―とても懐かしい、彼女が居る。
「ねぇ!どうして何も言わないのよ?」
「……何が?」
「他の男と寝たのよ?!どうして怒らないの?!」
「君がしたいようにしたのならかまわない。僕に君を縛る権利はない。」
「…ヒビキ…」
ああ。
この夢か。
何度も何度も同じ夢だ。
夢の中に出てくる君はとても寂しそうな瞳をしている。そうさせているのは彼だとは一概には言えない。彼もまた、酷く傷ついていたんだ。どうして夢で気付くんだろう。夢の中では、彼女や彼にかけるべき言葉が見つかるのに。彼は十分君を愛していたんだ。変わっていく君を見ているのが怖かったんだ。
「あたし、昔親に捨てられたの。」
「―え?」
「だから…愛してほしくて愛を求めるけど、いつも足りない。」
それがヒビキを傷つけてるのも、わかってるのよ。
「カレン……」
・
・
・
・
「…キ、ロキ〜?」
遠くで誰かが自分を呼ぶ声がした気がし、ロキはその【誰か】の声を夢の中から辿って行く。まだ眠っていたい気持ちを抑えてうっすらと瞳を開けると、金髪の美しい少女が自分を覗きこんでいた。瞼をぱちぱちと上下させながら、そっとロキの髪に触れるその手は雪のように白い癖にほんのりと温かい。
「ごめんね、起こしちゃって。なんか魘されてたから。」
「……ルーシィ?」
ぼんやりとした意識の中でも、自分に話しかけている少女は今の最愛の恋人だということを認識してゆっくりと体を起こすロキ。ルーシィはそんな彼を見てくすっと笑みをこぼし、そばにあるカップを手にとってそっと紅茶を啜る。
「……あれ、僕…寝てたんだ?」
「うん。昨日あんまり眠れなかったって言ってたわよ?こっちに来てソファに座ったらすぐ眠っちゃった。」
「…はは…ごめん。」
―そういえばそうだった。
ロキは自分がルーシィに会いに来てすぐに眠りについたことを思い出した。いつ眠ったのかそのタイミングはわからないが、来た途端に眠気に襲われ、とりあえずソファに腰掛けたような気がする。
―あっという間に眠ったのか。それも、夢付きで。
よっぽど疲れていたんだろうな。と、フッと笑う。昨夜は同じ星霊のタウロスに酒の相手をさせられ、自分の家に帰ったのは明け方だった。だが、どうしてもルーシィに逢いたくなり、少しだけ仮眠をとってこちらの世界に勝手にやってきたのである。
「目覚めはいかがでしょうか?皇子様?」
「最高だよ、ルーシィの声で起きたんだから。」
ぎゅっと、ルーシィを抱き締めその細い肩に顔を埋める。ふと、夢の中の【彼女】の顔が浮かび、ルーシィを抱く腕に力を込めた。
「どうしたの?ロキ…。」
「ルーシィ。」
「ん?」
「僕…もし君が他の男と浮気したらすごい嫌だな。」
そう言って腕の力を緩めてルーシィの顔を見ると、彼女は目を丸くして首を傾げていた。まるで、どうしたの?と言いたげな表情。ロキ自身も、何故今こんなことを言ったのだろうと一瞬不思議に想ったのだが、答えはすぐに見つかる。先程見た夢のせいなのだ。
ルーシィをカレンの代わりにしているのか。真実は今の自分にはわからないが、確かなことはルーシィを誰にも渡したくないということ。
「ロキ…?」
「…いや、何でもない。忘れていいから。」
すっと彼女から離れ、立ち上がろうとしたとき―手を掴まれ下を見るとルーシィが優しく笑みを浮かべてロキを見上げていた。
「ロキ、あたしね。ロキのことが大好きよ。」
「……っ…」
その言葉に、すべてが集約されているのが伝わってきた。本当に、どうしてそんなに優しいんだろう。
「ルーシィ……」
僕は笑みを浮かべて、彼女の耳元でそっと囁いた。
(ありがとう、と一言だけ―)
だってこれは真昼に見る夢
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