「カレンのお墓に?」

髪を乾かしていたルーシィは手を止めてベッドに腰掛けている獅子をじっと見つめた。
そういえば明日はカレンの命日―。
金髪の少女は俯いている星霊の隣に座った。

「ずっと逃げてたんだ、僕…。だけど…今回共闘して…彼に…ヒビキに再会したから。」

あ―。

ルーシィは目を見開いた。ヒビキ…そういえば彼はカレン・リリカの恋人と言っていた。

事実上は直接的では無いにしろ、間接的にカレンを殺めたレオ。必然的に、ヒビキから大切な人を奪ったことになる。
ヒビキの様子から、レオに対しての憤りは感じられなかったが、奪った側のレオがヒビキやカレンに対して悔恨を感じていることをルーシィは知っていた。知っているからこそ、未だ過去の呪縛から解放されないレオにしてあげられることが無い自分の不甲斐なさにどうしようもなく瞼の上が熱くなる。

「僕は人を殺したんだ…彼の…大切な人をこの手で奪った…」
「レオ…それは…っ…」
「うん…わかってるよ。大丈夫…ただ…僕、カレンの命日に花あげたこと…無かったからさ。」

ヒビキのおかげで決心がついたんだ。

ルーシィはレオの手に自分の手を重ねる。儚げな彼を、掴まえていないとこのまま居なくなってしまいそうな気がしたから―。

「ヒビキにも謝りたいって思ったんだけど…それって僕のエゴだから…だから、それはやめようと思って。」
「…。」
「大丈夫だよ。」

にこっと笑う獅子の星霊を、ルーシィは思わず抱き締めた。ふわり、とシャンプーの香りがレオの鼻腔に届き、その心地よさに目を細める。

「あたしも、行くわ。」
「…ルーシィ。」
「…あんた、帰ってこなかったら困るもん。だから行くわ。」

信用ないなぁ、と苦笑いしているレオに、当たり前でしょとルーシィも微笑むが、不安な気持ちを拭いきれなかった。大丈夫とは言うが、カレンのことになると無意識に眉間に皺を寄せているレオを放っておくことはできない。

「うん、わかった。一緒に行こう。」

ルーシィの自分に対しての気遣いや優しさが素直に嬉しく感じ、気持ちに応えるようにレオは彼女を優しく抱き返す。こうして抱き合っていると、カレンへの罪悪感が解かれていくような気がしてならなかった。





「ねぇレオ。」
「ん?」

さらさらとした柔らかい金色の髪を指に絡めながら、小さな声で自分の名を呼ぶルーシィに相槌を打つと、彼女はすっとその手を取り繋いで頬にあてた。

「あたし、レオに逢えて幸せよ。」

こうしていられることが、すごく。

「ルーシィ…」
「だから、明日は笑って…カレンの…おは、か…に…」
「…。」

少し激しくしすぎたかもしれない―。

最後まで言わずに、ルーシィは程なく眠りについてしまった。そんな彼女を見てレオは先ほどまで激しく彼女を攻め立てていたことを少し反省する。彼女の言いたいことはわかる。だからこそ、明日で全て終わりにしたい、そう思ってはいる。

「今の僕をもしカレンが見たら…どんな顔をするのかな。」

レオは小さく呟き、自分の腕の中で幸せそうな顔で眠る少女を宝物を閉じ込めるかのように、優しく抱きしめて自身も夢の中へと落ちていった。



翌日、レオとルーシィは花を持ってカレンの墓にやって来た。そこは以前2人で来た時と変わらない、水の音が静かに響く場所。この、何も無い地でカレンはもう3年眠っているのだ。

「カレン…ごめんね、ずっと…ちゃんと来なくて。」

レオは花束を置き、片膝をついてカレンの墓石を見つめた。ルーシィは後ろからレオの背中を不安気に見つめると、明るく笑顔を作り彼に声を掛ける。

「あたし、他に何か添えられる花がないか見てくるわ。」
「ルーシィ…?」

突然この場を離れるルーシィの後ろ姿を引き止めようと、立ち上がり手を伸ばすがその手は下げられる。彼女なりの気遣いなのだと、気が付いたから。
レオは暫くルーシィが歩いて行った方を見つめていたが、やがてまたカレンの墓に視線を移すと瞳を閉じた。

(僕はカレンを殺した…)

彼女はまだ、自分を恨んでいるだろうか。

誰よりも大切に思っていた。恋という感情ではなく、もっと深い感情。
思い返してみれば、それはレオが妖精の尻尾で【ロキ】として存在していた時に、家族とはこういうものなんだ、と感じた時の心情によく似ていた。自分にとって、カレンは今までのどんな契約者よりも家族に近いものだったのだろう。
そんな彼女を自分の手で死に追いやってしまった。
レオの頬に一筋涙が伝った時。

「レオ…?」

ルーシィではない、居るはずのない人間の声に、レオは名を呼ばれゆっくりと振り向いた。そこにはカレンの恋人であった旧友―ヒビキの姿。昔と変わらない、先日の共闘で少しの間彼を見た時とも変わらない彼独特の雰囲気。

柔らかな風が掛けると、先に切り出したのはヒビキだった。

「来てたんだね、レオ。」
「…あ、うん…。」
「来る決心がついた、ってことかな?」

寂しそうに笑い、ヒビキはレオの肩をぽんっとたたいて花を置き両手を合わせる。ヒビキの祈るような表情に、彼の大切な人を奪ったのは自分なのだと胸がいたたまれた。

「ほら、レオも。」
「え?」
「もっと近くに来なよ、その方がカレンも喜ぶだろう?」

ぐいっとレオの腕を掴み、ヒビキは自分の隣に並ばせた。隣に立つ彼を見ると笑顔を浮かべている。

「はじめてだよな?命日に来たのは。」
「うん…。」
「やっぱり。」
「ははは……大丈夫って、思えるようになるまではって…決めてたから。」

呆れて溜息をつくヒビキに、レオは困ったような顔をする。そんな彼を見て、ヒビキはますます呆れ顔になり、肩をがっと組んだ。

「ヒビキ。」
「わかってるよ、レオ。3年…苦しんでたこと。でももういいだろう?君はカレンを守ってくれたんだから。」
「守っ、た…?」
「…ああ。カレンが人の道から逸れるのを君は止めようと、守ろうとしてくれた。だからもう、いいんだよ。」
「違う…僕は…!!」

肩にかけられたヒビキの手を振り払い、レオは苦しげに声を上げる。振り払われた手を下ろし、ヒビキは戸惑ったような表情を浮かべた。

「僕は…守れなかった。カレンも…アリエス、も。結局…どっちも守れなかったんだ…。」
「レオ…。」
「守れなかったからこうなって…でも、それでも…いつまでも過去に縛られているのは、そんなの違うって思ったから…だから今日、ここに来て…。」

眉間に皺を寄せながら苦しそうに声を絞り出すレオを、ヒビキはじっと見つめた。

可哀相なレオ。きっと、彼が一番、誰よりも傷ついただろう。それでも、大切な彼女を守りたくて傷ついて。だけど結局守れなくてまた傷ついて。そうして最後には、信じていた契約者を失って自分を責め続けたレオ。

どうして、彼だけが―。
もっと早くに止めるべきだったのにそれをしなかった。自分は全てをレオに押し付けてずっと逃げていた。カレンと向き合うことを、捨ててしまった。そんな自分にレオを責める資格も無いし責めようとも思わない。

それなのに―。

「僕はずるいんだ…。」
「ヒビキ…?」
「ずるいんだよ…。」

拳をぐっと握り、唇を噛み締める。ずるい、卑怯だ。それなのに、なぜカレンを守ってくれなかったのか、とレオに対して思っていた自分もかつては、確かにどこかに存在していた。ヒビキはそんな自分のことが許せなかった。

「だからそんなに自分のこと、責めないで。」

ヒビキはにこっとレオに向かって微笑む。

「ごめん、レオ。」
「そんな…謝るのは僕のほうで…」
「いや…いいんだ。ごめん。」
「…ヒビキ…。」

少しの沈黙が訪れた時。
鼻歌を歌いながら小さな花束を手に持った少女が金色の髪を揺らしながら笑顔で戻って来た。その歌に二人が振り返ると、少女は「レオ。」と嬉しそうに声を掛ける。その声に応えてレオは笑うが、ヒビキはその笑顔を見て安心した反面、少し寂しい気持ちになった。隣に居る獅子が見せる笑顔は本当に優しい、柔らかい笑顔。だが、彼が昔のように屈託無く笑うことはもう無いのだ。
そう想うと、あんな事が無ければ彼はもっと自由に笑えたのではないかと悔やんでならなかった。ヒビキの心情にレオが気がつくことは無く、花束を受け取って彼女の名を呼ぶ。

「ルーシィ。」
「結構遠くまで行ってたら時間かかっちゃった。これくらいしか見つけられなかったけど…これだけあったらカレンも寂しくないわよね。」
「ありがとう。カレン、きっと喜ぶよ。」

にこっと笑い頭を撫でるレオにルーシィは頬を紅く染めた。そして隣に居るヒビキに視線をうつし、久しぶりね、と微笑む。

「ヒビキも来てたのね。」
「久しぶりだねルーシィ。君も来てくれたのか。」
「ええ…。一応…カレンはレオの前の契約者だし。」
「はは、それは表向きで本当はレオと離れたくなかった、のほうが正しいかな?」

顔を覗き込みにやっと笑うヒビキから隠れるようにして、違うわよと叫ぶルーシィはレオの背中にぱっと隠れた。言葉とは裏腹に真っ赤になっている顔から図星だと読み取れそのわかりやすさにヒビキは喉を鳴らした。

「ヒビキ、あんまり苛めないでよ。」
「ごめんごめん、あんまりにも可愛いからつい。」
「…あ、あんた達ってやっぱ似てるわ///」

ルーシィはジロリと二人を睨みつけて、外方を向く。

「お姫様の機嫌を損ねちゃったみたいだし?僕はもう帰るとするよ。」
「え?」
「ゆっくりして行ってくれ。そのほうがカレン、嬉しいと思うからさ。」
「ヒビキ。」

彼女が隣に居るのなら、もうきっと大丈夫だ。

引きとめようとするレオの声には応えずにヒビキはくすっと笑って振り返らずに手を振った。その背中を見送りながらレオは「ありがとう。」と小さく呟き、墓標のほうへと目を向けた。

「…ヒビキと、話せた?」
「うん。…大丈夫だよ、もう。」

心配そうに尋ねてくるルーシィににっこりと微笑んで、レオは彼女が摘んできてくれた花達を墓石の周りに添える。

「僕達も帰ろう。」
「え?もういいの?」
「うん。もう済んだから。」
「そ、っか。」
「ありがとう、ルーシィ。一緒に来てくれて。」

にこっと笑うレオにはにかみながら頷くルーシィ。立ち去ろうとしたとき、一瞬だがカレンの姿が見えた気がしてレオは思わず振り返った。

「レオ?」

不思議そうに自分を見上げるルーシィの頬に触れ、なんでもないよと笑ってみせてそのまま手を取り、指を絡めて歩き出す。

今度こそは大切な人を守り抜けるように強く在りたい―。



(それが僕の心の在り処。)




心強く在るために


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