最初に動いたのは俺じゃなくて、陽菜だった。こっちに歩いてきて俺をちらりと見てから小さく溜息をつきまだ俺に張り付く女に、すみません、と綺麗な英語で話し掛ける。


「失礼ですがモデルの方ですよね」


それからの陽菜は完全に仕事モードだった。周りにカメラがいないことを確認して、もし俺とスキャンダルになるような記事が目的なら事務所を通して正式にやり合いましょうと女に名刺を渡した。さらに面を食らった様子の女に畳み掛けるように事務所へ連絡すると告げて頭を下げた陽菜は俺の手を引いてその場を離れることそこまできっと10分ちょい。

呆気に取られる俺の口から最初に出てきたのは、


「名刺、いつも持ち歩いてんの?」


って、ダサすぎじゃん、俺。


「うん。こういう時を想定してないわけじゃないし成宮くんを守るのが私の仕事だから」


そう淡々と返しながら陽菜がどこかへ電話を掛ける。あ、カイルか。広報のボス。厳しく分かりづらいと陽菜は言ってたけど、こんな時真っ先に連絡するぐらいちゃんと信頼してるんだろうと思う。

道行く人たちとすれ違いながら、俺たちどんな風に見えんのかな、と思ったところで電話しながら俺の少し前を歩く陽菜とは恋人には見えるわけねェ。
ウズウズして陽菜に手を伸ばしスマホを持たない手を握れば、あ。期待以上の反応。

バッと勢いよく振り返り、見開いた目にビルの電飾がキラキラと光って見える。カァッと顔が赤いのも電飾のせいなのか確かめたくて手を握ったまま歩を進める。


「わ、分かりました。成宮くんには…っそう伝えます」


…ねぇ、さ。
どんな言葉尽くせば陽菜にあげる言葉が誰にも言ったことがない言葉だって信じてもらえんのかな。
俺は結構弁が立つ方。語彙だってわりと豊富だと思う。でも女の子を口説く言葉を垂れ流してきたこと、これほど後悔したことはない。
陽菜に気持ち1つ伝える言葉だって、場面ごとに応じた経験から選び取って差し出したもののように感じてしまう、俺自身が。


「成宮くん?」


終わったよ、と俺を不思議そうに見つめる陽菜をジッと見つめて眉根を寄せる。言葉が邪魔ならどうすりゃいいのさ。行動すればそこにも俺が今まで女の子と過ごした経験がチラチラと垣間見えてこの子に切なそうな顔をさせちゃうじゃん。
女の子を泣かしてきたことはたくさんある。なるだけ優しくしたつもりだけど、どうしようもないことは…あるし。けど陽菜にはそんな顔させたくねェんだよ俺は。

だから喜んでほしくて、笑ってほしくて、欲しいと言われたらプレゼントしたいっていうのは間違ってんの?


「……勝手に帰んな」
「!…うん」


あ…手、握り返された。
俺よりずっと小さい手が俺の手をキュッと握る感覚に言葉に表せない感情が胸に溢れる。なにこれ。陽菜に伝えたいけど、なんて言ったらいいのこれ。

陽菜が何も言えない俺を見て目を見開きくたりと笑う。それを見て今度は俺が目を見開く番。何やってんだか、俺ら。もういい大人なのにさ。なんとか繋ぎ留めたくて言葉も尽くせないくせに握った手は離せない。どうなってんの。俺、どうしてこんなにこの子のこと好きなんだろ。
ただ重なるようにして握る手を一瞬解いて改めて指を絡め握り直せば息を呑む陽菜の音に心臓が高鳴って決して正常じゃない状態なのに心地良いんだよ、俺の一挙手一投足にちゃんと反応を返してくれる陽菜の存在が。


「…私、」
「行こ」
「え?」
「さっきの店!買うんでしょ!?」
「…成宮くんがいらないって言ったけど」
「可愛くないなー」
「さっきの子はすっごい可愛かったもんね」
「!」


あれ…悲しんでる?
温度のない陽菜の声に手を引いて歩き出した足を再び止めて顔を覗き込めば、プィッと…なんてさせねーし!


「こっち向きなよ!!」
「いたたた!!無理やり!!」
「陽菜が強情すぎるんじゃん!!」
「当たり前でしょ!私にはそれしかないんだから!」
「!…はあ?」


それしか?強情さ?まぁ俺が見てきたどんな女の子よりも強情で強くて1人で、危うい子だ陽菜は。
無理やりこっちを向かせた頬に食い込む指で目元を擦れば、泣いてない!、と震える声で言うって…無理があるでしょ。


「…泣いてるじゃん」
「涙出てな…」
「心が。泣いてんの、見える」
「!っ……」


いつからだっけ。この子はわんわん泣いたりしないんだって、心で泣く子だって思ったのは。 どっか遠くを見てたり。
1人になりたがったり。
誰の声も聞きたくないとばかりにイヤホンで耳を塞いじゃったり。
あぁ、泣いてる。いつからかそれが分かるようになって、俺はそれが放っとけなかった。

俺の指摘に言葉を詰まらせて瞳をユラユラ揺らす陽菜に、はぁ、と溜息をつく。
面倒だよそりゃ。ただ俺の側で笑い可愛さ振りまいて欲を受け入れているだけの女の子の方が 楽に決まってる。
けど。ぶつかりもしないし交わりもしない感情のやり取りは陽菜とだけは御免だ。


「よっ、と」
「え…やだ!きゃあ!」
「うるさっ!」
「い、いきなり抱き上げるから!肩!目立つ!壊す!重いから!」
「支離滅裂じゃん」
「誰のせいだと…!」
「俺」
「!」
「全部、俺。泣くのも笑うのも全部俺のせいでいいよ」


屈んで陽菜を腰から抱き上げて俺よりちょっと目線が高い陽菜が俺を見つめる。日本でこんなことやろうもんなら一瞬で注目の的だろうけど、幸いここではこんなスキンシップ大したことない。ほら、あっちでもキスしてるし。


「それしか、じゃねェよ。俺がいる」


もう1人じゃないよ。
そう続ける俺に瞳を揺らす涙の膜が破けて俺にぽたりと落ちる。
陽菜が欲しがったのはなんでも買ってあげる俺じゃない。欲しい物があると言う自分と一緒にそれを悩んだり選んだりと心を合わせる俺だ、多分。

表情を変えず、音もなく泣いてポタポタと涙を落とす陽菜に胸が締め付けられて眉根を寄せて奥歯を噛み締める。
心が目に見えたらきっとこの子の心はかさぶただらけ。1人で傷付くことで、何かに許されようとしてるような愚かささえ感じる。
くそ、一也たちは何をしてやったわけ?
仲間じゃねーのかよ。8年越しでもお節介な親戚の兄ちゃんみてーに陽菜のことを心配するわりに陽菜の心の深いところにできた傷はちっとも癒えてねーじゃん。もういいよ。日本にやらなきゃ良かったとさえ思う。
俺だってきっと陽菜を、さっきみたいに傷付けたりするかもしれないけど。けど、面倒でも喧嘩しても陽菜のことは俺が一生守るから。もう出てくんな、バーカ。


「一緒に選ぼうよ」
「!」
「あそこならマグカップもあるだろうし、全部一緒に」
「っ……うん」
「…好きだよ、陽菜」


するりと陽菜を下ろし全部を包み込むようにして抱き締めれば陽菜の腕が俺の背中に回って強く抱き締め返すのが愛おしくて堪らず痛いぐらいに強く強く抱き締める。
過去は変えれないし、俺を過ぎていった女の子たちの存在もなかったことにはできない。けどそれ含めて俺自身なんだと受け入れてくれる陽菜のすべてを俺だって受け入れるよ。時々しちゃう嫉妬は許して。


「私も、成宮くんのことが好きだよ」
「!へ……え!?」
「え?」
「今なんて!?」
「す、好きって…」


初めて言われた。
思わず腕の中を勢いよく覗き込めば陽菜は目を丸くして見つめてから俺を見上げふわりと微笑み、好き、と繰り返す。
その瞬間、分かった。俺と陽菜の心が今ぴたりと添ったのが。そして今まで感じたことのないこの感覚にじわりと目頭が熱くなるほどそれが嬉しくて堪らない。


「泣かないで」
「な…!泣くわけないじゃん!」


と、いうのはちょっと苦しかったかも。
くすりと笑った陽菜が手を伸ばし俺の目元に触れて、泣いてる、と眉を下げる。堪らずその手を強く引いて驚き目を見開いた陽菜に、するよ、と宣言してキスをする。


「んっ」
「……あー…もっとしたい」
「駄目です!!」
「あーハイハイ分かってるよ。優秀な広報サン」
「!…ふふ、はい。分かればよろしいです」
「その分ベッドで鳴かす」
「聞こえませーん」
「いいよ、別に。どっちみち変わらねーから」


ほら行くよ、と指を絡めて握った手を引いてさっきの店へ。真っ赤な顔をして俯き歩く陽菜に肩を竦め、多分自制きかない、なんて思う俺だけど大丈夫だよね。ちゃんと伝えるよ、俺の心。快感が欲しいだけじゃない。陽菜の深い深い、誰もまだ触れたことのない場所に触れて愛しさを伝えたいんだってことを。


「俺、さっきの陽菜が欲しがってた袋を何に使うか分かったよ」
「そうなんだ?」
「うん。いらないなんて言ってごめん」


歩きながら陽菜の顔をひょいと覗き込むように見つめれば多分情けない顔をしてる俺をジッと見つめ返して優しく目を細め首を振った。繋がる手をギュッと力を込めてくれるだけで嬉しいんだろうって伝わってくる。ここが外じゃなかったら抱き締めるとこだよ、本当。まぁやってもいいんだけどね。真っ赤になる陽菜可愛いし。


「成宮くんがくれた薔薇をドライフラワーにしようと思って」
「難しそうだけど、出来るんだ?」
「うん。開き具合に注意しながらになるけど。全部は無理だから吊るしでドライフラワーの花束にするのとに分けて作るよ」
「…ありがと」
「うん?」
「俺が贈った薔薇、大切にしてくれるんでしょ?花って枯れたら終わりだと思ってた。ほら、テレビとかで貰っても俺は枯れるの待つだけだから預けてたし」


それに、花じゃなくたって大切にしない子は大切にしない。陽菜と今まで付き合った子たちを比べたいわけじゃないけど陽菜なら俺があげたすべてのものを大切にしてくれるんだろう。だからさ、早く陽菜に身につけるものを贈りたいなぁって思うよ。


「やっぱ俺が買っていい?」
「!…うん。ありがとう。じゃあ…半分ずつにしよ」
「えー…。子供みてーじゃん。いいけど!」
「成宮くんが意外と亭主関白気質だっていうのは分かった」
「意外って。一体どんなイメージだったわけ?」
「手の平で転がされるイメージ」
「はあ!?」
「青道で見てきた捕手陣のせいかな。いや、御幸のせい?完璧にそこから出来上がっちゃってる、捕手と投手のイメージ」
「またアイツ」
「もうちょっと妬いとく?」
「!あぁ、そういうことね…」


いたずらっぽくニッと笑う陽菜に口の端がひくりとする。ふうん、自分が妬いた等価を同じ分だけの嫉妬に求めるの、可愛いじゃん。後でどうなるか、分かんないよ?なんて言ってやんない。嫉妬なんてできないくらい伝えるからせいぜい頑張ってよ、陽菜。



君のすべてがほしい
「買い忘れない?」
「うん。重くない?」
「こんぐらい平気。俺を誰だと思ってんのー?それよりさ、お腹空かない?」
「空いた」
「陽菜、何食べたい?」
「……鳴くんが食べたいもの」
「今なんて言った!?名前呼んだ!?」 
「さっきの人は呼び捨てだったけど…」
「………」
「え、なに?真顔…怖い!」
「やっぱキスしていい?」
「駄目」
「煽るだけ煽っといて!?あーもういいよ!帰ったらベッド直行!!何なら玄関でもいいよ!」
「大きな声でやめて!!」


続く→
2020/08/26

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