繋がり、繋げる


ファンたちの想いを見失わないこと。心配してくれる人達に届けるつもりでやること。あんなことがあった後だけど鳴を魅せてくれる人達に感謝を忘れないこと。大切なことを見つめられていれば何も怖くない。ただ、死ぬほど悔しいしなんなら殴ってやりたいけどね。


「そう陽菜が言うからさ!」
「だからって…!っ……もう!!」


こんなつもりじゃなかった!!とそんな格好でも地団駄踏んじゃう陽菜が陽菜らし過ぎてブハッ!と笑う俺にグッと固く結ぶ唇には薄いピンクのリップの色が乗っていてよく似合ってる。青を意識したいと事前に打ち合わせした通り、先方が用意してくれた青いネクタイをワイシャツの襟を上げて通す俺に溜息をつきながらも、やってあげる、と俺の前に立つ陽菜を呼ぶ。


「陽菜」
「うん?」
「超綺麗!!」
「!…もう!怒れなくなっちゃうじゃん…鳴の馬鹿」


俺のネクタイを完璧に締めてくたりと笑う陽菜にニッと笑い返し額をコツンと合わせると見つめた目がゆっくり閉じていつもより濃く目に塗られたマスカラやアイシャドウが飾る陽菜をやっぱり綺麗だなぁと思う。
ウエストを絞るドレスを着る細い腰を抱き寄せて陽菜の頬に口づける。本当は唇にしてェけど、これから撮影だしちゃんと我慢!

ぴくりと身体を揺らした陽菜は少し頬を赤くしてからふわりと微笑む。うわ…マジで綺麗。


「よっし!記念撮影!」
「え!?先方に確認取ってる?SNSに載せるとか、」
「SNS云々の確認は後でジャンにやらせる。ハイ!say cheese!!」


スマホを内カメラにして俺たちに向ける。白いスーツを着る俺と青いビロードのロングドレスを着る陽菜が格好のわりには子供みたいに無邪気に笑っていて、写真を2人で確認してどちらからともなく噴き出し笑った。

俺の専属をしていた陽菜がまだ広報部だった頃、あれは俺と陽菜が組んでまだ1年目だったかな?陽菜が俺に持ち掛けてきた雑誌のインタビューと写真撮影の仕事から繋がった編集者からの連絡で今日この場が出来上がった。
世界的にも有名なファッション誌の数ページを使って俺を特集したい。今やMLBで誰よりも有名で仲が良い夫婦である俺を取り上げたコンセプトは"互いを高め合える愛"だって。難しいことは分かんねェけど3年前、必ず成宮くんのためになる、と言い切って渋る俺と喧嘩してまで説得して雑誌に、当時はアンディーと特集された俺へ改めて持ちかけられた企画はまさに陽菜の言った通り最高の形で俺のために繋がった。


「さっすが俺の陽菜!」
「え、なにが?」
「んーん。こっちの話し」
「そう?」


不思議そうに首を傾ける陽菜はそれでも嬉しそうに笑ってから俺の白いスーツの襟を直しながら、似合う、と目を細めうっとりしたように言うから抱き締めたくなるんだけど。


「んー…やっぱりチーフは青じゃなくて赤色がいいかな…?球団カラーが少しは欲しいよね。ファンはそういうのに敏感だからきっと拾ってもらえるしあえて言葉にしない方が鳴の中に当たり前に在るって思ってもらえたり…」


なんか仕事モードで唇に指を当てて考え出すから伸ばした腕が行き場なく宙に留まる。……オイコラ、クソガキ。今笑っただろ見えてんだよ視界の端で。
スタジオの隅に用意されたテーブルの前に並べられた椅子に座り声が掛かるのを待っている俺たちの側に雑誌担当者と話して戻ってきたジャンが視界に入るか入らないか微妙な位置に立ってんのがまたムカつく。絶妙に邪魔されてる気になる。まぁそんなの構ってやる気はさらさらねェけど。

陽菜が唇に当てる指を掴み、落ちちゃうよ、と俺の唇に当てる。そっか、とポカンとする陽菜は当然今まで撮られる側じゃなかったわけで、どうしてこうして俺と衣装を着て控えているかはすべて俺のしてやったり。


「それにしても…すっごい既視感だね」


そう呆れたように陽菜が言う通り、3年前も同じだった。あの時は有名女性モデルとの絡みのはずだったけど全力拒否した俺に相手役は任せると言われたから陽菜を指名したまで。そりゃ好きでもない女より、あの頃から気になってた陽菜を相手にした方が恋人を前にした表情をしてほしいという要望にも応えられるし。ま、陽菜は猛抗議の末しぶしぶ引き受けてくれて手を引き寄せる俺を前にめちゃくちゃ不満そうだったけどね。
あの時と今回も同じだと編集者に取材を受ける条件として陽菜も一緒にと意見を通した俺を前に懐かしそうに振り返りながらそれでも既視感に受け入れ難そうにする陽菜。諦めなよ、もう。


「髪、これなんていうんだっけ?」
「編み込み?」
「あーそうそうそれ。可愛い」


まだ1つに結うのでさえ難しい長さの陽菜の髪の毛。耳の上から後ろに掛けてどうやったらこんな風に纏まるんだか俺には分からない纏め方がされてる陽菜の髪の毛。左側にだけ大きな青い花飾りがついていて、それに触れながら目を細めると陽菜は真っ赤になって俯いた。え、なにその反応可愛い。首元が大きく開いたドレスはすげェ色っぽいのに対象的な初々しく子供っぽい反応されちゃうと疼く。色んな感情が。

綺麗な鎖骨の上を滑る俺の贈ったネックレスのチェーンを指で掬い上げてハッとして顔を上げる陽菜の唇に今度こそキスをする。


「!っ…め、鳴!!」
「いいじゃん。ここには夫婦ってことで来てるんだから」
「そういう問題じゃ…っ、もう…リップついちゃってる」
「いいよ。舐めるし」
「ちょ…!」
「ブハッ!!はははっ!!真っ赤じゃん!!」
「誰のせい!?」
「んー?俺!」
「っ……なんで嬉しそうに言うの」
「嬉しいに決まってる」
「!」


怒ってる怒ってる!ぷくくっ、と笑いが止まらない俺を前にグッと言葉を飲み込んで真っ赤な顔でキッと睨んでくる目に涙が浮かんじゃって怖くなんてない。むしろ可愛すぎて顔が緩みっぱなしの俺に悔しげに唇を尖らせた陽菜はどんなことにだって負けず嫌いすぎ。つい色んな顔が見たくなっちゃうんだよね。いつも真っ直ぐ反応を返してくれるのが嬉しいし、可愛いし。
あーでもさすがにやり過ぎたかも。
キスした時についたリップを舐めてどことなく甘い味を感じながら謝ろうとしたけど。

スッと俺に陽菜の手が伸びて、思いがけなくて見開いた目で俺たちの結婚指輪がその手にあるのを確認出来るぐらいにスローモーションに捉える。
俺の前髪を掻き上げてセットした髪の毛に指を通して息が止まる俺に陽菜がふわりと笑う。そして心臓が跳ねてカッと全身が熱くなる俺なんてお構いなしに紡いでくる。


「鳴、最高に格好良い」
「は……」
「大好き」
「!」


そして触れて合わさった唇。離れてすぐに俺の唇についたリップを指で拭った陽菜を前に見つめたまま固まること数秒。


「………」
「っ……無理!」
「俺も無理…!」


見合わせた顔が真っ赤になったのはどっちが先なんて分からないぐらいほぼ同時に、むしろお互いがお互いの赤さを見てますます恥ずかしくなってどちらからともなくテーブルに突っ伏す俺たちに、チッ!とデカい舌打ちしたのジャンだろテメェ!!

あーもー…!!本当、俺たちなにやってんの?
良い大人だしキスなんて毎日のようにするし、想いを伝える甘い言葉なんて山程言うのに。子供みてェに真っ赤になって言葉も出てこず固まっちゃってさ。
そろりと突っ伏した顔を上げれば陽菜も同じようにそっと俺を見つめていて真っ赤な顔でふにゃっと笑うからやっぱりクハッ!と噴き出して笑わずにはいられない。


「はははっ!俺たちなんなの!?笑うしかないじゃんこんなの!」
「プハッ!あはは!!ねー!もう、おかしい!」


大爆笑な俺たちのそれまでの様子をずっと密かに撮影していたカメラマンに気付かず、じゃあそろそろ撮影かな、と準備しようとした俺たちに、もう終わりました、と告げられた時はまた笑うしかなかった。
ただ1つ、前の撮影の時と同じように陽菜の手を取って陽菜に笑いかける写真だけは別に撮影。前と違うのは陽菜の手にも俺の手にも結婚指輪があるということ。この指輪は俺たちだけの、2人だから在る指輪だと誰の目にも明らかにする写真だ。


「あーぁ。砂吐きそうですよ俺」
「へぇ。じゃあ本当に吐いてみろよ見ててやるから」
「怖っ!!陽菜さん!!成宮さんが怖すぎなんですけど!!」
「私も人間が砂吐くところは見たことがないなぁ」
「えぇ!?」
「あはは!ジャンの顔!!」


楽しそうじゃん、陽菜。
全部が終わってタクシーの中で助手席から振り返るジャンの顔を見て指差しケラケラ笑う陽菜を隣に、ふう、と静かに息をついて落とした目線の先には俺の左手。少し前まで俺の薬指にはまっていた指輪はもうネックレスチェーンに通して今は首に下がってる。サウスポーピッチャーの俺の左手に少しでも慣れない違和感が残らないようにと陽菜が自分で外して俺の首に戻した。少しでも寂しそうな顔をするかなとも思ったけど、俺の首の後ろに手を回してネックレスを留める陽菜が幸せそうに笑うから俺も指輪のない手を見つめても顔が緩む。
こっちに来た頃には考えられないぐらいの幸せが胸を満たして、タクシーの窓の外を眺めながら力が抜ける瞼が下りた。

リンは、俺と似てるかも。と、言っても陽菜と出逢う前の俺と、って話しだけど。求められるけど自分が求めようとしないからいつまでも満たされないあの感じ。だからどんな手段でも自分を相手に刻もうとする。俺は幸い野球があったし、自分を示すものは野球であったけどリンがどうなのかは分かんねェ。まぁだからと言って理解を示したいわけじゃなくて、俺もそういう風に傷つけなくていいことで色んな人を傷つけてきたかもしんないと思うとやりきれなくもあるけど。


「鳴。…鳴?」
「……あ、やば。寝てた?俺」
「ほんの5分ぐらい。首とか平気?」
「ん。平気」
「鳴」
「んー?」
「今日、すっごく楽しかったね!」
「!……うん。だね」


俺には今までのことも含めて全部俺なんだって愛してくれるこの子がいるから自分を否定したりするようなことはしないよ。
まだ少しぼんやりしながら陽菜に手を伸ばして頬に手を当てると嬉しそうに目を細めた陽菜が俺の手に擦り寄るようにして傾けた顔に顔を寄せてキスをする。


「ゴホンッ!ん"ん"っ!」
「なんだまだいたのかよお前」
「いますよ俺は成宮さんの担当なんで!!」


助手席からそう言ってギャンギャンと怒るジャンが言う初めて自分から主張された俺の担当だという言葉に目を丸くしていれば陽菜が目を細めてジャンの座る席を見据えてホッと息をついた。陽菜の膝の上には今回の記念にと貰った青い花の髪飾りが乗っていた。



繋がり、繋げる
「成宮さーん!」
「あ?なんだよ謹慎中」
「俺はジャンです!」
「知ってる。で?なに?」
「この前の雑誌のサンプル届きましたよ」
「お、マジ?…へぇ、いいじゃん」
「ですよねぇ…」
「オイコラ、クソガキ」
「は?なんですか?」
「サンプル、全部出せ」
「嫌ですよ。俺だって貰います」
「はあ!?ふざけんな!!陽菜の写真をお前にやるわけねェだろ!!」
「俺は成宮さんの担当なんで!!このぐらいの権利はありますよじゃないと見合わない!!」
「はあ!?何に!?」
「苦労に」
「テメェ…クビー!!お前なんかクビ!!」

2021/04/22




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