親や爺ちゃん、地元の友達の側を離れるなんて考えたこともなかったから自分が普段していた生活のすべてをやろうとすると分からねェことばっかだった。
洗濯機の回し方や干し方、俺が好きな飲み物が当たり前のように冷蔵庫にあったこと。制服のボタンが取れちまった時や服についたシミ抜き。全部全部、俺…知らなかった。母ちゃんは何も言わなかったからそれが当たり前で、今は当たり前じゃない。
青道高校野球部青心寮。
野球部の大半が入寮し、いわゆる野球留学をし西東京という強豪ひしめく激戦区で、全国制覇を目指し自分の弱さを知り高める毎日。
もう入寮して1年経つってのに、年末の一斉帰省から戻ってくるとなぁ…少し…。いや、寂しいってわけじゃねーけど!!寒さが身に沁みる。長野の方がここより寒いはずなのに。

はぁ…と吐く息が白い靄を作る1月3日。
明日から練習開始だから早々にここに戻ってきた俺は只今絶望の真っ只中だ。やっちまった…!


「栄純?」
「!」
「あ、やっぱりそうだ。明けましておめでとう。今年もよろし…」
「う…!陽菜先輩!助けてくだせェー!!」
「はい!?」


このお人は女神か!?
土手に座り込む俺を上から見下ろしにこりと笑う1年上のマネ先輩、三森陽菜さんに希望の後光がさして見える!!

バッと立ち上がり唖然とする陽菜先輩の手袋をする両手をギュッと握る。おー!あったけー!!


「離しなさいっての」 
「いでっ!」
「女の子の手を不躾に握らない!」 
「なんと!確かにそれは失礼しやした!!なんせ陽菜先輩が女の子に見えたことがなくて!だーっはっはっは!!」
「はあ!?なんて!?殴るよ!?」
「いてェ!!もう殴ってんだろ!?」
「タメ口!!」
「あだっ!ボカスカ殴らねーでくだせェよ!!馬鹿になる!!」
「確かに…これ以上はまずいね…」
「ちょっと待てー!これ以上ってなんだ、これ以上って!!」


ふむ、と納得すんなー!よしよし、と今更頭を撫でたってごまかされねェぞ!!

ケラケラと笑うどうにも掴み所のねェ陽菜先輩にギリギリと歯を鳴らしてる場合じゃねェ。


「陽菜先輩!」
「なに?」
「俺と一夜を共にしてくだせェ!!」
「………」
「いでっ!なんで無言で叩いたんスか!?」
「頭から外れたネジ、落ちてくるかと思って」
「なんだとー!?」
「で?本当にどうしたの?」


近所迷惑だよ、と呆れたように眉を下げて笑う陽菜先輩は、おいで、と少し歩いてから俺を振り返り寒さで少し鼻が赤くなった顔でニカッと笑った。
1個上がこんなに大人っぽく見えるんだなと、陽菜先輩と接してるとよく思う。別に顔立ちがすげー大人っぽいだとか身体付きがグラマラスだとかそういうんじゃねーのに隙がねェこの先輩に後輩として優しく扱われると胸の内がくすぐったくなる。ムズムズする心の内に気付かねェふりをして、あいあいさー!と声を上げて小走りすればすぐに先輩に追い付いた。俺より背が小さく華奢で柔らかそうな、女の子だけど年上な陽菜先輩にニッと笑えば目を丸くしてから先輩も笑い返してくれた。


「え?鍵?」
「へい…沢村栄純、一生の不覚…!時代が時代なら腹をカッ捌いてやした!」
「それは生まれた時代に感謝だね」


それにしても、とうーんと唸る陽菜先輩と入ったファーストフード店。まだ三が日っつーこともあって店内で飲食する姿はまばらだ。あはは…、と頭を掻いて笑ってみるも笑い事じゃねーのは自分でも分かる。注文したポテトを口に入れるといつもよりしょっぱく感じんのは味付けだけの問題じゃねーかも…。


「青心寮の5号室の鍵は倉持が持ってて?しかもお風呂と食事も明日からって忘れてて長野から戻ってきてしまった、と」
「状況整理アザッス!!」
「困ったね…。あ、倉持に連絡した?」
「実は…」
「ん?」
「携帯を家に忘れてきちまいやして…」
「あらら」
「で、さっきの茫然自失ってわけです」
「んーと、倉持に連絡してあげよっか?」
「それだけはご勘弁を!!」


パンッと目の前で手を合わせると、静かに!と周りの視線を気にしながら先輩が、シィー!と口に指を当てる。いやいや!それどころじゃねーんですよマジで!!

俺のポテトを、ちょーだい、と口に入れる陽菜先輩はもそもそとそれを食べながら首を傾げる。


「あの暴力プロレス技野郎にこんな事バレたら…!それこそスパーリングのフルコース&一週間は馬鹿にされて、さらにパシられる!!」
「それ、いつもじゃん」
「……へ?」
「ポテト、塩味足りなくない?」
「え、そっすか?俺にはしょっぱいッスけど」
「あれ?本当?」


食べたところかな?と言いながら陽菜先輩がスマホを取り出すけどそうはいくか!!


「やらせん!!」
「わ!!な、なに?」
「もっち先輩に連絡するんでしょ!?」
「違うけど。あーもう!手!!」
「あ…すいやせん」
「栄純が私を女の子として見てないのはよく分かったよ」


まったく、と溜息を付きながらそれでもスマホを操作して耳に当てる陽菜先輩を前に、そんなことねェけど、と口を尖らせる。女の子でしょうよ、そりゃ。ああやって手を握ればちっせーし、柔らけーし。俺より体温が高くて……ん?高すぎねーか?


「あ、もしもし。三が日にごめん。…うん、あけおめ。今大丈夫?」


に、してもこの状況でもっち先輩じゃねーんならどこに連絡を?
目を細めジッと見つめてれば陽菜先輩はそれに気付き、ぷはっ!と眉を下げて噴き出し笑い俺に向けて手を出す。
なんだ?と首を傾げればゆっくり左右に動いた先輩の手にある可能性を連想して、まさか、と思いながら頭を差し出せばやっぱりだ。ゆっくり頭を撫でられる。……女の子どうこう言うけど、先輩だって俺を男には見てねーんだからおあいこだろコレ。とは言っても心地が良いんだから目を細め笑う陽菜先輩の前で一先ずは俯き受け入れとくとしよう。


「じゃあよろしくね。そっちに行くよ」
「あのー…陽菜先輩?一体誰とお話を…?」


まさか片岡監督!?…な、わけないよな話しぶりからして。
そろりと顔を上げると陽菜先輩がニッと悪戯っぽく笑いながら、待って、と電話の向こうにいる人に言って俺にスマホを渡す。やばい。すっげー嫌な予感が…!この顔、アイツにそっくりだ!!


「お、お電話代わりやした」
《よぉ、馬鹿!!》
「こ…この声は…!!」


確かに俺はもっち先輩に連絡しないでほしいと言った。けどコイツも最悪だ!!
青道野球部扇の要にして4番キャプテン、性悪イケメン野郎!!


「御幸一也!!」


ハッとして陽菜先輩を見れば先輩は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。くそ…!ブラックコーヒーとか大人か!!
電話口で、うるせェよ!!、と御幸先輩が唸る。


《ったく…!とにかく陽菜に家の住所送ったからここまで来い!!》
「え?俺、分かりやせんよ」
《はあ?携帯で調べながら来れんだろ?》
「栄純、携帯家に置いてきたんだってー!」
「あ!陽菜先輩、言わないでくだせーよ!!」
《馬鹿すぎてなんも言えねェ…!》
「私が一緒に行くよ」


呆れる溜息をつく御幸先輩に、だそうです!、と言えば、先輩に迷惑かけんな、とか、俺も先輩だぞ、とか色々言ってたけど俺の頭の中はあることでいっぱいだった。
御幸先輩ってことは!球捕ってもらえんじゃん!!降谷も今ならいねーし、チャンスだ!!


「すぐに行くんで!!逃げねーでくだせーよ!キャップ!!」
《逃げてェ…》
「さあ!!行きやしょうか!陽菜先輩!!」
《お前がえばるな!!》
「コーヒー飲んだらね」
「ポテトも食いやしょう!!この味の濃いポテト!」
「薄いでしょ」
「いやいや濃いですよ」
「えー。よし、このポテト、御幸にお土産にして判定してもらお」
《いや、いらねェから》
「なるほど!その手がありやしたね!!そうしやしょう!すみませーん!持ち帰りの袋くだせェ!!」
《聞けよ!!》



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