「お前って、やだ。」

突然ボソッと呟くグレイをきょとんとした顔で見つめる。

「…何が?」
「俺にないもんいっぱい持ってて、あっという間にかっさらってくから。」

グレイとロキ―。ロキが星霊だと知っているのはグレイだけ。ナツを犬猿の仲腐れ縁というなら、グレイにとってロキは親友と呼ぶに値した。もうすぐロキは消えてしまうのだろう、それは前から知っている。だが、現実感がない。久々のオフに釣りに来てみてもやっぱりロキはロキで確かにここにいるのだ。

「かっさらってなんか。」
「かっさらったさ、ルーシィの心を。」

その前は酒屋のねーちゃん、その前はカフェの女の子、その前はアクセサリー屋の女の子、その前は―。

「僕はグレイが好きだった子を好きだったことはないんだけど。」
「でもミラのことは好きだったろ?」
「好きじゃないよ。」
「じゃあルーシィのことは?」
「―……。」

ルーシィのことを聞かれて、ロキは言葉に詰まる。その反応を見てグレイはほらな、と溜息をついた。

「好きなんじゃねーか。」
「………。」
「俺に遠慮してんのか。」
「僕がそんなことすると思う?」
「うーん、思わねえな。」
「だろ?」

あははと、誤魔化すようにへにょへにょと笑うロキは笑顔という仮面をつけている。それは確かにグレイの前でも変わらない。 変わらないが他者と違うのは、グレイはロキの本音を引き出せること。

「…ルーシィじゃ、駄目だったのかよ。」
「―駄目じゃないよ。」
「あんなにいい女、他にいねえぞ。」
「……うん、そうだね。」

じゃあルーシィの何が駄目なんだどこが気に食わなかったんだなんで振ったりなんかしたんだよあんなに真っ直ぐなのに、とかなんとか言ってやりたいことはいっぱいあったがそれが口から出てくる前にロキがポツリと呟いた。

「…純粋過ぎるよルーシィは。」

どこか遠くを見つめるロキの表情は淋しげで、何か大事なものをなくしたような、心を通わせていないような印象を与えた。グレイがロキ、と声を掛けようとするとあ、とロキがグレイの竿に視線を向ける。

「グレイひいてる!」
「おお!!……おもてー!!!」

グレイの竿は意外に重く、これは大物がかかったなと内心にやにや笑う。だがそれよりも気掛かりでならないのは。

―なあロキ、お前このまま―




「二人で四尾か。」
「短時間の割に釣ったな。」
「グレイそれ捌いてよ。」
「お前の方ができんだろ?」
「そうやっていつも僕に押しつけるんだから。」

そう言いながらも包丁で次々に釣れた魚を捌いていくロキは手慣れたもので。一家に一人ロキが居たら世の中の主婦は楽だろうなとぼんやり思った。

「お前、このまま消えてく気かよ。」
「―グレイ、できたよ。」
「…俺はルーシィと居る時のお前の顔は良かったなって思う。」
「―……」

ああ、そうだ。なんで俺がこいつの為にルーシィを諦めようとしたかわかった。ロキにはルーシィが必要だと思ったから。ルーシィを好きなだけの俺とは違う、ロキにはルーシィが居なくちゃ駄目だった、それくらいロキは脆い。だから俺は、ロキを好きなルーシィを好きでいようと決めて、だけどこいつは。

「昔さ、ルルと付き合ってたじゃん僕。」
「ん?ああ。そうだな。」
「女の子ってめんどくさいよね。愛を物にしてっていうからお気に入りの指輪をあげたのに愛を形じゃないものにしてとか言いだすし。」
「あー、あいつはまた違うんじゃね?面倒な性格だからよ。」
「まあね。僕が言いたいのは、女の子はいつも愛情を求めるってことだよ。」

ぐいっとビールを飲むと再びロキは話を続けた。

「いつも傍に居てほしい、いつも好きって言って欲しい。僕等男とは少し違う。だから面倒なんだ。まあ、できることならそうしてあげたいとは思うけどほら、僕には時間がない。」
「…わかんねえじゃん。」
「わかるさ。自分のことだ。…だから、ルーシィとは一緒に居られない。」

純粋なルーシィ、ひた向きに自分を愛してくれるルーシィ。だからこそ、やがて消えてしまうこんな自分じゃ、人を殺したこんな自分じゃ彼女には釣り合わない。彼女には彼女に相応しい男がいるだろう。

「それでも…ルーシィと居るときのお前が一番いいよ。」

ビール三本あけたグレイが静かにそう呟いた。ロキは困ったような笑顔を浮かべて、酒買いにいこうかと、家の鍵を持って立ち上がる。夜は深い、星がきらきらと空に浮かび暗闇を照らす。コンビニで買い物を済ませた二人は川辺梨を歩いていた。たあいのない、昔話や仕事の話などしていると、川辺梨から通ずる小道を前にロキがピタリと足を止める。

「そうだ、いい場所教えてあげようかグレイ。」
「ああん?」
「本当は女の子と来るのが鉄則なんだけどね。」
「あ、おい、待てよ。」

あははと笑いながら、細身じゃないと通れないような道を中に入っていくロキを追いかけ、暫く歩くと、小さな湖と動く光が見えてきた。

「わ…」
「綺麗だろ?僕のお気に入り。」

開けた空間にはたくさんの蛍が柔らかい光を発しながら暗闇を照らしていて、グレイは初めて見る蛍に感極まる。

「すげーなここ!!!さっすがロキだよ!!」
「連れてきたのは君が初めてだよ。」
「へ?」
「僕が一人になりたいときによく来る場所だから―。」

蛍が居なくても十分綺麗で幻想的なんだよ、ここはとロキは笑う。指差す方角には湖があり、よく見ると色とりどりに光っている。

「水晶で出来た木なんだ。だからいろんな色に光る。」
「すげー…」

感動するグレイだが、さっきロキが言った言葉を思い出した。

「なんで女じゃなくて俺なんだよ。」
「…んー…」

しゃがんで、蛍を手のひらに包むロキは柔らかい笑みを浮かべている。

「…僕が消えたら、ルーシィをここに連れてきてあげて欲しくて。」
「ロキ。」
「可愛かったな、ルーシィ。壊しちゃったからもう戻れないけど。」

あはは、と笑うロキになんだよそれ、と戸惑ったように笑うグレイ。はかなげな、今にも消えてしまいそうな獅子に手を伸ばすが一瞬、その手はロキを通りぬけた。寂しそうに笑うロキにグレイは目を見開く。

「はは、ロキ。」
「ん?」

立ち上がってグレイを見つめるロキの隣には女性が二人と男性が一人。きっと、女性はカレンとアリエス、男性は昔のレオ―。ロキにまとわりついて離れないその影に、グレイは言いようのない恐怖と彼が背負っているものの重みに涙があふれてきた。

ロキ、お前なんでそんなに重たいもの背負ってんだよ。
お前の隣のそいつらなんだよ。
連れてく気なのか、そいつら、お前を。
なあ、なんでお前なんだよ。なんで―

「グレイ―…。」

崩れ落ちて泣くグレイを、ロキはぼんやりと見つめる。きっと考えてることは同じなんだろうと、思いながら。



―誰がこいつを助けてやるんだ。
無理だろ。


でもそれでもルーシィ、頼むから―。

(俺と君だけは味方だと―。)

消えていくことが彼のシアワセなのだろうか。



風声に聞く或るシアワセ


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