ブランドの鞄が欲しい。財布がほしい。新しくオープンしたレストランに連れてって。有名人が泊まったスイートルームに泊まりたい。
自分を綺麗に着飾る装飾品を欲しがり、誰もが羨む経験というステータスを欲しがる子は今まで沢山いた。俺もプレゼントするのは嫌いじゃないしお金なんて使い道もそんななかったから可愛く強請られれば躊躇いなく買ってあげた。
喜ぶ顔は可愛いし、俺も綺麗な子を自分で飾るのは占有欲みたいなものが満たされたしウィンウィンだったんじゃない?あっちも俺を連れてて自慢になったみたいだし。
だから、欲しい物があるの、と陽菜が俺の腕の中で顔を上げて言った時、決まり台詞のように、いいよ買ってあげる、と笑い言った。陽菜が目を見開き少し切なそうにした理由は、分からなかったけど。


「え、ここ?」
「うん。多分あると思うんだけど」
「そう…なんだ?」


軽い足取りで楽しそうに歩く陽菜の背中を見つめ、あれ?と心の中で呟き首を傾げる。
ここ?ここって、俺来たことないかも。移籍が決まってこっちに来た時も部屋に日用品全般揃ってるし、遠征に行けばそっちにあるし。いわゆるディスカウントストアーなこの店の名前は知っててもわざわざ足を運んだことはない。

もう夕暮れ過ぎて入った店は家族連れが多く目に入る場所は俺が今まで付き合ってきた女の子たちと入った店とはあまりにも違う。キラキラしてなくて、着飾らなくて、気軽に歩けるここは自分を飾るものなんて全部無意味。ブランドも野球で得たタイトルも二つ名も名声も、ここでは意味を持たないから歩く足元が少し心許ないような気がする。


「……なんか、こういう場所久し振りかも」
「そうなの?」
「うん。野球ばっかだし、稲城入ってからは寮だったから家族でこういうとこ来る時間もなかったし」
「あぁ、そっか。私も野球ばっかだったなー青道の頃は」


もちろん部員のみんなには負けるけど、と陽菜が園芸品の置いてあるコーナーで足を止め俺を振り返り眉を下げ笑い言う。


「朝練から始まって午後練とその後の自主練のサポートでしょ。備品とかの補充とかボール磨きとか」
「朝練も出てたんだ?」
「うん。監督は出なくてもいいって言ってくれたけど、やるなら出来る限りちゃんとやりなさいって父さんが」
「へぇー。うちはマネ取ってなかったからなぁ」
「そういえばそうだね。どうして?」
「詳しくは分からないけど、トラブルも多いみたいだし」
「あぁ…ね」
「陽菜もあった?」
 

何気なく棚にあったものを手に取る。これ…なに?めっちゃ痛そう…。ゲッ、と顔に出せば陽菜が、ひょい、と俺の横から顔を出して、剣山!、だって。

俺の問いに、あったよ、と頷く陽菜とカートを押して通り過ぎる家族を端に寄ってやり過ごしていればショッピングカートの子供用座席に座る男の子が陽菜に向けて拙い動作で投げキッスするのがおかしくて2人で笑いながら手を振った。ませてんの!なんて言えば、成宮くんが小さくなったみたいって陽菜。自分の小さい頃なんて分かんないけど、天使ー!なんて言われた記憶はあるかな。まぁ姉ちゃんたちによくオモチャにされたけどさ。


「1番印象的だったのは、成宮くんの写真撮ってきて!だった」
「はあ?」


なんだそれ。自分で試合に来ればいいじゃん。
あまりにも自分勝手な物言いじゃん、そう続けて顔を歪めると陽菜は苦笑いして、本当にね、と商品棚を物色しながら頷く。


「日焼けが嫌なんだって。真っ黒になって部活してる私たちを前に何言ってんだろって私も思ったよ、しかも成宮くんって」
「で、陽菜はどうしたの?」
「撮れるわけないから断ったけど、役立たず!って言い捨てられた」
「こっわ!」
「ね。まぁ、そのくらい成宮くんが格好良く見えてたのかな」


都のプリンスだなんて呼ばれてたもんねー?もしくはシロアタマ、と目を細めニッと笑ったりする陽菜はきっと俺が知らない思い出を頭に描いてる。懐かしい、とその横顔にジリジリと胸の内が焦げるような感覚がする。
多分さ、ずっと陽菜にとって青道の野球部と過ごした記憶は綺麗で大切で何にも変えられないほど大きなものなんだろうね。

倉持が後年に残るだろうとニュースで言われてるヒーローインタビューでのプロポーズを成功させて彼女と結婚しようとも、陽菜の心のほんの一部分はきっと俺のものになったりしない。それが悔しくて、何がなんでも手に入れたくなる。
ケラケラと笑う陽菜は可愛いよ。大きく口を開けて子供っぽいけど。そんな陽菜を丸ごと愛する覚悟はあるけどさ、諦めるのとは別じゃん。


「陽菜!」
「わ!び…びっくりした…!なに?そんなに大きな声で」
「べっつに!欲しい物ってなに?なんでも買ってあげるよ!」
「!……なんでも?」
「そ!なーんでも!」


俺をジッと見つめて思案顔の陽菜に、そんなに考えなくったって大丈夫なのに、と鼻を鳴らし言ってあげる。
ここにあるものなら何だって買ってあげられるし!

だけど陽菜はニッと笑う俺に目を伏せて表情を曇らせる。あれ?思いもしない反応…。


「いいよ。成宮くんに買ってほしいから一緒に来てもらったわけじゃないから」
「!……え?いいの?」
「うん。私、買ってほしいって言った?」


…そういえば、言われてない。

ぽかん、としてしまう俺に眉を下げて笑いかける陽菜がくるりと背を向けて棚を見ながら移動する。


「私は成宮くんに何か買ってほしいからってつもりで、欲しい物があるのって言ったんじゃないよ」
「…そうかと思った」


まだ釈然としない俺がぽつりと言えば陽菜は切なそうに、そうかと思った、と俺の言葉をまんま繰り返す。は?


「私が欲しいんだから、私が買うのは当たり前でしょ」
「でもじゃあ、俺が一緒に来る意味ある?」
「なにそれ。本気?」
「へ?…まぁ、本気。今までみんなそうだった」
「"みんな"…ね」


…なんだよ。言いたいことがあるならちゃんと言えばいいじゃん。言葉を濁すばかりで表情を曇らせるばかりでさ、ちっとも分かんねェ。
目を細め棚から何かを手に取る陽菜の手からそれを奪い取る。ちょっと!とキッと俺を強く睨む目にずきりと胸が痛んだ。


「こんなん買ってどうすんの?」


大きな袋に入った薄い水色の…顆粒?なんだこれ。目を細め文字を目で追う前にパッと袋を陽菜が取り返してくるから目線はそのまま陽菜へ。きつく睨んでると思うのにちっとも気遅れた様子がないこの子の強さが俺は好きだけど、今それを想い伝える余裕がない。ズキズキと胸の内が痛い。その正体が分からねェから余裕が持てない。

なんだこれ。
なんでこんなイライラしてんの?俺。
女の買い物に付き合うのなんて慣れっこじゃん。いつものこと。なっが!と心の中で思ってても顔に出したりは多分してない。多分。

俺と陽菜の身長差じゃ手を伸ばせば簡単に手に持つもん奪える。また袋を奪えば、はあ!?、と眉間に皺を寄せる陽菜は手を俺に向かって差し出す。


「成宮くんには必要ないかもしれないけど、私にはあるの!返して!」
「いらないって!いるもんは全部家にあるじゃん!」
「ないよ!あそこには私が必要なものは何もないの!!」
「!……なに?まだ前の彼女たちのこと怒ってんの?案外可愛いね、陽菜」
「案外で悪かったですね。ただ残念。そんなことで怒ってないし、私が今本当にただ怒ってるように見えるならもうこれ以上何を話しても無駄だからこの話は終わり」
「勝手に終わりにすんなよ!バカ陽菜!!」
「帰る」
「はあ!?結局買わねェの!?意味分かんねェ!!」


本当ムカつく!!気が強すぎるし俺がああまで言ってんのに少しも怯まないとか可愛げなさすぎ!!

背中向けられてスタスタ歩き売り場を帰る陽菜にプルプル震えながら、ムカつく!と繰り返したところでまるで効果なし。手に持つ袋を床に叩き付けてやろうかと振り上げたけど店員のおばちゃんが騒ぎを聞きつけたのか俺をジッと見据えてたから寸でのとこで堪えた。偉い俺、マジで。実行してたら今頃床中にこの袋の中身散乱してる。

大体…なんなんだよ、これ。
はあぁ、と思いっきり溜息をつけば幾分か落ち着いてデカい声出しすぎて違和感のある喉を整えながらやっと袋の文字を読む。あんま読むのはまだ得意じゃねェけど!

えぇっと…シリ…カゲ…ル、かな。シリカゲル。あぁ、聞いたことある。乾燥剤でしょ、お菓子とかに入ってるやつ。陽菜、なんでこんなものこんな大きな袋で欲しがったんだか。
まだなんか書いてあるし。まったくさ、陽菜って俺の専属広報なんだかこうも簡単に離れられちゃ困るんだけど!!えっと…なに?あー!もう面倒!!


「すみません!!」
「はい?」
「これ!なんて意味?」


店員のおばちゃんに、はあ?って顔されても聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うじゃん?

怪訝そうにするおばちゃんに袋を差し出し読みあぐねた部分を指でなぞると、あぁ、と頷き教えてくれた。しょうがないなぁ、とばかりの哀れみの表情がイラッとする。


「これは園芸用って書いてあるんだよ」
「園芸?」
「そう。ドライフラワーを作るのに使うの」
「ふうん…」


ますます分かんない。
眉根を寄せればおばちゃんは俺の肩にポンと手を置いて、早く謝んなさい、って1語1句丁寧に言った。あぁ、ハイハイ!俺が誰かも知らないし英語も満足にできないって思われてるわけね!!

どうも!と英語で言い頭を下げれば目を丸くしたおばちゃん、どうだ!俺だってこのぐらいのこと出来る。陽菜に何度もしつこく言われた発音だって今じゃ間違えたりしない。いつだってうるさいんだよねー陽菜は!耳にタコできるってば!母親だってあんなうるさく言わないよ?本当。
……家族だって、俺が困らないように、とあそこまでうるさく言ったりしない。まだこっちに来て間もない俺に、私は何度も馬鹿にされちゃったから、と辛そうな顔をしたから素直に聞けた。陽菜は高校を卒業するなりすぐにこっちで大学受験に備えて、言語もままならないまま新しい環境で頑張ってきた子だから。

だから、そんな陽菜に限って自分の私欲のために俺を利用するなんて考えるはずもないって俺が1番知ってる。誰にも譲る気ねェ1番。


「ドライフラワーって…」


思案すること数秒。あ!と気付き顔を上げればおばちゃんが陽菜が行ったであろう方向を指差してくれていて、ありがとね!、そうお礼を言い袋を手に走る。
あぁ…もう!!追ってばっか!いつも俺が陽菜を追ってる!いつか追わせてやる!!

棚の高い店内は通路を見なきゃ陽菜の姿は確認できない。広すぎない!?もう!!客に訝しげに見られるしこの寒い時期でも店内だから汗はかくしで散々!
散々だけど!足を止めたくなし、俺の視界からいなくなったあの子をちゃんと見つけたい。
俺は他の男と違う自覚はちゃんとある。
誕生日だって記念日だって一緒に祝える保証もねェし、陽菜が辛い想いをしてても側にいてやれる日の方が少ないかもしれない。行動に制約もつくし、俺じゃなくて陽菜が不自由な想いをするに決まってる。陽菜だって、俺を誰より近くで見てたんだ、そんなこと分かってると思うのに恋人になってくれたんだ。
今までの、上っ面な子たちとは違う。
俺は特別だから、と俺から去った子とも違う。
陽菜はきっと今まで俺がされたことのないことを求めてくれたから、俺はそれをちゃんと受け取りてーの!


「くっそ!いねェじゃん!!」


足はやっ!どっかで行き違いになった!?
とりあえずシリカゲルの入った袋を棚に戻し出口へ。前の道路の辺りを見回してもどこにも陽菜の姿は見えなくて焦る。日が落ちて暗い。治安は悪くはねェ場所だけど、女の子が1人でいて良いことなんてない。くそ…!ムカつく!!自分は考えてたよりずっとガキでムカつく!!陽菜は、陽菜だ。まるっと丸々俺のもんになるわけない。そりゃそうだよ。自立してて、誰にも寄りかからない危うい強さが綺麗な陽菜がこういう時、どこに行くかなんて心当たりは仕事場しかないけど今は謹慎中、行けないそこ以外に陽菜が行く場所さえも俺は分からないのに。

チッと舌打ちしてスマホを取り出し短い操作を終えて耳にあてる。
呼出音が1つ、2つ…3つ。


「鳴?」
「……は?」


陽菜は俺をそう呼ばない。
いつ呼んでもらおうかって、ずっと考えてるけど。
後ろから呼ばれた声に振り返ればそれはもちろん陽菜ではなくかつて付き合った子。いつだっけ。それも思い出せないのに。


「久し振りー!!」
「ちょ…!」


思いっきり抱きつかれて、あー!もう面倒!!、と言い捨てようとしたふと何かに引かれて目線を向けるとその先で目を丸くしてスマホを耳にあて俺たちを見てる陽菜を見つけた。
俺のスマホとは繋がらない陽菜への電話。
自動的に切れた機械音を聞く俺と、なおもスマホを耳にあてる陽菜の口が動いてる。
今このタイミングこの瞬間、仕組まれたんじゃないなら最悪な偶然すぎる元カノとの遭遇と俺じゃない誰かと電話する陽菜。
ボタンのかけ違いなんて言葉が頭に浮かぶばかりでカラカラに口の中が渇いて何も言えなかった。



すべての等価はすべてではない
(俺の全部をあげたって、君の全てには足りない気がする)


続く→
2020/08/24

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