これは、……夢じゃん。
賑わいの中に在って、俺は辺りを見回して冷静にそう判断してる。手を見てグーパー。ちっさい手。まだ柔らかいしくるりと自分の身体を見ればまだ細っこい。ふうん…これ、あれだ。中3の時に行った稲城実業高校の学園祭。すでに西東京地区に限らず色んな高校から誘いがきてた俺は同じようにスカウトされていたカルロスや白河たちを引き連れて判断材料の1つとしてこの日に足を運んだんだ。懐かしいー!!稲実の学祭といえば結構有名で、活気もあるし外からの客も多くてすっげー賑わってるって誰かに聞いた。まぁ結局、入学してから存分に楽しめたかっていうと野球部で練習漬けな毎日な訳だから当日のちょい役でクラスに貢献するぐれーだったし、後夜祭で告白されたりなんて思い出ぐらいだったけど。

周りは在校生はもちろん、中学生や家族連れもいる。あの時の俺はまだ知らねェけど頭の中でこの光景を見つめる俺は在校生を知ってるわけで、奇妙な感じ。あ、あの子俺と同じクラスになる子じゃん!こうしてあの頃の俺にあった出会いはたくさんあったはずだけど、俺の中に大切に残ったものは少ない。
足を止めてカルロスたちの背中を見てからまた自分の手を握り締め目を閉じる。大丈夫だよ、あの時の俺。この先、人生を賭けられる大事な出会いがあるよ。


瞑った目の、瞼の裏に感じた眩しさにパッと目を開けると雅さんの背中が見えた。あっつ…。身体は疲労感、心は幸福感に包まれていて何度も味わったことがある勝利の感覚だってすぐに分かった。歓声がすご…!雅さんや俺、主力の名前が呼ばれて…あ、ここは神宮球場…と、なれば。


「チーム全員の思いが詰まってます」


千羽鶴と共に託された甲子園頑張ってとの言葉と思いに翼くんが、重たいね、と小さく言うのを聞きながら俺は青道高校野球部のマネージャーたちを見る。
2年の夏大決勝戦後、青道の選手用ユニフォームを着た彼女たちの震えた声と肩に当時の俺は気付いてたっけ?そしてその中に在るあの子の存在を頭の中で俺がジッと見つめる。これが記憶を詳細に再現された夢なのだとしたら、今にも泣きそうなこの人たちを前にしたらすっげー不謹慎だけど嬉しくて胸が震える。あ、実際に嬉しいのは今現在26歳の俺でこの時の俺はちゃんと彼女たちの悔しさや悲しさを受け止めて、何がなんでも負けられないんだとますます闘争心に火を点けていたんだけど。

陽菜だ。高校生の、俺と同じ2年生の。
写真で初めてしっかりと見たはずの…陽菜。キャップを被り俯き頑としてこっちを見なくてギュッとキツく握られた手が痛そうで手を伸ばしたいんだけど、当然この頃の俺が手を伸ばすわけもない。

あ…でも、目が合いそう。あとちょっと、もうちょっと顔を上げてくれれば…。


「!……うわ…」


あれ?俺、この時こんな風に声出したっけ?
ゆっくり上がった陽菜の目が俺を真っ直ぐ、射抜くみたいに見つめて固まって動けなくなった当時の俺と頭の中の今の俺。
短めの前髪に隠れない陽菜の目が俺を見つめてたのは多分、数秒。あ…、と思った時にはマネの人たちが背を向けて走り去る。


「…知り合い?」
「ううん…全然」
「ふうん」


こんな会話も覚えてない。白河に問いかけられたのは稲城実業野球部エースの俺と青道野球部のマネージャーである陽菜が知り合いか?ということなんだろうけど知るわけは、まぁないよね。すげェ見られてたな、というカルロスも気付いたらしくにやりと見られ肩を竦めた俺が陽菜の背中を目で追い、シャッターを切るように瞬きをした次の瞬間…あ、また変わった。

えぇっと…これは制服。腕を伸ばしてみると白いセーターを着ていて季節が寒い頃なんだって分かる。やっぱ神宮球場。観客がほぼ満員で、見下ろすグラウンドには薬師と青道。……あぁ、これ、秋大の決勝戦じゃん。なるほどね。どうりで制服。
ちゃんと覚えてるよ、夢で見なくたって。目を細めた先で青道が優勝する様を眺め、悔しさや自分の不甲斐なさとか色んなもんを噛み締めながらも胸に湧くのはやっぱ闘争心。
ニッと口元が笑い、帰るよー!と一緒に来たカルロスたちに声を掛け球場をあとに…しようと思ったけど俺と気付いて声を掛けてくれる子たちと写真を一緒に撮ったりなかなか動けない。まぁ慣れっこだし悪い気しないから快く応じるけどさ!


ドンッ!


「うっわ!!」
「ごめんなさい!急いでて…」
「ちょ、待って!!」


いきなりぶつかってきてそれだけ!?これでも俺、身体が資本の高校球児でエースなんだけど!!

よろけはしないけどこっちを少しも見ずに立ち去ろうとする子の手を捕まえながら、あれ?と今の俺。こんなこと、あったんだっけ?この後は雅さんに、いい加減に帰るぞ!!なんて言われていつも通り、羨ましいんだぁー?なんてにんまり笑って怒らせて…なんてことがあった記憶しかないけど。

手に掴んだ赤色の袖の細い腕。被っている紺色のキャップに赤い色のSの文字がこっちに見えるぐらい振り返ったその子が俺を見た瞬間言葉を失くした。あ……この子、前に俺をジッと見つめたあの子だ。青道のマネージャー。


「本当にごめんなさい!急ぐので失礼します!」
「あ、ちょ…!!…はあ!?」


それだけ!?ほら!!俺の隣でカメラを片手に写真待ちする女の子もキョトンとしちゃってるじゃん!!ぶつかった挙げ句、俺を見ておきながらちっとも反応なしでパッと腕を振り解き走り去る始末。
しかも…!…泣いてたし。
目を真っ赤にして涙目で、俺になんとか謝罪を紡いだ声は震えていて絞り出したように苦しげで。なに…意味分かんねェ。もっと嬉しそうな顔すりゃいいじゃん。優勝だよ?センバツ!甲子園!…辛そうとか、意味分かんないよ。

当時の俺はそんな風に思ってて、今の俺はそれを静観。と、いうよりこれが夢か記憶かが曖昧で少し混乱もしてる。
陽菜とこんな風に出会ってた?


「振られたのか?」
「ザマァ」
「は!?違うし!!あっちが勝手にぶつかってきただけ!あー!痛い痛い!」
「え!?大丈夫なんですか!?鳴さん!ちょっとぶつかられたところを…」
「なんだ樹お前、俺が女の子にぶつかられたぐれーで怪我すると思ってんのか!?」
「えぇ!?」
「八つ当たり乙」


走り去る後ろ姿は人混みの中であっという間に見えなくなって、グッと飲み込んだ色んなもん。怒りとか疑問とかの他に湧いた気持ちが何かがよく分からず、心配する樹に、喉渇いた!、と白河正しく八つ当たりしても気が紛れるはずもなく。


「鳴、また樹を困らせてんのか。アイス買ってやるから帰るぞ」
「馬鹿にすんなよ雅さん!!」
「め、鳴さん!!あっちに鳴さんの好きなアイス売ってましたよ!!」
「そんなんで宥められねーし!ガキじゃねーんだぞ!!」
「じゃあ樹に買ってやるか。行くぞ」


いらないとは言ってないじゃん!!
そう喚くガキな俺。夢の中で昔あったことをなぞる様な記憶を第三者目線で見てんのは不思議な感じ。あの頃の俺がどう動くかも理解してるし、あぁ次はこうだなと思ったりするもののこうして本当にあったかどうかも思い出せない場面に出くわしたりする。


「あ!鳴ちゃーん!一緒に写真撮ってくださーい!!」
「あ、ハイハーイ!!いいよー!」
「ありがとう!」
「ハイ、チーズ!」


カシャッとシャッター音が鳴った瞬間、また変わった。目の前には同じようにカメラを向けたスマホがあるけど、さっきとは違う。ブレザーを着てるし居る場所は教室。見回せば確か3年の頃のクラスメイトがあちこちで写真を撮っていて、この後はどこの店に集合だとか行ける奴らの点呼を取ったりしてる。あぁ!卒業式の日だ!
この後、野球部の連中とグラウンドに顔を出せばテレビカメラが構えて待っていて、俺らの卒業シーンを撮って軽い取材もあって。
ドラ1のお祝いを貰ってこれからの目標って質問に、何回目?って思いながら笑顔で答えたんだ。
そんで、これで最後になるなー、なんて思いながら全部終わってから静かな食堂で樹が、なんかあった時のために!、と生意気にも買い溜めてたラムレーズンのアイスを食べながら俺はスマホを手に取る。
呼出音が数回してから呼び出した相手がスマホの向こうで、もしもし、と言う。


「卒業おめ!」
《お前もだろ。つーか、どうした?》
「いや別にー。また違うチームでプレイすることになるライバルに宣戦布告でもしとこうと思って!」
《はっはっは、暇だな》
「暇じゃねーし!さっきまで呼び出しの嵐だったし!」


ていうか一也もじゃないのー?とにんまり笑う俺がアイスをまた一口食べる。
あーそうそう、一也に電話したんだよね俺。これから同じくプロの世界に入るわけだしご挨拶ってことで。

一也もモテるはずだし、ましてや強豪の主将でプロ入りするとあればそれだけでアドバンテージ。あの雅さんだって卒業式は引っ張りだこだったしね。
にししっ!と笑うあの頃の俺はまた一也が軽口を叩いてくるだろうと思ってたわけだけど返ってきたのは小さな溜息だった。


《それどころじゃねーよ》
「は?」
《……鳴、お前さ》
「な、なに?」


なんでそんな神妙なわけ!?こっちまで緊張するんだけど、なに!?


《将来的にはメジャー考えてんの?》
「はあ?…一也らしくねーじゃん。目先のことで頭いっぱいだよ。一也もそうじゃねーの?」
《まぁ、だな》
「……なに?気持ち悪ィんだけど!」
《はっはっは!ひで。ま、だよな。聞かなかったことにしろ》
「自分勝手すぎじゃん…」
《今更だろ?》


こんな会話してたっけ?俺、色々忘れすぎ…!まぁ…プロに入ってからがすげー濃厚な時間でそれも無理ないかもしれないけどさ。電話を終えてしばらく一也の調子が不自然だったのに眉を顰めていたものの、悩む間もなくみんなが食堂に入ってきて賑わったもんだから気にする間もなかったんだよ。

食堂で楽しげに最後の時間を過ごす昔の俺を少し離れた場所から眺める今の俺ならなんとなく分かる。今度一也に会ったら答え合わせをしようと思うぐらいには。
あの日は卒業式で、陽菜がアイツらの前から消えたことが明確になった日だ。フォトブックと写真と、自分がいなくなる経緯を監督たちに託して渡米していた陽菜と音信不通になり、残されたのは写真に残された再会を望むメッセージのみ。そりゃ頭の中をそう簡単に整理できやしないよな。

スマホの画面で撮ったばかりの写真を確認する俺とその写真を見ながら馬鹿騒ぎするみんな。
あー楽しかった!いつどこで野球やってても楽しいけど、やっぱ高校3年間は特別だよ。

サッとスクロールしたスマホの画面が変わって、今俺が在籍してるチームユニフォームを着る俺の写真が写し出されてハッと息を呑み顔を上げれば陽菜がいた。
怪訝そうに目を細められて、成宮くん、と俺を呼ぶのは出会ったばかりの頃の陽菜だ。
うわ…成宮"くん"?
夢の中だって呼ばれるとぞわっとする他人感。いやこの時は俺も陽菜も組んでばかりでお互い探り探り。しょうがないけど。
見回せばここは今も変わらない陽菜が使ってるデスクのあるオフィスだ。


「確認できました?」
「…ちょっとブレてない?」
「………」
「ちょっと!溜息!!」
「あ、すみません。聞こえました?」
「ムッカつく!!」
「成宮くんも何かっていうとケチつけますね」
「なに?ムカつくってこと?」
「控え目に言えば」
「控え目!?」
「成宮くん」
「!…なに?」
「私が成宮くんにつくのが不満でしょうがないのは顔合わせの第一声で伝わりました十分に」


あぁ、あれ?この子が!?って思わず叫んじゃったやつ?

スマホをデスクに置いて静かな声で俺を真っ直ぐ見つめる陽菜に俺も目が細まる。組んでいるとは思えないほど抗戦的でぞくりとする。


「でも仕事は仕事です。成宮くんが最高の仕事をしてくれれば私もそれに応えるだけの自信はあります」
「は…?…じゃあ、なに?つまり俺の仕事じゃ不満ってこと?」
「はい」
「っ……」
「ローテに入れているのは今の内だけ。鳴り物入りで入団してファンに持て囃されるのも今だけ。代わりのいない成宮くんにならなきゃ、来年私の前にこうして座ってるのは成宮くんじゃないかも」


キッツー!!陽菜ってこんなにキツかった!?何も言えずに拳を握り締める俺に、握るならこっち、とハンドグリップを渡してくる陽菜がすっげー可愛くねー!!

今でこそ、ぷくくっ、なんて夢の中の光景に笑えるものの当時は周りもひりつくほどの緊張感が俺らの間にはあって睨む俺に臆せず見つめ返す陽菜に、ふうん、となんとか絞り出した低い声が滑稽に静かなフロアに響く。


「随分知ったようなこと言うじゃん、広報サンが」
「………」
「見てなよ。俺しかいらないぐらいに言わせてやるから」


立ち上がり荒々しく出ていく俺を見送る陽菜を当時の俺は見たことがないはずだから、これは多分本当に夢だ。けど、なくはないかもしれないと思わされるのは俺が陽菜をしっかり理解して信頼してる今があるから。

陽菜はフロアを出ていく俺を見送ってから胸に手を当てて、はあぁ…、と深い息を吐いてから小さく、頑張れ、と呟きデスクでまた仕事をやり出す。……こんな風に最初から俺に寄り添ってくれてたのを、俺はカイルに聞くまで知らなかった。あー…馬鹿過ぎて嫌になる!


「鳴」


!…へ?夢の中の陽菜が俺をそう呼ぶわけない。デスクから振り返り夢の中を眺めてる俺を見つめる陽菜に動揺して息が止まる。鳴。鳴…と何回も呼ぶ陽菜がふわりと笑ってスマホを向けた。


「say cheese!」


カシャッというシャッター音と共にパッと目を開けて景色が変わった。
あ…天井。えぇっと……。あぁ、そっか。俺、陽菜の家に遊びに来てて…陽菜がご飯を作るとしばらく台所に立ってたからウトウトして眠っちゃったんだ。


「鳴」
「!…おはよ」
「よく寝てたね。大丈夫?トレーニングで疲れてた?」
「ううん、平気。陽菜、もしかして写真撮った?」
「え"!?なんで分かったの!?」
「秘密ー」
「きゃっ!」


ベッドに仰向けになる俺を覗き込む陽菜の腕を捕まえてグィッと引いて俺の上に倒れ込んでくるのをギュッと抱き締める。あ…いい匂い。なんだろ、何作ってくれたんだろ?腹減ってきた。

びっくりしたー、と俺の胸元に眉を顰めて顔を上げる陽菜の頬を手で覆えば一瞬強張ってからふわりと笑うこの子のこういう表情を見られるようになって本当良かった!夢の中の陽菜を長い時間見ていたからかそんな想いもひとしおで、俺の目も細まる。


「陽菜、一緒に寝る?」
「んー?…ご飯は?」
「寝てから食う」
「うん…寝る」
「やった。でさ」
「うん?」


おいでと俺の隣に招き入れるには少し狭いベッドだからと言い訳じみたことを思いながら陽菜をぎゅうっと抱き締めながら紡ぐ甘ったるい自分の声。


「夢で俺のこと、見つけてよ」



夢に溢れる
「うっまー!」
「良かった」
「和食、久し振りに食ったかも」
「そうなの?」
「外食ばっかだとね」
「あぁ、分かる。私も一人暮らしを始めたばかりの頃はそうだった。鳴は日本でもそうだったの?」
「うん。チームメイトと飯行ったりね。あ、春市を酔わせた時のこと聞きたい?」
「聞きたい!」


続く→
2020/09/23

[*prev] [next#]
[TOP]
[しおりを挟む]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -