」

レビィが身を乗り出してつんっとルーシィの鼻をはじくと、ルーシィはう〜、と恥じらうように身を丸めた。ロキは周りの様子を伺うが、若い男もたくさんいて、ちらちらと彼女達のテーブルを見ているグループもあるのを確認する。素面ならまだしも、お酒が入り理性がきかなくなっている状態でルーシィをこんな場所に置いておくのに嫌気がさし、彼女をひょいと抱き上げた。ちょっとなにするのよ、とかまだ飲む〜、とかいろいろ文句が出てくる口に指をあて、眉間に皺を寄せてルーシィ、と名を呼べば、まだ何か言いたげではあったがルーシィは言葉を飲み込み静かになる。

「悪いけど、うちのお嬢様は先に連れて帰らせてもらうよ。」

そうカナ達に言ってルーシィの荷物を持ちテーブルを後にしようとすると、カナに腕を掴まれ、真剣な顔で見つめられた。

「泣かすなよ、もう。」
「………肝に命じとくよ。」

困ったように微笑めば、カナもニヤリといつものような笑う。ルーシィの分の会計を済ませると、ひやり、と冷たい空気を肌に感じた。ひらりひらりと、ゆっくり雪が舞っている。コートもなにも着てこなかったな、と白い息を見つめると、腕の中にいるルーシィがもぞもぞと動きかけていたコートから顔を出した。

「おろして、よ。」
「残念ながらそれはできません。」
「なに、よ。」
「寒いし、そんなに酔ってたら歩けないでしょ。」
「……なによお〜、寒いのなんか、コート着れば寒くぬぁいし、酔ってなんかないわよ。」
「酔ってるよ、焼酎5杯は飲んだでしょ。」
「!な、なんで」
「それからカクテル3杯にシャンパン5杯。途中で吐いた。」
「な、なんで知って」

お酒のせいではなく、羞恥心から顔を赤らめ慌てているルーシィに、眉間に皺を寄せてロキは溜め息をつく。

「君のことなら何でもわかるよ。」
「……。」
「ずっとそばで見てきたんだ。どんなときにお酒を飲みたくなるかも、どんなときに泣くかも、全部わかるさ。」
「…………なによ…なに怒ってんのよ。」
「なんで怒ってるかって?わかんない?あんな場所であんなに飲んで、なにされてもなんも言えない状態な君を目の当たりにして怒らない方がどうかしてる。」

静かにそうこぼすと、ルーシィは目を丸くしたあと不満そうな顔でロキを睨みつけた。正直、お酒のせいで潤んだ目で睨まれてもちっとも怖くない。

「あたしがどこで誰となにしてようが、あんたに関係ないじゃない。」

おろしなさいよ、バカ、とぽかぽかロキの頭を叩くルーシィに、ロキは益々眉間に皺を寄せる。なんでここまで言ってこのお嬢様はわからないのか…腕の中で暴れるルーシィを仕方なく雪の上に下ろすと案の定、足がもつれてルーシィは崩れ落ちる。腕を掴んで支えてやり、その細い身体を再び自分の腕で力いっぱい抱き締めると、ぴたり、と硬直する。

「関係あるに決まってるだろう。こんな可愛い君を誰にも見せたくない。」
「………な、にそれ…、なに言って……」
「本当は嬉しかった。チョコレートも、ルーシィの気持ちも。」

絞り出すようにそう話すロキの声がいつもと違い少し低い。ルーシィの目から涙が流れて、ロキの肩に落ちた。

「怖かったんだ…純粋に僕を思ってくれてる君を、僕なんかが汚していいのか、僕みたいなやつが君を幸せにできるのか、怖かった。」
「ロキ、」
「………好きだ、ルーシィ。」

うそ、とルーシィの口から出かけたその言葉は、重ねられた唇でロキに届くことはなかった。

「…3日前の愚かなわたくしめを許してくださいますか?お嬢様。」

額をコツリと合わせ、上目気味でそう甘く囁けばルーシィはぽろぽろ涙をこぼしながら、バカ、と小さく笑ってロキを抱き締めた。



(本当はずっと、こうなりたかった。)



「ルーシィのチョコレートには適わないんだけどさ。」
「なあに?」

帰り道、歩くと言ってきかないルーシィと手を繋いで並んで歩いていたとき、ロキはポケットから、机の奥にしまわれていた小さな箱を取り出した。きょとんとしている少女ににこりと笑い、逆チョコレート。と言えば、は動揺し、え、うそ、ロキが作ったのこれ、やだ、どうしようと顔を真っ赤にして嬉しそうにはにかんだ顔が可愛くて、クスクス笑みがこぼれてくる。ああ幸せだなあ、と感慨深く空を見上げれば、ありがとう、と隣から照れくさそうな声が響き、どういたしまして、と優しく微笑んだ。


両手に握った大切なモノ


prev - next

back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -