沈み込む手を君が引く


今日からはしばらく移動続きになる。しかも同じ国内だっていうのに時差もあるって、こっち広すぎ、と3年目にも思う。そりゃこのだだっ広い国で30の球団がリーグを形成すれば移動がプレイに影響させないことが重要課題の1つになるし、1年かけた試合スケジュールが過密にもなるよね。

そんな移動日からそのまま球場入りしてナイトゲームになる今日。先発を予定する俺がグラウンドでストレッチから始めていれば、よう、と上から掛けられた声に、やっぱね、と見上げた。


「絶対声掛けてくると思った。一也」


久し振りー!あれ以来、奥さんと仲良くしてる?
そう続けながらヒラヒラと手を振ると眉根を寄せ何かを言いたげにしながらもまずは溜息をついた。
今日から一也のチームとの連戦。投げ負けるつもりはねェけど、得点力がリーグの中でも高い連中ばっかだから気を引き締めていかねェと。


「見たぜ、雑誌とSNS」
「へぇ。ご購入ありがと」
「バッカ俺じゃねェよ。莉子が読んでて気付いたんだよ。大騒ぎだったぜ」


英語の勉強がてらに読んでる、と続ける一也。あーなるほどね。

一也が見たっていうのは間違いなく先日撮影のあった雑誌と、その時に陽菜と撮った写真を載せた俺と球団のSNSのこと。じとりと俺を見て目を細める一也の訝しげな目線は言われずとも、説明しろ、と語ってる。なんなのマジでお兄ちゃんじゃん、陽菜の。
肩を竦め身体を倒しながら仕方がなく口を開く。納得いくまでここを動かないって圧がすごっ。


「球団の内情をペラペラ喋るわけにはいかねェから簡単に言うと、嵌められた」
「お前の指輪も?」
「あ、そっちにもかかるか」
「上手いこと言ったわけじゃねェのか。で?」
「雑誌とSNS見たならこれ以上言うことねェじゃん」


ニッと笑う俺に片眉釣り上げてから、はぁ、と溜息をつく一也が、お前ら少しは穏やかに過ごせよ…、とうんざりしたように零した。

同じ土俵には立たないと宣言した通り、別の視点で俺を嵌めたリンと他球団に対してではなく心配してくれたファン達に向けて発信した雑誌とSNSは思った以上の反響があった。中には3年目にも同じシチュエーションで撮影された写真に気付いてくれたファンたちが丁寧に2つの写真を比較、検証してくれて3年目の写真も相手は陽菜だったのだという追加情報を出版社が出したことでまたいっそう大きな話題になった。球団や俺のSNSにもコメントが寄せられて、その多くが今回のことリンの投稿に対する対処への称賛。俺たちの仕返しは大成功だったってわけ。


「莉子が陽菜を食事に誘うって言ってたぜ」


ふうん、と返す俺に、それにしても、と一也が続ける。俺は今度は腕を伸ばす。手伝うか?と言われたけど、いらね、と舌を出す。これから戦う奴の手なんて借りねェよ。


「あの写真、もしかしてオフショットか?」
「やっぱ分かるもん?」
「そりゃ普段の雑誌とかで撮られるお前とは全然違うからな」
「まあねー。知らずに撮られてた」
「すげェな、それ…」
「あぁ、一也撮影とか苦手だもんなー?助言が欲しい時は助言してやらねェこともねェよ!」
「はっはっは!遠慮しとくわ」


ヘラッと笑った一也にイラッとするもすぐに真剣な顔で俺を見据えるから俺も目を細める。


「……大丈夫なんだな?」
「!…大丈夫。陽菜は汚いものより綺麗なものをちゃんと見れる子じゃん」


だからと言って傷付かなかったわけじゃないけどさ。
そう続けた俺の低い声に眉根を寄せた一也。お兄ちゃんじゃん、とぷぷぷっと笑いながら口にすれば、誰がだ誰が、とクハッ!と笑う一也は満足いったようで、じゃあな、とひらりと手を振り自軍の方へ戻っていった。


「あれ、話題のルーキーじゃねェか」
「んー?話題?そう?」


俺の時よりも?とニッと笑い顔を上げる先で、さてな、とにやりと笑うのはロイで、手伝ってやる、と俺が寝転び脚のストレッチをしだしたところで脚を押しながら話を続ける。
MLBじゃ日本でどんな成績を残してきてもルーキー。洗礼のような、通過儀礼のような、久し振りに聞く正しく分かりやすい実力がすべてのこの世界。フッと口元が笑っちゃって、あ?と怪訝そうな首を横に振りロイに、ありがと、と手伝ってもらった礼に俺も前屈を手伝ってやる。


「一也でしょ?子供の時からずっと知ってるよ」
「へー!そりゃすげェな」
「ちなみに陽菜とは同じ高校だった。しかも野球部のキャプテンとマネージャー」
「で、今MLBで成宮の妻として会うとか…大丈夫なのか?」
「へ?何が?」
「アイツ、なかなかのイケメンじゃねェか」
「あぁ、そういう。ロイさ、陽菜が不倫出来るほど器用だと思う?」
「思わねェな」


だからからかっただけだ、とにやりと笑って振り返るロイに、コノヤロ!と背中を強めに押す。固くない?もっと身体柔らかくしねェと怪我するよ。


「陽菜を見てりゃそんな隙もねェのも分かるしな」


ロイの当たり前のように言う声に俺たちがどう見えてるのかが示されたような気がしてニッと笑った。
まぁ実際、一也と陽菜の関係は端から見たら近過ぎるところある。普通、あんな感じにはならないでしょ。男女の友情なんて成立しないと思ってた俺からすると初めて見るタイプの2人。高校の時から関わりがあるなんて知らなければ尚更その関係を勘繰る人は多分たくさんいる。青道の頃もいたんじゃねェかな。陽菜が陽菜だし、一也も一也だから噂に尾ひれ胸びれがつくほどにはならなかったんじゃないかと思うけど。

少し離れたところから、雑誌見たぞー!と一也のチームの選手に声を掛けられ、どうもー!と手を振り返し頭の中でカウントを終えてロイの押した背中から手を離す。


「リンのこと聞いたか?」
「……あっちを辞めたって話し?謹慎中のクソガキがわざわざ報告してきたよ」
「謹慎中の…あぁ、ジャンか。俺はアンディーから聞いた」
「アンディーは?」
「リンのチームの奴から聞いたと」
「ふうん」


そう聞かされても俺はどうにもしない。ロイもそれが分かってるからそれ以上の展開は求めず、相手の先発誰だろうな、とまるで別の話題を始めた。先発はあの選手だろう。足が速い奴がいるから牽制こまめに入れようか。バックは任せろ。いつの間にか俺とロイの周りにチームの連中が集まって作戦会議みたいになってその日は一切リンの話題は上らなかった。試合は惜しくも俺たちの負け。ただ先発した俺は失点を許さなかったし、守備も打撃も調子は良かったから明日絶対にリベンジ。

陽菜には、黙っとこ。
俺からわざわざ話すようなことでもねェし。ジャンにも口を滑らせたりすんなって釘刺しておかねェと。

そんな風に考えながら陽菜が待つホテルに帰ろうとしたんだけど、なんでこうなるかな。


「………」
「鳴」


うんざりしたような心地。スッと全身から体温が引いて、俺の名前をか細く呼んで見せたお前はそんな風にいつもしたたかだって、みんなが知ってる。だからチームを去ったとしても咎めも追求も惜しみも誰もしなかった。お前が歩いた道の後には何も残らず、それは俺たち選手にまんま与えた印象を示してる。


「よく俺の前に顔出せたじゃん。なに?厚塗りの化粧は厚顔無恥も隠せると思ってんの?リン」


ほら隠せてねェじゃん。キッと睨んでくるリンに薄く笑えばグッと気後れした様子のリンに一瞥を投げてその横を通り過ぎる球場裏の選手出入り口前。さっさとタクシーを捕まえて陽菜のところに帰ろう。

性懲りもなく、鳴!と俺を呼ぶ声にイラッとして振り返る。もう名前で呼ぶなぐらいは言ってやろう。


「陽菜にも謝りたい。2人で話しを…」
「いらねェ」
「え…」
「謝ったら、楽になんのはお前だけじゃん」
「!」
「陽菜は多分お前を許すとは言わないけど、心の中でお前を許さなかった自分を責めたりするような優しい子なんだよ。そうやってあの子の心にお前が住み着くのを俺は許さねェ。ましてや2人きりなんて無理に決まってんだろ。2度と陽菜に関わんな。本当に悪いと思ってるならそれしかない」
「なんであの子だけ!?」
「………」
「別に美人でもないしスタイルだって良くない!髪の毛も引っ詰めて1つに結ってるか下ろしてるだけ。だからあんな長い髪の毛、不必要だから私が…」
「!……は?私が、なんだよ?」
「っ……それは、」


目の前が真っ白になる。リンが口走った言葉の行き着く先が見つかったその瞬間、見開いた目で捉えるリンを前に呼吸が止まる。

キャンプ中に俺に駆け寄ってきた1人のファンの女の子。あまりの剣幕に側にいたカイルに止められたけど、ごめんなさい!と泣きながら謝ってくるから、いいよ、とカイルに言って話を聞いてみれば陽菜に水風船を投げつけてしまったと嗚咽の合間合間に言う。ペンキ入りだからきっと髪の毛は切らなければならない。とんでもないことをしてしまった。それでもあの人は鳴を応援してほしいと笑った。言葉が思考して理解する前に心の中にどぷりと沈んで周りがじくじくと毒みたいに侵されていく感覚はあの時が初めてだったけど、これが2回目だ。

ドクドクと血流が速くなって、心臓が同じリズムで跳ねる。目の奥にも強い鼓動を感じながらリンを見据えればリンはまずいとばかりに目を反らして俯いた。
あぁ…そうかよ。分かったよ。答えを聞かなくても分かった。お前が全部やったんだろ。何をどうしてファンの子がああなったかなんて詳しいことは聞きたくなんかない。お前がやったって事実以上のことなんか知りたくねェ。


「あれは…っ、ファンの子たちが鬱憤溜めてるみたいだったから私もどうにかした方がいいと思って…それで、ペンキって手もあるかもぐらいに言っただけよ?本当にやったのはあっちで、だから…」


……やばい。リンが何か喋ってるけど口が動いてることしか分かんない。声が遠い。自分じゃどうにも出来そうもない感情の渦巻きに気が遠くなりそうな中、きつく握り締めた手の平が自分の爪が当たって痛むのは分かる。
あ…なんだっけ。なんか思い出しそう……。頭のずっと奥で響く声に集中して手繰り寄せる。成宮くん、とまだ俺をそう呼んでた頃の陽菜の声を。



沈み込む手を君が引く
(そうしていつも俺を救ってくれる)

2021/04/23




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