願いの一片が輝くように


アイツには穏やかで暖かくて、いつも笑っていられるような恋をしてほしかった。


「見るかい?」
「!…何を?」
「この間撮った写真だ。よく撮れてる。一也は彼女と連絡取れるか?球団のSNSに載せたいから許可が欲しいんだ」


球場でもそうそう会えるもんじゃないしな、と続けながら俺にカメラのディスプレイを向けるのは俺の担当広報で、俺は返事の代わりに素振りをしていたバットを渡す。手にしたカメラのディスプレイの中ではほんの数日前に撮られた俺と陽菜が写っていて、礼ちゃんみたい?と得意げに結っていた髪の毛はまだ長いままだ。
……昔っから、笑うのは上手かった。
そういや青道野球部の取材が入った時、マネージャーも取り上げられたその写真が別人みてェだっつって倉持に笑われてアイツら喧嘩してたよな。大人になりゃ作り笑いの1つや2つ、そりゃ覚える。心配だよ、と高校3年の頃に陽菜は俺に上手く世渡りが出来るかと気遣ったけど俺だって取材やテレビ出演を重ねりゃ決まった型みてェな愛想笑いが出来るようになったよ。まぁ見る奴が見れば胡散臭く見えるらしいけど。
…それは俺が陽菜を写真の中に観る時も同じなんだ。

俺がどんなに目を細め不満を示そうとも、写真の中の陽菜が動き喋るわけもなく俺は広報に今度はバットと引き換えに返しながら首を横に振る。


「プライベートと仕事を厳しく分けてる奴なんで、俺からそういう連絡はしない方がいいと思いますよ」


返信が望めない、そう苦笑いしながら続ければ広報はカメラを受け取りながら目を丸くして、ほう…と感心した様に自分もディスプレイに表示される写真に目を落した。


「一也…これ、見た?」
「…見た」


莉子が静かな声で後ろから呼びかけるそれに振り返らずに答えれば間もなく、だよね、と隣を座った莉子と眺めるのはキャンプ地近くに借り上げた一軒家の庭で、広いねー、と莉子が言うのはもう何回目かと莉子が庭の片隅に置いたプランターを見ながら思う。キャンプの間だけしか世話が出来ねェからすでに花の開いた株を選び温暖な気候の此処ではもう花弁を落した花もある。

陽菜さんがね、と莉子が静かに話し出して、うん?と目を向ければスマホを手に莉子は俺と同じように花の方へと目線を向けている。


「近くの花屋さんを教えてくれた。ご高齢なんだけど、キャンプ地になってるこの辺りでファンたちと交流したりするのが大好きなお婆さんなんだって」
「へぇ…アイツ花とか無縁そうだけどな」
「もう!そんなこと言って。…一也、知ってる?」
「ん?陽菜の髪の毛のことなら…」
「違う。そっちじゃなくて」
「どっち?」


次第に俯く莉子の顔を覗き込みわざとおどけたように言えば目を丸くしてからくすりと笑った莉子が、こっち、と自分のスマホをひらひらと振った。こっち?スマホか?


「あ、お前…まだそれ待受にしてんのか」
「えへへー。いいでしょ?球界No.1キャッチャー御幸一也の写真ですよ」
「恥ずかしいからやめてくれっつったのに…」
「いいじゃない。誰に見せるわけでもないもん」
「ったく…。で?スマホがなんて?」
「うん…陽菜さんが花屋を教えてくれた時にチラッと見えちゃった。スマホの待受」
「まさか鳴とかじゃねェよな…?」
「あはは!なんでそんな顔!?」
「いや、想像できねェっつーか、そうだったらそうだったで知りたくねェっつーか」
「まったく…本当にお兄ちゃんなんだから」
「こらこら。あんな可愛くねェ妹御免だっての」
「そうかなー?陽菜さん、すっごく可愛いよ。成宮くんのこと聞いたりすると真っ赤になったりするし」
「やめてくれ…!」
「お兄ちゃん、妹はもう成宮くんのものだよ」


神妙な顔をしてポンッと俺の肩を叩く莉子が、すっかり話し逸れちゃった、とイタズラっぽく笑うもののまた自分のスマホに目を落として大きく肩で息をつき口を開く。


「陽菜さんのスマホ画面の待受け、花なんだよ」
「花?」
「赤いバラの、ドライフラワー」
「!」
「分かる?多分、成宮くんがプロポーズの時に贈った花束で作ったドライフラワーだよね。聞かなかったけどそうであっても不思議じゃないし…素敵だなぁって思った」


好きなんだね。
そう言って切なそうに笑う莉子に何を言えばいいか分からず、花買いに行くか?と聞けば眉を下げて笑い頷いた。
鳴たちの球団とは同じリーグでキャンプ地も近い。数年前まで防御率を嘆き低迷していた鳴たちのチームは鳴が安定的に先発ローテに入ってからMLB防御率ランキングで上位をキープしている。打者も良い選手が揃い、間違いなく同リーグで最大のライバルであろう系譜は東京西地区のライバルである青道高校と稲城実業との関係を思い出させて苦笑いが零れる。
キャンプ中は調整や選手選定のためにいくつもの試合が組まれてはいるがそうそう試合日程が合うわけでもねェから、この先開幕まで顔を合わせるかどうかも微妙だ。莉子は同じチームの選手のキャンプに帯同している家族から食事や買い物に誘ってもらい次第に馴染んできてはいるがやっぱり陽菜のことを話す時が1番楽しげであるのはやっぱ緊張してんだよな。

悪いな、と口を開き掛けてやめた。
莉子と付き合い出す前に散々考えたことを、莉子と結婚する前に夜が明けるまで2人で話したことをまた繰り返すのは莉子を試すのと同じだ。
俺はどんなに莉子が好きでも結局のところ野球をして生きていくし、莉子になんらかの選択を迫るしかない。…アイツらもこんな風に葛藤を繰り返したはずで、本人たちが決めて進んだ道なのなら誰にも何を言う権利がねェのも分かってる。だからこそこっちが心を痛めるほどの何かがあったって根底が揺らがねェからアイツらはいつも隣り合ってるわけだ。

私だったら泣いちゃうな、と自分が泣きそうになりながら莉子が言った数日前。遠目で会話までは聞こえなかったがおそらく鳴のファンから水風船をぶつけられ濡れて色付きの水滴を落としながらも笑う陽菜を誰が引き止めることができるっていうんだ。一緒に飯でもと誘いに来たってのに…言ってやりてェ言葉の数々をグッと飲み込む俺の隣で莉子が俺の腕をきつく抱き寄せた俺にはそれが救いだったが陽菜の背中は優しくされることを拒み、それは鳴にしか許されないのだと痛感した。
SNSに陽菜へ浴びせた色水が油性のペンキでやり過ぎてしまったと鳴に泣きながら謝ったファンの様子が投稿されて間もなく、どうにもならなかった髪の毛を潔くバッサリと切った陽菜が鳴と何かを話す写真が投稿され多くの称賛の声が寄せられたのはつい最近。高校3年間を野球部で一緒に過ごした俺でさえ記憶にねェほど短くなった髪の毛は首元で光るネックレスを隠さず、青いダイヤが揺れる様子にメディアが取り上げた言葉が印象的だった。

"彼女は青がよく似合う。成宮の瞳に唯一映る女性だからだ"


「なんつーか、……負けてらんねェよな」
「!…そうだね」


俺は大切な妻が悩んでたってこういう肝心な時に限って口が回らねェし上手く気分転換もさせてやれねェ。率直な気持ちを真っ直ぐ話すことしか出来ねェ俺に笑いながら頷く莉子の手を握れば小さな手が、またご飯に誘いに行こうよ、と俺の手を握り返した。


「………」
「よ!」


そんなことを話したのがキャンプもあと数週間って頃。強襲とも言っていいコイツの来訪に愕然とする俺に目の前の男がニィッと口角を上げて笑う。


「まったくさぁー!こっち来たら連絡してって言ったじゃん!!あ、お茶ありがと!」
「いえいえ」
「こらこら…いきなり来てくつろぎ過ぎだろ…」
「なかなか良い家じゃん」
「どーも!」


つーか…。


「いきなりなんだよ?鳴」


莉子に出してもらった茶を飲む鳴は、んー?と他人事のように返してからにんまり笑う。席を外そうとする莉子に、いいよ、と言う鳴の意図が分からず顔を見合わせる俺と莉子は鳴の訪問に心当たりなどなく互いに答えを得られず結局2人でまた鳴に顔を向けた。


「マネージャーはどうしたんだよ?いきなりこうして来んのを許しそうもねェだろ、アイツは」
「まぁ"知ってたら"ね」
「!」


こ、んの野郎…!
ひくりと口の端が痙攣する俺にソファーに深く寄りかかり態度が横柄すぎんだろ!!
知ってたら?つまり陽菜はお前がここに来ることを知らないってことで、俺と莉子はまんまと片棒を担がされたってわけだ。

ふふーん、とどうする?と言わんばかりの鳴に溜息をつき、話せよ、と促す。キャンプで行われる試合で鳴の活躍も聞かれるようになってきた最近。前話した時より表情も明るくなった鳴が今ここで陽菜に言わずに俺たちのところに来た意味が俺にとって大事なような気がした。

さっすが!と満足そうに笑う鳴がもたれていたソファーから身体を起こし目を細める。
相変わらず…明と暗の切り替わりが激しい奴。ったく、莉子が息呑んでんじゃねェか。


「一也たちに借りたいものがあるんだよね」


そう言った鳴の目に、よく青が似合う、と周りに鳴の傍が相応しいと認められた陽菜を思い出し目を細めた。
陽菜には、穏やかな恋をしてほしかった。
ちょっと頼りなくても多少の経済力があって優しい奴と温かくて普通の幸せを送っていてほしいと会えなかった8年間にぼんやり思ってた。もしかしたら子供もいるかもしれねェな、なんてな。けど再会してみりゃまさか鳴と喧嘩しながらも誰にも入り込めないほどの信頼を築き想い合ってるなんざ誰に想像できたか。

願うことがただ1つの、陽菜の幸せであるなら俺ができる事は今頷くことだけだ。




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