この温かさは僕らだけのもの


「成宮、冷たくねェか?」
「はあ?なにいきなり」


シャワー室で一緒になったかと思いきやそんな風にコイツからいきなり言われる心当たりもない俺がタオルで髪の毛拭きながら眉根を寄せる先で二塁手のロイが同じように釈然としなさそうな顔で言葉を続ける。


「陽菜だよ」
「陽菜がなに?」
「SNSとかで騒がれてんの知ってんだろ?」
「あぁ、あれね。それが?」
「それが?って…お前な…」
「陽菜だって俺が何かするの、望んじゃいない」
「そんなもんか…?」
「でしょ」


お先ー、と着替えてシャワー室を出ようとする俺を、そうだ、と引き止めるように言葉を続けたロイに、んー?と振り返る。


「陽菜に礼を言っといてくれ」
「礼?」
「俺に就いてる馬鹿広報に何やら助言してくれたらしい」
「馬鹿広報…あぁ、ジャンだっけ?あのクソガキ」
「そう、アイツどうしようもねェけど陽菜の言われた言葉に考えるとこがあったみたいでな。ちょっとずつ変わってきてる。仕事がやりやすくなった」
「ふうん…分かった。忘れなかったら伝えとく」
「オイ!ちゃんと伝えろよ!!」


そう言ってもここ最近まともに会話もしてねェよ、俺たち。

呆れたように笑いながら追いかけてくるロイの声を無視してホテルの部屋に向かう。結婚してる選手とか、そうじゃなくても近くに家を一軒借り上げてキャンプに来る選手もいるけど俺はそっちの手間が面倒だからトレーナーの中嶋さんもいるし食事面のサポートがあるから別にホテルでいい。
そう言った時に陽菜が少し寂しそうな顔をしたこと、気付かなかったわけじゃない。
…思えば我慢ばっかさせてる、陽菜には。
あの時も…あの時も、と思い返せば当たる節はたくさんある。俺との正式な結婚発表で心無い中傷をされて多分…いや絶対に傷付いてる。
けど俺たちは夫婦であるけど選手とマネージャーであって、立ち止まることが許されない。俺は俺で。陽菜は陽菜でたくさんの仕事をこなしながら過ごす日々のルーティンの中になかなか2人で過ごす時間が持てない。苛々するし、触りたいし、陽菜を腕の中で精一杯甘やかしたい。


「鳴?どこ行くの?」
「!」


あ…やべ。考え事しながらズンズンと歩いてたら自分の部屋とっくに通り過ぎてたじゃん。

ポカンとする陽菜を振り返れば目を丸くしてからクスクス笑って、迷子ですかー?なんてにやりと口角上げて憎まれ口を叩いてくる。可愛くねェのに可愛い。あー…くそ、絶対に陽菜不足!!


「迷子じゃねェし!ちょっと考え事してただけだし!!」
「やめなよ…熱出るよ」
「俺をなんだと思ってんだ馬鹿陽菜!!」 
「鳴は鳴でしょ?」
「あっそ!!陽菜が俺をガキみてーに思ってんのがよく分かった!」
「今更?」
「はあ!?」


分かるよ。こうやってガキみたいに言い合ってないと想いが溢れて欲しくて堪らなくなるからあえてそうするんだよな。俺もそう。言葉の切れ目に不意に優しく目を細め愛おしそうに笑う陽菜がすぐに、じゃあ、と俺の隣にとってる部屋に入ろうとすんのを手を掴まえて引き止める。ハッと息を呑む陽菜が俺を見つめて嬉しそうにするから何かと思えば自分のするネックレスのチェーンを指に掛けて見せる陽菜。あぁ、そういうこと?俺が陽菜のくれたネックレスをつけてるから嬉しそうにしてんの?っ……やっぱ同じ部屋にすれば良かったかも。いや絶対に寝不足になるけど。


「ちゃんと寝れてんの?」
「うん。鳴は?」
「俺はバッチリ」
「嘘ばっかり」
「へ?……っ!」
「目の下にくま。……ちょっと待ってて」


俺の目元に触れて眉を下げ、すぐだから、と俺の手をやんわり解いて自分の部屋に入った陽菜は本当にすぐ戻ってきてハンカチと小さな瓶を、はい、と俺に渡した。


「なに?」
「ラベンダー。煩わしくなければハンカチにオイルをちょっと染み込ませて枕元に置いて寝てみて」
「へぇー!ありがと!そういえば昨日ファンの子からも同じようなもの貰った」
「!…そっか。どっちを使ってもいいから。どうしても眠れない時は呼んでね。中嶋さんに相談することもできるし」
「まぁその時は俺から中嶋さんに話すから陽菜も気にしないでちゃんと休みなよ。今日も移動長くて疲れてんでしょ?」
「うん…ありがとう、鳴」


おやすみなさいとまた部屋に入ろうとする陽菜の手をまた掴まえてそのまま引いて触れるだけのキスをする。ふわりと感じた陽菜の香りに胸がいっぱいになってそのまま抱き締めたけど陽菜が…どうしてか分かんないけど笑っていても辛そうだからしばらくそのまま離してやれず、その顔が瞼の裏に焼き付いて悶々と考えてしまえば当然入眠効果があるというラベンダーが役に立つわけもなかった。


「それは鳴が悪い」
「へ!?なんで!?」
「よく考えれば分かることだろ?」


はあぁ、とでっかい溜息つくほど!?
翌日。トレーニング前のストレッチを入念にする俺の後ろに立つ中嶋さんの溜息に顔を上げれば声に感じる以上の呆れ顔が俺を見下ろしていて、妙に圧が強い…。ていうか俺が中嶋さんに何かを話す時、俺が悪くないことってねェじゃん。あ、そういえばロイからの伝言忘れた。


「陽菜は今、相当苦しいぞ」
「分かっ…」
「いや多分鳴は分かってない」
「はあ?」
「ただ、これに関しては鳴が悪いわけでも陽菜が悪いわけでもないし陽菜が自分でなんとかしなきゃならない問題だ」
「じゃあ大丈夫だね」
「お前な…」
「陽菜が大丈夫じゃなかったことなんてない」
「…鳴。大丈夫は傷ついて来なかった証明じゃないし、信頼も優しさとは違う」
「!」
「確かに陽菜は鳴の専属マネージャーだが、1人の女の子だ。陽菜がそれを受け入れようとしなくても、鳴こそはちゃんと分かっててやれ」
「…分かってる」
「よし!話は終いだ!やるぞ」


中嶋さんがトレーニング前に手をパンッ!と叩くのはルーティンの一種で、それは精神的にスイッチを入れるためなんだって前に話していたことがある。俺も無意識に陽菜から貰ったネックレスを触れることが多くなって、そうなりつつある気がする。意識的に無意識を作りそれが当たり前に出来るようになるように。
目を伏せて思い出すのはいつだって俺の瞳を真っ直ぐ見つめてふわりと笑い綺麗だと言ってくれる陽菜のことだ。かと言って気が緩むわけじゃなくそんな存在は陽菜しかいない。
よし、と呟き目を上げると、いい顔だ、と中嶋さんがニッと笑い言った。

キャンプ地にファンが来てくれるのは日本もこっちも同じ。今日合流したカイルとファンに対応していれば足元を走り過ぎる小さな姿を、お?と追いかける。あれって確か…


「ダンの息子だな」
「だね。元気いっぱいじゃん!」


振り返り見ていればダンを探して走り回ってる小さな姿。んー…ダン、は。確か俺の後から出てきたはずだからその辺にいると思うけど見回してもチームでもっとも長身の姿は見えない。人も多いし迷子になんなきゃいいけど、と思うと昨日のことを思い出して陽菜の姿も探していればすぐに横にいるカイルが、このあと合流する、と鋭く指摘してくんの怖っ!なんで分かるかな…。


「鳴!サインお願い!」
「あ、ハイハーイ!どっから来てくれたの?」


これにお願いと渡されたキャップにサインをしながらファンと話していた時だった。

後ろから悲鳴のような声が上がって、俺の前にいたファンが口を手で覆い時が止まったみたいに固まっていて目を見開き俺も振り返る。それと同時に俺の隣にいたカイルが走り出した先には小さな人だかりが出来ていてそこを中心に喧騒が広がりまた人が集まるのをカイルが残した風を感じながら見る。なんだ…? 

悲鳴や喧騒は不穏な空気を広げて緊張が辺りに走ってる。俺もファンにキャップを渡して近付きながら心臓が嫌な音を立てるのをなんとか抑え込んで奥歯を噛み締める。


「大丈夫か!?」
「だい、じょう…ぶ…だからっ」
「どこに当たった!?」
「カイル、落ち着いて…」


は……?
道理で俺が近付くたびに人だかりが道を開けるわけだと、俺は何を冷静に考えてるんだろう。これで最後だと言わんばかりにどくりと大きく跳ね上がった心臓の音が馬鹿みたいに速く耳の奥で鼓膜を揺らしてグラグラと目の前の光景が揺れる。

カイルが抱き支える陽菜。その横にはダンの息子が今にも泣き出しそうな顔で座り込んでいて、ボールも転がってる。
なんだよ…どういうことだよ。カイル、今"どこに当たった"って言った?普段、機械かってぐらい冷静なカイルが取り乱してるのを見て余計に頭の中がぐちゃぐちゃになってどうにもできない。グッと無意識に握ったネックレスのチェーンの冷たさに止めていた呼吸をようやく思い出して吸い込むと同時にやっと足が動く。


「ッ……陽菜!!」
「!っ…鳴…ダンの子供を」
「な…!」
「大丈夫だから」
「!」
「鳴」


大丈夫は、傷付いていない証明じゃない。
けど…っこれを無視したら陽菜はもっと傷付く。何があったかは大体の想像がついて心臓が痛い。震える手でダンの子供を抱き上げてやって、大丈夫だぞ!と笑いかけてやっても視界の端で陽菜がふわりと嬉しそうに微笑むのが分かって俺は泣きそうだ。唇は震えるしダンの子が安心したように泣き出したのを抱き締めてやりながら奥歯を噛み締めていれば人混みを掻き分けてダンとその奥さんが走り向かってくるのを手を上げてここだと合図する。


「カイル、当たったのは背中だから平気。それほど強くもない」


それよりも、と陽菜はカイルに止められながらもボールを手にしてそれに書いてあるサインを確認してから立ち上がり俺を通り過ぎて人だかりの先頭にいた蒼白な顔をする少年たちにそれを渡す。


「お願いだから、ボールをこんな場所で投げ合ったりしないで。選手の名前が入ったボールで誰かを傷つけることを私たちは許せない」


その陽菜の言葉を聞いた周りのファンたちは感嘆を漏らして拍手を送った。少年たちが深く頭を下げて謝るのを、いいよ!と笑って許してやるのを聞きながら俯いていればダンの子供の小さな手が俺の頬に当てられてハッと顔を上げる。


「泣かないで」
「ッ…バーカ!エースは泣かねェの!…お前はどこも痛くねェの?」
「うん。お姉ちゃんがギュッとして守ってくれた…」
「ッ…そっか!良かったな!」
「うん!」
「成宮すまん!!」
「いいよ!陽菜も多分そう言うよ」
「なんてお礼を言ったらいいのか…」
「気にしないであげんのが1番いいんじゃない?」


ダンに子供を渡してニッと笑ったつもりだけど、上手く笑えたかどうかは微妙。奥さんは安心してまた泣き出した子供をダンと抱き締めてから陽菜に何度もお礼を言った。陽菜がなんともないと明るく笑うから殺伐としていた空気はいつしかなくなって、人だかりも安心したように散ってすっかり元通りの空気。


「……カイル」
「なんだ?」
「この後の取材、全部キャンセルで」
「任せろ」
「!……へぇ、意外。絶対に駄目かと思った」
「忘れてるかもしれないが何より選手を大切にしろと陽菜に教えたのは俺だ」
「なるほど…それなら納得」


じゃあ遠慮なく。


「陽菜!!」
「わ!!な、なに?鳴。大きな声で呼ばれるとびっくりする…」
「行くよ」
「え、なに…え!?この後取材が…」
「キャンセルした」
「は!?な、カイル!?」


カイルに助け舟出したって無駄だし。
驚き動揺する陽菜にカイルは肩を竦め、俺はそんな陽菜を振り返らず握った手を引いてある場所へ向かう。
すれ違うファンたちと握手したり陽菜も讃えられたり握手を求められるのを対応しながらファンが立ち入れないトレーニング施設内に入ると陽菜が小さく俺を、確かめるように呼んだ。


「鳴?」
「………」
「鳴ってば」
「…なに?」
「ありがとう。私の希望を叶えてくれて」
「!ッ…痛くねェの?」
「…痛い」
「!」
「鳴、痛い…」
「ッ……」


そりゃそうだよ。硬式のボールがどんなに緩く当たったって、あんな風に倒れ込むほどの衝撃だったのなら尚更痛くないわけがない。
ただ、痛い、と正直に答えられるとは思わず目を見開き振り返れば今にも泣きそうな顔をする陽菜を抱き締めないわけがない。

ボールが当たったという背中には触れず、腰を抱き寄せて陽菜の肩口に顔を埋める。……ちゃんと温かい。当たり前のことにすげェ安堵して足から力が抜けて陽菜と一緒にその場に座り込んだ。


「心臓3回ぐらい止まった!」
「ごめんね」
「そんなんで許せるわけねェ」
「ごめんてば」
「けど、めちゃくちゃカッコ良かった」
「!…ありがとう」


俺が強く抱き締めない分、陽菜が俺の首に手を回して強く抱き締めてきてまた泣きそうになる。やんわりと陽菜の身体を離して額や頬、瞼の上にキスをして最後に唇にキスをする。いつの間にか流れて頬に作っていた涙の跡に手を当てて、医務室行くよ、と言えば、もう少しだけ、と陽菜がキスを強請るから込み上げた色々なものが優しく身体に広がって多分少しだけじゃ済まなそうだと感じながら柔らかい唇を喰み舐めて、また合わせて噛み付いてを繰り返してキスに溺れた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -