東京の電車はまだ慣れねェし、改札は左利きには優しくねーし。あたふたしながら陽菜先輩に付き添われて俺は御幸先輩の自宅へ向かう
。途中、陽菜先輩が店に入り何かを買うのを待ってまた向かい歩く行き先は俺が見たことのない景色で、へー!、とキョロキョロ辺りを見回し歩く。そんな俺を見てくすり笑う陽菜先輩は寒さでずっとマフラーに顔が埋まってる。


「栄純、東京はまだ観光してないの?」
「そんな暇、なかなかないもんで」
「暇ならあるんだろうけど、その暇に栄純は野球を詰め込んでるからね」
「陽菜先輩は東京なんすよね?」
「うん」
「御幸先輩とは学校違うんすか?」
「東京はたーくさん学校あるからね」
「俺の中学なんて廃校なんすけどねー。コンクリートジャングルの東京の学校はやっぱり冷暖房日完備なんすか!?」
「あはは!コンクリートジャングル!そうだね、あるある。学校にもよると思うけど私の中学はあったよ」
「陽菜先輩の中学生姿か」
「ん?」
「セーラーっすか?それともブレザー?」
「制服?うちはセーラー。栄純は?」
「うちは学ランっす!!」
「似合いそう」


今度写真見せてね、と言う陽菜先輩はマフラーに顔を埋めてるから分かりづらいけど確かにふわりと笑った。こういうとこが年上ということを実感させる。
今こうして一緒に歩いていても、いつかはこの人は先に卒業してこうすることもなくなるんだよな…クリス先輩や結城先輩たちみてーに。遠いようで、きっと近い。俺はまだまだ足りないことだらけだけど、その足りないことを身につけた頃にこの人はいんのかな?
新年早々、しかも三が日。寒い外を後輩のために嫌な顔1つせずに一緒に歩いてくれる優しい陽菜先輩にグッと胸に込み上げてくる。地元を離れた寂しさや押し込めてる不安みてーなもんが。


「陽菜先輩!!」
「!び、びっくりした。なに?」
「見ててくだせーよ!!」
「!」
「今年、俺はさらなる進化をしやす!!」


そしてエースとしてマウンドに。
心に秘めた決意を足を止め陽菜先輩に宣言すれば少し先で足を止めた先輩は驚き見開いていた目を眩しそうに細めてから、おう!、と俺に拳を向けた。


「はっはっはー!お前はどこにいても分かるな!」
「み、御幸先輩!どうしてここに!?」
「そりゃお前らを出迎えに。うち、分かりづれェし」
「御幸、お疲れ」
「おー、お前も。悪いな」
「いいよ。たまたま会えて良かった。あ、これ。お父さんと一緒に食べて」
「…ポテトじゃねーだろうな」
「よし、御幸にはポテトだけ。お父さんにはこれ。新年早々迷惑かけちゃうし」
「こらこら。悪いな」


あ…さっき買ってたのは御幸先輩の家への手土産だったのか。…俺が考えなきゃなんねーのに…。

陽菜先輩から、甘くないから御幸も大丈夫だよ、と紙袋を受け取るトレーニングウェア姿の御幸先輩が、マジ?、と中身を覗く2人に駆け寄り、あの!と声を掛ける。


「俺が金出しやす!」


不甲斐ない…!爺ちゃんが聞いたら往復ビンタもんだ!
ギッと譲れぬ想いで見つめる俺の前で顔を見合わせる2人はどちらからともなくくたりと笑い、陽菜先輩は首を横に振る。


「先輩に任せなさい!」
「で、でも…!」
「後輩でいられるのはこの年だけだよ、栄純」
「!」
「今は精一杯甘えたらいいんだよ。ね、御幸」
「俺には甘えんなよ。あと限度ってもんがあるからな!」
「と、頼りになるキャプテンが言ってるんだから問題なし!」
「俺の話聞いてた?」
「さ、行きなよ。私も帰るね」
「送るか?」
「平気。じゃ、また練習でね」


バイバイ、と手を振り潔く背中を向ける陽菜先輩かっけェー!!結城先輩バリの男気だ!!

ジーン、と感動する俺が、男らしいッスね!と御幸先輩に投げかければ、男じゃねーだろ、と返しながらもその目は来た道を戻る陽菜先輩のとこへ。


「キャップ?どうし…」
「沢村、陽菜とどこで会った?」
「へ?あー…青心寮の前の土手っすけど…」


あれ、そういや…なんであんなとこに?
首を捻るも俺には答えが出てこない。一方の御幸先輩は紙袋に一緒に入ってたポテトを食って顔を顰めてから、持ってろ、と俺に紙袋を預けて走り陽菜先輩を追いかけた。
おー!!こ、これが青春か!?あの2人、仲が良いようには見えてたけどまさか付き合ってんのか!?お、大人だ…!!

お…御幸先輩が呼び止めてる。なんか話してるけど聞こえねー!キャップは余計なことばっか言うし今も陽菜先輩にひでーこと言ってんじゃねーだろうか!?ぬおー!近くに行ってもいいのか!?いいのかコレ!!

あ、戻ってきた。


「ふ、振られたんスか!」
「はあ?」
「だって追い掛けてったのにあっさりと戻ってくるから」


なんの話しを!?と聞いても御幸先輩は頭を掻き乱して、はぁ、と溜息をつくだけ。傷心か…?

ジッと御幸先輩を伺うも、うるせー行くぞ、と歩き出してしまうキャップ。喋ってませんが!?と抗議虚しく結局その日2人が何を話したか分からず、不肖沢村、御幸先輩の家に1日お世話になり事なきを得たわけだが。


「そういや、御幸先輩と陽菜先輩って付き合ってたんスか?」
「……は?」


もうあれから何年も経って、大人になった俺はポテトを摘みながら今なら聞けるだろうと飯を一緒に食いに来た御幸先輩にあの日の疑問を投げかけてみる。あ、このポテトはしょっぱくねェ。御幸先輩も俺も野球選手。もうああいうファーストフード店に入ることがなかなかないと思うとポテトをジッと見つめ、あぁ、と思い出した様子の御幸先輩を前にもの悲しいような気がした。


「あの時か」
「そう!あの御幸先輩が振られたあの時!」
「お前が寮に入れなくて半ベソかいて陽菜に助けられた日な」
「泣いてやせん!!」
「懐かしいこと覚えてんのな、お前」


そう言って眉根を寄せた御幸先輩はポテトを手になんとも言えねェ顔をする。掴み所のねェ陽菜先輩が黙って外国へ行っちまったという衝撃はしっかり覚えてる。何回だって言う機会があったはずなのに、グッと押し込めた様子もなく本当に楽しそうに笑ってたあの人は。本当にあそこが好きだったから、さよならの一言も言えなかったんだ多分。


「あの日な、陽菜は熱が出て病院に行く途中でお前に会ったらしいぜ」
「え、熱…?はあ!?」
「そうなるよな。ったく、意地っ張り過ぎんだろ。お前にゃ黙ってろってよ」
「でも全然そんな様子は……あ」
「ん?」
「握った手が熱かったのはそのせいかー!!」
「なにしてんだ馬鹿!」
「へ?だって別に陽菜先輩は女の子ってより先輩だし!」
「お前ね…」
「いやー!そうだったんですか!てっきり俺に手を握られたから恥ずかしくて熱くなっちまっったのかと!」
「陽菜がそんな玉だと思うか?お前」
「いやまったく」
「だろ。ま、本人が聞いてたらグーパン飛んできそうだけどな」
「俺は殴られやしたけど」
「すでにやらかしてたのかよ」


はっはっは!と御幸先輩が当時のように楽しそうに笑うのを見てやっぱり付き合ってたんじゃねーかな、と目が輝くのが自分でも分かる。当時聞くにはデリケートな話しだったけど、今なら御幸先輩は彼女さんとも順調だと聞いたし許されるような気がする!!

それにしても熱。具合悪かったのか…。思い返せば、正しく思い出せてる自信はねェけど。あの日の先輩は手が熱かったし、マフラーからずっと顔を出さなかった。ポテトがしょっぺーのに…あ!


「もしかしてポテト!」
「あーそうそう。あのすげーしょっぱいやつな」
「そう!あれ!あれを薄いだなんて言った!!」
「俺もあれ食って確信したんだよな。顔見た時から覇気がねーとは思ってたけど。風邪の時って味覚可笑しくなるだろ」
「なるほど…」


まったく、と溜息をつきながらポテトを食った御幸先輩が苦笑いしながらが酒を呑む。
陽菜先輩、今なにしてんすか。俺たち、もう酒が飲める歳になったんすよ!なんて心の中で投げ掛けたところで虚しい。


「俺と陽菜が付き合ってるように見えた?」
「あ、はい。多分そう思ってんのは俺だけじゃないかと」 
「ふうん。だとしたらまだまだだな」
「んな…!この前俺の渾身のストレートをホームランした時と同じ言葉…!」
「よく考えてみ?風邪で具合悪い陽菜が頼りもしねー男と付き合ってるわけねーだろうが」
「ああなるほど!!御幸先輩は頼られる男に値しないと!!」
「はっはっはー!ここ、お前の奢りな」
「ぬあ!!後輩に奢らせる気か…!陽菜先輩とは大違いだ!!」


ぐぬぬ、と唸る俺と、腹痛てー!、と腹を抱えて笑う御幸先輩。個室ではあるが外からは大いに盛り上がって聞こえるだろうこの部屋にもう1人、今日来るはずなんだけど。


「わり、遅くなった」
「て、わけで。頼れる男の登場だ」 
「へ?……え!?もっち先輩が!?」
「あぁ?」


相変わらず凄むとすげー迫力だ!!
この人も野球選手として毎季トリプルスリーに迫る好成績を残すモッチーター公式になった倉持洋一先輩!つい最近、成宮マジぶっ殺す、とかって物騒なこと言うから何があったのかと聞けばバッティングについて上から目線でアドバイスされたとか。あの人は上からが地についてるんすよ、とアッサリ言っちまった俺が悪いのか!?スパーリング受けたんだけど!!


「なんの話だよ?」
「倉持先輩が陽菜先輩の頼れる男って話です!!」
「はあ?」


陽菜?と小さく呼ぶ倉持先輩は座りながら御幸先輩に、説明しろや、と低く唸るから仕方がないとばかりに肩を竦めてさっきまでの話しを要約して話すのを眺めながらまたポテトを食う。
するってーと、なんだ?あの後倉持先輩に陽菜先輩がSOSを出したっつーことなのか?俺、そんな話し同室だけど聞いてねーけど。
語られるよりもあえて語られねー方が信憑性が増すよな…。

ジト、と見据える倉持先輩は、あ?と俺を睨むが怖くはない!成宮さんの上から目線が地なら、倉持先輩のこれがこの人の地だからな!


「んなことより沢村ァ、お前この間後輩に奢られたって本当かよ?」
「はあ!?なんでアンタがそれを…!」
「ヒャハハッ!マジかよ!春市に聞いたんだよ」
「お前な…後輩にまで迷惑かけんなよ」
「コイツ、電子決済で意気揚々と後輩に奢ろうとしてたらそのスマホが電源切れてたんだってよ」 
「ちゃんとあの後返しやしたよ!!」
「はっはっは!お前っ、本当変わらねー!!」
「そんなことありやせん!!沢村栄純、日々進化してやす!!」


俺がどんなに馬鹿だと言われようと、倉持先輩が話題を逸したのは分かった。楽しく話しながら宴もたけなわ、明日のことを考え早々に解散した俺が1人帰り道に思うこととすれば。


「後輩はいつまでも後輩だ」


寂しいような、もどかしいような…そんなことを酔いを冷ましながら歩く夜道を空を仰ぎながら頭に手を当てた。
いつかまた会えたら、あの人頭撫でてくんじゃねーかな。



追い越せないもの
「春市ー!!ここで会ったが100年目!!」
「早々にうるさい」
「もっち先輩に話したろ!!」
「なにを…あぁ、後輩に奢られたあのこと?」
「そうだ!おかげで俺の信用はガタ落ちだぞ!」
「元から落ちるほどないんじゃ…」 
「なんだって!?」
「なんでもない。で?いきなり訪ねてきてどうしたの?」
「へ!?あー…いやほら!!友と語らたいたい夜!…みたいな!?」
「………」
「御幸先輩と倉持先輩と話してたら春市にも会いたくなっちまった的な!!」 
「………」
「くっ…!鍵を落としたから一晩泊めてつかあーさい!!」
「はあ!?」


ー了ー
2020/09/05

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