「え?陽菜が専属就き?」
「そう。しかも日本人だから通訳も兼ねてるらしい」
「あぁ…あの日本人…」


確か成宮鳴。日本で大人気の日本球界エースピッチャー。ネットのニュースではかなりのプレイボーイだという記事もある。髪の毛の色、目の色も日本人離れしていてかなりカッコ良いあの成宮鳴。
球団の二塁手、ロイを隣に酒をひと飲みしたリンは、アンディーから外れるんだ?、と続ける。


「だな。アンディーはかなり寂しがってるみてェだけどカイルの決めたことじゃしょうがねェな」
「アンディーが?」


ふうん…アンディーって普段から飄々として本心が掴みにくい。ホイホイと調子の良いことばっかり言うし私に会うたびに、また綺麗になったな、なんて言うわりに2人きりで飲んだことは1度だってない。いつも断られる。そのアンディーが陽菜が外れることを寂しく思うほど信頼を寄せたのが気に入らない。大抵誘えば隣で、アンディーらしくねェよな!と笑うロイのようにデートしてくれるのに。


「陽菜って可愛い?」
「はー?なんだよ、いきなり」
「異性から見たらどうなのかな?って。私は可愛いと思うよ」


いつも必死でバカみたいで。
心の中でそう続けたリンがにこりと笑うとロイはリンの頬に指を当てて、んー?と目を細める。


「リンの方がどう見ても可愛いな」
「そんなことないよ」


ふわりと笑うリンにロイが顔を寄せて受け入れるように目を瞑れば唇が合わさった感覚と同時に強い酒の匂いが鼻腔に抜けた。今日はこのままロイのところに泊まるかな、と頭の中で考えるリンは1度離れた唇をもっとと強請るように追い掛けて今度は自分からロイにキスをした。


「営業部のリンです」
「成宮鳴。よろしく」


へぇー…実物は思っていた以上にカッコ良い…。

リンが成宮と対面したのは成宮の歓迎会だとチームの最年長であるルイスが開いたその会でのこと。
まだ幼ささえ感じるほど無邪気にニッと笑い握手をする端正な顔立ちの成宮にリンもふわりと笑いかければ、あーぁ、と急にムスッと顔を曇らせるものだからリンは目を丸くする。離れた大きな手は骨ばっていて固く、もう1度触れたくなるような色気があって心臓が跳ねる。


「俺の専属の子も君みたいに可愛かったら良かったのに!」
「!えっと…陽菜?」
「そう!!三森サン!すっげェ可愛くねェの!こんなさ、眉間に皺!」
「あはは!!そんな風に言ったら可哀想!」


眉根を寄せて真似して見せる成宮を前にくすくすと笑っていれば、今度2人で飲も!と早急なお誘いにリンはますます気を良くする。やっぱりあの子と合う人なんてなかなかいない。彼氏の噂も全然聞かないし男っ気もない。長い髪の毛や身体の華奢さに最近色気が出てきたなんて同じ女として思ってしまうけど男からしたらそれを無駄にしてしまうあの強さはやっぱり鬱陶しいんだ。

この調子でもっと悪口言っちゃおうかな。でも悪口言うような女は可愛くないかぁ…。


「なーるみや!!」
「ぅわっ!!」
「あんま俺の元担当の悪口言うなよ」
「はー?アンディーの?三森サンが?」
「そう!俺が初めての男だ!」
「え!?マジで!?」
「ちょっとアンディー!!その言い方は誤解を招くから止めて!!」


もう!と成宮の肩に伸し掛かるアンディーの背中をバチンッと叩いてその腕を引き、肩に負担、と注意するやっぱりどこまでも仕事のことで頭がいっぱいな陽菜はポカンとする成宮とリンを順番に見てから、お邪魔しました、とアンディーを連れて手を上げて2人を招く他のチームメイトのところへと行った。


「なにあれ…嵐じゃん」
「あ、うん。あの子、いつもあんな感じだよ」


少し変わってる、とリンが続けると、ふうん、と成宮は関心なさそうな声を出してそれからはリンと他愛もない話しをして盛り上がった。まだ英語は辿々しいけど喋れないほどじゃないし会話のリズムも良くて話しやすい。ついついいつもよりたくさん飲んでしまって、気がつけば成宮も俯き船を漕いだ状態になってしまった。まぁ…いっか。このまま一緒に帰っちゃお。そう酒でぼんやりした頭で思いながら成宮の肩を叩こうとした時だった。


「成宮くん」
「!」


凛とした声が掛かって、リンが叩こうとした肩には自分のものじゃない手が乗った。
ハッとして振り返ると少しも酔った風に見えない陽菜がもう1度成宮を呼び、鋭くリンに一瞥を投げた。


「この後、成宮くんと約束ある?」
「別に…なにも」
「そう。ならタクシーに乗せるね。お疲れ様」
「……お疲れ」


アンディー達とかなり飲んでいたように見えたのに…やっぱりおかしいこの子。
眉根を寄せて陽菜が成宮の腕を自分の肩に回してなんとか立たせ連れて行く様子を見送るリンはそれを追いかけるアンディーにますます眉根が寄った。


「なんだ、陽菜。送り狼か?」
「馬鹿言わないでアンディー。あ、丁度いいから反対側腕回して?さすがに重い…!」
「はいよ。家まで連れて帰んのか?」
「まあね」
「襲われんなよー?」
「こんな酔っぱらいに襲われるような可愛げが私にあると思う?」
「ブハッ!だはははっ!そりゃ確かにな!陽菜なら殴る蹴るするだろうな!!」
「プッ…!あはは!さすがにそこまではしないよ」
「じゃあどこまではする?」
「腹パンかな。野球には支障なさそうだし」
「効くよなぁ、陽菜の腹パン」
「アンディーが酔っ払ってキスしようとするから」
「ロイにな」
「ロイに泣きそうな顔で礼を言われたよ」


あんな性格だから恋人の1人や2人簡単に出来そうなのに作らないアンディーには少し前から噂がある。陽菜のことが好きなんじゃないかって。ただやっぱりあんな性格だから誰もハッキリしたことは分からない。
間もなく成宮と陽菜をタクシーに乗せて、やれやれ、と戻ってきたアンディーにリンは声を掛けた。


「アンディー、一緒に飲まない?」
「んー?さっきあっちで陽菜と飲み比べたからもう腹いっぱいなんだわ。悪いな!」
「!っ……アンディーって陽菜のことが好きなの?」
「はあ?」
「噂。みんなが言ってる」
「だとすりゃみんな的外れだな」
「え、…じゃあ違うってこと?」
「そうなんじゃねェの?」


だから…どっちなのよ。
ニィッと口角を上げて意味深な笑いを残す食えないアンディーに心の中にモヤモヤが広がる。あんな可愛げなくて女らしくもなくて、ちょっと仕事が出来るぐらいで球団の1番人気選手に優しくされてるのが本当に腹立つ…!アンディーが後ろ手をヒラヒラと振りながら去っていく姿を睨みつけていたリンだが、飲んでるか?と他の選手に声を掛けられすぐににこりと笑い切り替えた。

それからなかなか成宮と2人きりで出掛けられる機会はなかったけれど、それとなく連絡先を交換していたし今日は専属広報に邪魔される心配もなし。化粧や服にいつも以上に気合を入れたリンは成宮が会うなり、可愛い、と褒めてくれるのが嬉しくディナーを食べるそれまで上機嫌の1日だった。それまでは。


「リンはさ、付き合う男とセックスしねェなんてことある?」
「え、なに?どういうこと…?」


サラッと成宮から聞かれた言葉にガツンと頭を殴られたような感覚に襲われた。その質問、捉えようによっては私が誰彼構わずそういう事をするって思われてるって捉えられる。実際、付き合わなくてもそういうことの1つや2つ経験はある。良い大人だし、発散のために抱かれることだって少なくないし相手も何も求めてこないからフェアな関係だしそれはそれで楽しい。

そう割り切ってはいるはずなのにいざ少なからず好意を抱いた男から突きつけられショックを受けてしまうリンはカラカラと喉が渇く感覚に必死で気付かないふりをしてぎこちなく笑う。それさえも成宮はフォークに刺すステーキ肉をぼんやりと見ているから気付かない。


「俺はあんまそういうの分かんねェかな。女の子って、そういう風に大事にされるのが好きなの?」
「…誰の話し?」


これは私の話しじゃない。明確に分かる。成宮の言葉にもう取り繕う気力も失せた。ぽつりと聞いてみれば、


「陽菜」


その子の名前が出てきて心の中が真っ黒になるのが分かった。
また、あの子。なんでよ。別に可愛くないしスタイルだって貧相だし守りたくなるような子でもない。私の方がずっとそういう意味じゃ努力してる。いつの間にか、陽菜、と少し照れくさそうに名前で呼ぶようになった成宮からは完璧に自分がそういう対象に見られてないのが分かる。
それから間もなく成宮が空港で陽菜にプロポーズをして大騒ぎの後、結婚することになった2人がいつどこで見ても幸せそうに笑い合っているからリンは2人が憎くて堪らなかった。どんな困難があっても構いもしない強さを、いつからか自分という存在を無視する冷たさに感じてしまう。だからちょっとぐらい、苦しめばいい。苦しんで悲しんで少しだけでも崩れちゃえばいいんだ。どんな形でも私が残るならそれでいい。

専属を下りた陽菜に代わって担当広報に就いたジャンに声を掛けて営業から仕事を振った。ジャン自身も乗り気だったし私はこれが少しでも成宮の身体から離れたらそれでいい。


「"Always at Your Side"……バカみたい」


以前から他球団からうちに来ないかと声を掛けられていた。もう潮時だと思ってたし、丁度いい。球団エースの成宮を揺らがす手土産を用意して移ってやる。
撮影スタッフは私が用意したスタッフ。適当な理由をつけてネックレスに通した結婚指輪を外した成宮のそれを手に取り目を細め見据えるリンはおもむろに自分の指に通して写真を撮った。

泣けばいい。苦しめばいい。選手のことじゃなく、自分本意に怒り悲しむ女になればいい。

SNSで炎上してますます強く渦巻く感情の中に自分が成れない姿でいる陽菜への憧れを見つけたのはファッション誌で成宮と幸せそうに笑う陽菜の姿を見つけた時だった。


「綺麗…」


青いドレスを着て、短い髪の毛をアップにして顔横に大きな青い花を飾る陽菜は様々な困難を経てマスメディアに、唯一成宮の瞳に映る青の似合う女性だ、と評された。
私は成宮にこんな風に見つめられたかったんじゃない。誰かにこんな風に見つめられる誰かの唯一の女性になりたかった。雑誌を広げぽつりと零したリンは小さく自嘲的な笑みを零した。



影に浮かぶ陰

2021/04/26

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