「だからルーシィ…別にいいよ…」
「いいじゃない!せっかくなんだし!」

ぐいぐいと金髪の少女に手を引かれてやって来た青い天馬。レオにとっては楽しい思い出、切ない思い出が全て詰まっている場所。グレイとジュビア、ルーシィ、レオの4人で仕事をしに来たが夕方を前にして依頼は終わったため残った時間は各自自由行動にしていた。ルーシィがどうしても青い天馬に行きたいと言い張るのでレオは仕方なくついてきたが正直あまり乗り気ではなかった。

ギルドの前に着くと、ルーシィはレオの腕を離して扉の前に立つ。感嘆の表情で看板を見上げていると後ろから声をかけられた。

「……!?レオ?!」
「……ヒビキ?」

振り返った先に居る懐かしい旧友との再会にレオは思わず顔を緩めた。ヒビキと呼ばれた青年は嬉しそうにレオに抱き付く。

「……久しぶり…!!元気だったか?!もう星霊には戻れたんだ?!」
「…まあ、ね。」

彼女のおかげで。

そう付け加えて、隣に居るルーシィの肩を抱いたレオ。ヒビキはルーシィのほうに目を向けるとニヤっと笑いもう一度レオに視線を戻した。

「ナルホド…その子は特別ってことか。」
「ヒビキも、元気そうで良かったよ。」
「僕はいつでも元気だよ。レオが居なくなってからはまだいい相棒には出会えてないけど…そうだ、今日はもう暇かい?せっかくだから飲みに行かないか?」
「あ、いや僕は…」
「いいよ、レオ。行ってきなよ!久しぶりに逢ったんでしょう?あたしもここのマスターに用があるし。あんまり遅くならない内にホテルに帰ってきて、ね?」

レオは自分の腕をぽんっと叩いて中に入っていったルーシィを見つめ、ポリポリと頭をかいて笑みを浮かべた。

「可愛いじゃん、彼女。」
「うん、すごく、ね。」
「女の趣味変わったね、レオ。」
「…ルーシィは特別だから。」

扉のほうを見ながらそう応えるレオに、ヒビキは優しく笑みを浮かべ肩に手をかける。

「さ、じゃあ彼女のお許しもらったことだし久々に飲みにでも行こう。まだあるんだ、二人でよく行ったバー。」
「嘘だろ、懐かしいな。」

そう笑いあいながら二人は近くのバーへと足を向けた。よく通っていたバーは、青い天馬の横の路地を真っ直ぐ歩いていくと見えてくる。小さな看板を下げ、クラシックな雰囲気を漂わせる落ち着いたお洒落な空間。カレンの星霊だった頃週に五回はヒビキと2人で来ていたことも、レオにとっては懐かしい記憶だった。
小さなドアを潜ると、暖色の照明に包まれた空間が広がり、カウンターには昔と変わらずにバーのマスターである女性がいた。三年前より大人びている彼女をレオはまじまじと見つめる。

「いらっしゃいま…」
「やあ。久々だね。」
「懐かしいだろ?」
「やだ…レオ……?」
「大人っぽくなったんじゃない?」

感極まり、持っていたグラスをがしゃんと落としてしまった彼女に苦笑いを浮かべて、レオとヒビキはカウンターに座る。

「や、やだもぉっ…ごめんね、そそっかしくて…」
「ははっそそっかしいのは相変わらずなんだ。」
「そ。毎日グラス割ってるんだよ。」

くくっとからかうように笑うヒビキを、頬を染めてじろっと睨む。

「もぉっ大袈裟に言わないでよヒビキ。」
「事実だろう?」
「……むぅ…。」
「仲がいいのも相変わらずなんだ?」

2人のやり取りが変わらず面白くて、レオは目を細めて懐かしそうに笑みを浮かべた。その言葉に反論するかのようにヒビキは溜息をつく。

「ま、クサレ縁だよ。」
「クサレ縁で悪かったわね?聞いてよレオ。ヒビキったらこの前も女の子のこと、もて遊んでたんだから。18又よ、18又!!後で苦情受けるのはあたしなんだからね。いい加減落ち着いた生活してよ。」
「そう言われても、女の子から寄って来るんだから仕方ないさ。レオもわかるだろ?」
「ああ…確かに女の子が寄って来るのはどうしようもないからね。」
「…もぉ。でも、本当に久々だねレオ。レオも大人びたよ。」

ヒビキとレオの会話に呆れたのか、はいはいと言ってメニューを二人に差し出した。レオはありがとうと言ってそれを受け取った。

「僕はいつものな。レオは?」
「最近飲んでない白にするよ。」
「了解。すぐ出すから少し待ってね。」

酒の準備にかかる少女の背を見つめながら、レオはぼんやりとルーシィがどうしてるか気になっていた。そんなレオに気付いたヒビキは、ルーシィのことを聞こうと口を開く。

「で?あの子は本命なんだろ?」
「…やっぱりそう見えるんだ?」
「レオのこと知ってるから、すぐわかるよ。趣味は変わったなとは思うけど。どちらかと言えば、綺麗で背が高くてモデル系とばっかり付き合ってただろう?だからああいう感じは意外だった。」
「あー…確かに。でも本当はルーシィみたいな子が好きなんだ。寄って来るのがモデル系ばっかりだっただけでさ。だからルーシィはかなりタイプ。可愛いだろ?」
「めちゃくちゃ可愛い子だね。性格も明るそうだし。何よりMそうでレオに似合ってる。」
「はははっ、そこ?まあそうなんだけど…。」

笑いながら答えるレオは確かにヒビキの言う通り、思い返して見れば自分のタイプとは少し違う女性と付き合って来たな、と懐かしむ。仕事以外にもカレンに呼ばれたときはヒビキと二人で街を歩いたり、こうして飲みに来ていた。必ず女性に声をかけられていたため、考えて見ればこうして二人で落ち着いて飲むなんてめったにないことだ。

「はい、お待たせ。」
「お。」
「ありがとう。」
「ゆっくりして行って?今日は貸し切りにするね。」

そう言って外の看板を下げに行く彼女の背を見つめ、二人は視線を合わせる。

「じゃあ、乾杯だ。」
「ああ、乾杯。」

小さく笑ってコツンと静かにグラスを合わせるレオとヒビキ。以前と変わらない口当たりに、レオは柔らかい笑みを浮かべた。

「うん、美味しい。」
「そうだな。いろいろ行くけど、結局ここに来ちゃうんだよ。」
「それは、ヒビキが彼女に逢いたいからだろ?」
「…気付いてたんだ…」

さり気なく呟かれたレオの言葉に、ヒビキは少し頬を染める。そんな彼が可笑しくてレオはくすくすと笑い出した。

「気付いてないはずないだろ?」
「……」
「…君も…カレンのことから前に少し進めてるのかなって、そう思って。」
「まあ…」

カラン、とグラスを揺らし、二口目を口にするヒビキの顔はどんどん赤く染まっていく。恋とは思うままならず、と云うのはこのことかと勉強させられる。18又掛ける労力があるなら本命にその労力を注げばいいのにとも思うレオはヒビキの肩をぽんと叩いた。

「あんまりのんびりしてると、あっという間にかっさらわれるよ?」
「…わかってるよ。僕のことより、レオはどうなんだ?」
「…何が?」

ヒビキの真意はわかる。

が、あえてわからないフリをして問い返した。

「わかってるだろ?僕の言いたいことは…。カレンのことさ。」
「…ああ。」
「あの子と居るレオを見てたら大丈夫かな、とは思うけど…大丈夫か?しっかり、しろよ。」
「…。」

―そうか。

レオは自嘲気味に少しだけ笑った。

―ヒビキには、わかるのか。

自分が、ルーシィと居る理由もカレンへの想いも、わかってしまうんだ―くいっと、ワインを飲み重たく口を開く。

「僕はカレンを忘れない。」

ああ、忘れられるわけが無いんだ。初めてだった。あんなに誰かを欲しいと思ったのも思うままにならずに毎日が苦しかったのも最後には裏切ってしまったことも。それはルーシィも分かっている。超えられるわけが無いと諦めているのは本当は僕じゃなくて―

「聞かれたことがあるんだ。カレンに今会えるとしたら、どうするか…。」
「それはまた、酷な質問だね。」
「…答えられなかった。」

レオは、答えをはぐらかした時のルーシィの瞳を思い出した。表情は明るかったが瞳は寂しそうだったのだ。きっと、彼女にとっては大切な問いだったのだろう。それでもレオのことを気遣い、その話題には触れない彼女に対して愛しいと思う反面罪悪感も感じていた。

「でも、それからずっと考えてて…わかったんだ。」
「?」

もう一度逢えたら―なんて、夢戯言でしかない。逢いたいと願っているわけではない。それでもレオの心はただ一つだけ。

「全部許し合えたら…それでいいって。」
「…そうか。」

ヒビキは、小さく笑みをこぼすレオを見て安堵した。彼は彼なりに、レオのことを心配していたが、今のレオは大丈夫だと思える。

「安心したよ。」

ぼそっと、レオには聴こえない声が口から漏れる。ヒビキが何か言った様な気がし、レオは問い返した。

「え?何か言った?」
「いや、何も。ほら、飲もうせっかく久しぶりに会ったんだからさ。もし怒られたら僕がルーシィちゃんに言うよ。」
「…ああ、宜しく頼むよ。でも、気をつけてよ、意外にルーシィは手が早いからね。」

そう、ルーシィのことを話すレオは今まで見た中で一番優しい表情だった。そんなレオを見てヒビキは少しだけ頬を染める。

(…ここまでレオを変えられたのは、ルーシィちゃんだからってことかな?)

旧友がこんな表情で誰かのことを話すなどまるで予想もしていなかった。昔から知っているだけに、妙に照れくさくなってしまう。

「まあいいか。お帰り、レオ。」
「…ああ、ただいま。」

もう一度、二人はガラスを合わせ笑い合う。一日は静かに夜を迎えようとしていて、空には薄らと光る月が姿を見せようとしていた。



―旧友が幸せならそれでいい。







二つのグラスと一つの月


prev - next

back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -