俺はそんなに心が広い方じゃねーのは、自分でちゃんと分かってる。
分かってるからこそ手を伸ばす前によく考えるし、それ以前に手を伸ばしたいとも思わなかったからそもそもあんま考えたこともなかったんだけどさ。


「…すっげー楽しそうじゃん」


あーぁ、やんなっちゃうよ。
婚約者に俺が居ない過去があるのはそりゃ当然だよ、そりゃあね。
手にするよくあるサイズのL判写真の束を改めて1枚1枚見ては箱の中に入れていく。中にあったのは青道高校時代に撮られた写真だけじゃなく、地元の空港やどこから撮ったのかは分からない空の写真、おそらく大学の構内の写真に友達と撮られた写真も混じっていて俺は自分の中に陽菜の思い出を吸収するようにそれらを見ていく。

部屋で陽菜が作ってくれた夕飯を食ってから陽菜はオフィスから呼び出しがあって、一時留守。俺も一緒に行くと言ったけど俺があんまりにも深く眠ったもんだから、疲れてるんだよ、と心配そうに首を振られちゃえば悪い気もしなくて今は陽菜の家に1人きり。時々部屋の外で人声がしたり扉の閉まる音が聞こえたりと常に人の気配があるのが不思議な感じだけど妙に心が落ち着く。
あー美味かった!陽菜の作る飯!店で出てくるような洒落た感じはないけどさ。これなら一生食べていける!なんて褒めた俺に、ではお皿は一生お願いします、だって。厳しくて甘やかさないとこが玉にキズだけどそれも陽菜だから許される。

一緒にドライフラワーを作ったり、洗濯を畳んだり皿洗いをしたりと生活の一部分に陽菜が俺を誘うから俺は前よりずっと地に足がついてる気がしてる。


「さて、あーらお!」


ベッドに腰掛け膝に置いていた箱を横に置いて立ち上がろうとした時、手に引っ掛かった陽菜の鞄がバシャーッと床の上。うわ…前にもこんな事あった…。あの時は一也のバッティンググローブが出てきて驚いたのなんのって!あーぁ、と入っていた手帳やノート、俺がいつも使うから入れているという色紙やサインペンを入れていき苦笑いを零す。一也も陽菜と撮った写真を持ってんだよなーと思うと信じらんねェ。恋人という関係を除いて女の子との写真を持てるほど一也の婚約者は一也を理解してるってことじゃん。俺だったら、無理!例えばこのカバンから倉持の写真が出てきたりしたら…。

そこまで考えて、伸ばした手を止めた。
あれ、写真じゃん。あの紙、独特な紙質だから間違いない。半透明のビニール袋に入り裏っ返ってるけどさっきまで手にして触ってたし、分かる。
まさか。
心の中で呟いて伸ばしかけていた手をまた動かしやっぱり写真であるそれを手に取り袋から出して裏返す。


「!……マジか」


見慣れた球場内の廊下を背に見たくもねェ顔がこっちを見て笑っていて、目が見開いて語るに落ちた声は掠れた。
倉持だ。こんなことある?
ユニフォームは今、所属してるチームのやつ。青道のじゃないからどう考えたって直近の、陽菜が日本に渡った時に撮ったやつじゃん、これ。なんでこんな写真が陽菜の鞄から…?

頭の中に色んな言葉が回る。
友達。未練。後悔。記念。思い出。たくさんの可能性が過ぎてはまた戻ってきてぐるぐる回るもんだからついでも目が回って目眩もする。くっそ…気持ち悪い。

一也さ。婚約者の子にひでェことしてるよ。
他の男の写真を鞄に入れる恋人を持つ男として声高らかに言ってやる。いくら友達って言ったって、これはおかしいじゃん。なら俺が同じことをしてても良いわけ?意味、分かんねェ。
俺はいつまでも倉持と陽菜の思い出には入ることはできないし、残った想いがどれほどであるかなんて目で見て確かめることなんて無理じゃん。ならさ、こういうのはやっちゃ駄目じゃん。

目を細め、妙に静かになった頭から熱が引く感覚を感じながら鞄にすべてを戻して立ち上がり台所で皿を洗う。なんか、さっきより部屋が寒い。


「ただいま。…鳴?寝てる?」


陽菜が帰ってきたのは皿を洗い終わってから間もなく。返事をしない俺を気遣い小さな声と小さな足音で部屋に入ってきた陽菜はベッドの上に横になる俺に眠っていると判断したらしく、そっと伸ばしてきた手がゆるりと俺の頭を撫でて遠ざかっていく。
その腕を捕まえて、ハッと息を呑んだ陽菜が優しく俺を、鳴、と呼ぶ。…苛々する。多分、良くない状況。俺は心が広くないからこうなるのは分かっていて、だから妙に冷静でもある。

左手できつく握る陽菜の腕が細くて、さっきまで外にいたから冷たい。


「っ…鳴?痛い…」
「陽菜、こっち」
「え…きゃっ!」


陽菜をどさりとベッドに押し倒して組み敷けばギシリと2人分の体重にスプリングが鳴る。
焦ったような眼差しが俺を見つめて、鳴、と確かめるように呼ぶ声も少し不安げ。今、間違いなく陽菜の中には俺でいっぱいなのが分かって酷い安堵感が胸を満たしていくものの、安らぎとはほど遠い。

違う。そうじゃない。俺は陽菜とこんな風になりたいんじゃない。
グッと奥歯を噛み締め、はあぁっ、と深く息を吐き出しながら陽菜に覆い被されば戸惑いがちに陽菜の腕が俺の背中に回り抱き締める。


「…痛かった?」
「わりと。左手で握るんだから」
「ごめん」


俺も手に残る陽菜の骨を握った感覚に今更怖くなってきた。
すり、と陽菜の肩口に唇を押し当て動かせばぴくりと震える陽菜。…微かにする煙草の臭いはカイルだな。あの人、結構なヘビースモーカー。選手がいるところでは吸わないのが定評だって、陽菜が話してたことあるけど俺の大切な子に臭いをつけるほど吸われるのはいただけない。


「どうしたの?」
「……アイツ」
「え、誰?」
「倉持」
「えぇ?」


なに?どうしたの?
そう問い掛けながら俺の肩をやんわりと押す陽菜に促され身体を起こせば目が合わない俺を何度でも呼んでくれるのが嬉しくて胸がいっぱいになる。

口を開いて、また閉じて。
言うべきかどうか少し迷う俺の頬に手を当てて、何も言わないけど待ってくれる陽菜に…負ける。


「鞄の中に入ってるじゃん、倉持の写真」
「倉持の?……あぁ!忘れてた!あるね、うん」
「ムッカつく!」
「いひゃひゃひゃっ!ひゃめへ!」


おー!めっちゃ伸びる!ほっぺた摘んで引っ張ると思いの外伸びて、にひひ!と笑う俺に恨みがましい目を向ける陽菜に口角を上げる。今の反応で特別な意味はねーって分かったけど、やっぱ嫌なもんは嫌だね!


「もー…鳴、痛い!」
「謝んねーよ、俺」
「あの写真は私の写真じゃないよ」
「…は?じゃあなんで…」
「はいはい、どいて」
「な…!」


俺を押して身体を起こした陽菜が部屋の電気を点けてからベッドにある鞄の中から、これ?とさっき俺が見た写真を手にしてるんだけど、見たくねーし!
フィッと顔を背け、ん、とだけ返す俺に返ってきたくすりという笑いにキッと顔を向ければ眉を下げて笑う陽菜が倉持の写る写真ともう1つ何かを手に俺に見せる。
それは白い色紙に書かれたサイン。日付は陽菜がやっぱり日本へ渡った日を記してる。宛名は…え、誰?


「これは青道の、倉持の大ファンの可愛いマネ後輩にあげるために貰った倉持のサインと撮らせてもらった写真」
「後輩にって、え…」
「あのね。青道の野球部寮の食堂にフォトブックが置いてあって」
「…へぇ」
「私達が作ったあとも続いてるんだって、フォトブック。後輩がそれが並べて置いてあるって教えてくれて、フォトブックに残されたメッセージにも気付けたから」
「!」
「だから、そのお礼」
「……メッセージって?」
「多分倉持だね。確かめたわけじゃないけどね。"約束忘れんじゃねーぞ!!"だって」
「………」
「あれがなきゃ、私は前に進めなかったしここに鳴といないよ。だから感謝なの」
「…陽菜ってさ、カッコ良すぎだよ」
「鳴には負けます」
「それ絶対ご機嫌取り!」
「まさか。いつもそう思ってたよ」
「マジ!?高校の時も!?」
「あ、それは別」
「嘘でも頷くとこだよ今の!」
「あはは!ごめん、正直で!」
「うっわ…そんな顔されたら怒れねーじゃん…」


楽しそうに笑っちゃってさ、俺の隣に座りジッと見つめてきたかと思えばゆっくり近付き目を閉じるから珍しいキスの催促に余裕がないとは思うもののがっつく。
陽菜を見てると、たまに自分がすげー孤独に思えることがあったのは陽菜が多分何者にも支えられて進んできたという事実を受け入れて強さが凜として綺麗だったからだ。だから、俺は俺以外に陽菜を支えるものを目の当たりにするたびに面白くなかったりするわけだけど。


「め、…っん…ちょ…!」
「やめてやんない」
「んっ、んん!…っわ!」


ぺろりと唇を舐めて力を抜けた陽菜と再度どさりと一緒に倒れ込むベッドの上。スプリングが鳴る音が妙にエロくて高揚してくる。
まだ少しだけ外の空気を纏う陽菜をぎゅうっと抱き締めて、スン、と鼻を利かすとくすぐたそうに身動ぎする陽菜が、フフッと笑いながら俺の腕に触れた。


「なに?さっきから匂い嗅いでる」
「んー?煙草の臭いがするなーって」
「あぁ、カイル」


やっぱり。
ムスッとしてんのが自分でも分かる。陽菜の長い綺麗な髪の毛に何してくれてんのさ。

苛々としながらも、あ…、と良い事思いついた!
ニィッとしながら陽菜の髪の毛に鼻を寄せていた顔を上げれば目を丸くした陽菜が鋭く悟る前に!


「よっ、と!」
「ひあっ!ちょ、なに!?」
「お連れしまーっす!」
「や、やだ!下ろして!!」
「やーだよ」


素早く陽菜を横抱きに抱き上げてスタスタと歩くのなんて難無し!抗議する陽菜の口を1回キスで塞いで、真っ赤になった陽菜にニッと笑って一瞬抱き上げている腕の力を抜く。


「きゃっ!」
「そうそう、そうやって掴まっててよ」
「っ……鳴、狡い!」
「なんとでも!」


かーわいいの!ほんの一瞬だけ落ちそうになった身体を俺の首に手を回して寄せるいじらしさに口元が緩んでしょうがない。落としたりするわけないじゃん、俺が陽菜を。
バスルームの扉を、よ!と足で開けてバスタブの縁に陽菜を座らせすかさず腕の間に閉じ込めて見つめ合う。


「お風呂、一緒に入ろ!」
「鳴、すぐにエッチなことするから嫌」
「優しくするよ?」
「そういう問題じゃ…」 
「ない?本当?」
「っ……」
「俺、陽菜とイチャイチャしたい」


こんな時でも俺から目を逸らさない陽菜の瞳に恥ずかしいからか涙が浮かんで真っ赤になっていく様子に俺、いつまで我慢できるかな?
お預けくらってるこの状況もゆっくり顔を近付けて、狡い、と甘ったるい色のついた声で言う陽菜がキスを受け入れてハイ決まり!

手探りでお湯を溜めるボタンを押して間もなくお湯が出てきた音を聞きながら陽菜の手を拘束するように自分の手を重ねてキスに溺れる。


「んっ、ふあっ…鳴…?」
「ん?」
「優しくしてね?」
「!っ……善処する」


あーもう絶対無理!!
俺の答えを聞いてまた抗議しようとする陽菜の口から舌を吸って舐めて甘噛みして、すでに壊れかけた理性が戻りますようにと他人事のように頭の片隅で一先ず願った。


 
嫉妬を噛み砕く
(一度に全ては無理!ちょっとずつ、俺の中で噛み砕いて愛にして返すよ)


続く→
2020/09/25

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