「あ」
「お」
「………」
「お疲れ」
「………」
「こらこら。返事ぐらいしろよ」


こういう時に限って正論言うな馬鹿!
ムッとして眉根を寄せてたった今通り過ぎた御幸を振り返ると御幸自身も私を振り返り思いがけず真っ直ぐ私を見つめていてパチクリと瞬き。そんな私に、ほい、と自分の隣の椅子を引いて見せた御幸に再び眉根を寄せた私は食堂に置かれている部員とマネの要望ノートを手に取り、お疲れ、とその椅子に座った。

御幸の手元にはいつも通りスコアブック。もはや御幸とセット。…あれ、神宮大会のスコアブック。昨日の試合のやつじゃん。自分は出られないけど投手の練習メニューにも目を通してるみたいだし最近は簡単な練習にも参加するようになってきた御幸。栄純に、黙って見てりゃいいんスよ!!と言われ、大口はもっとコントロールを身につけてから言え、と憎たらしく笑いながら言ってたっけ。

さて…ノートのチェック。
買い出ししてほしいもの、あるかな?


「うわ、おにぎりの具の要望だらけ!」
「ん?」
「これ」
「んー?……ツナマヨ、マヨ多め?鮭は大きめがいい…。はっはっは!この天むすって書いたの沢村だな」
「栄純?なんで?」
「この前練習中に腹減ったって騒いでやがったから色んな料理の話ししてやった。腹減ったー!が、食いてー!!に変わった」
「性格悪っ!その時のってこと?」 
「多分な」
「天むすはさすがになぁ…」
「あれはできんじゃね?」
「どれ?」
「天カスとつゆと青のりと…」
「あぁ、あれか。悪魔のおにぎり」
「そうそう、それ。それに桜えび混ぜたらそれなりになるかもな」
「桜えびかー…。全員分を考えると材料費がなぁ…」
「百均とかにも売ってるぜ」
「え、本当?」
「おー」
「ふうん…要検討、と」
「後輩に甘いねぇ、陽菜チャン」
「ちょっと。気持ち悪い」
「タメには厳しいな」
「当然でしょ」


気がつけばいつものペースで喋っちゃってるじゃん…もう。口を尖らせ、はぁ、と溜息1つ。御幸相手じゃ性格の悪さで敵う気はしないし…正直こんな風に御幸から喋ってくるとは思わなかった。
そろりと隣に視線を流せば眼鏡の下の目はやっぱりずっとスコアブックに注がれてる。……あれ?スコアブックの下にあるノートってもしかして…。


「マネの部日誌?」
「あ、こら」
「こら、は御幸でしょ?なんで御幸が持ってるの?」
「ここに置きっぱなしだった」
「えぇ?…あ、春乃だなぁ」


別に見られて困ることなんて書いてないけどさ。スッと引き抜いたそれを広げてパラパラと捲り見る。…ん、よく書けてる。貴子先輩から引き継いで春乃なりに一生懸命部員たちの様子を記入してる。新聞や雑誌の、どんな小さな記事も見逃さず切り取り貼ってあるのは感心しちゃう。そしてその1枚1枚に春乃の感想や想いがつぶさに記され、感情を揺さぶられる。頑張れ。頑張れ、と春乃らしい温かい言葉がたくさん。私だったらこうはいかないよね。春乃に引き継いだ貴子先輩、ナイス采配。


「俺は」
「!…うん?」
「多分この先もお前には怪我をしても言わねェ」
「はあ!?喧嘩売ってんの!?」
「違げェよ馬鹿。あの日、ああやって泣かれて堪えた…っつーか、色々と衝撃だったっつーか」
「頭の中纏めてから喋りなよ」
「うっせ。お前が言ったろ?今この瞬間に喋らねェと真っ直ぐ伝わんねェとかなんとか」
「!…ちゃんと聞いてたんだ?」
「お前ね…俺のことのなんだと思ってんだ。だから、あー…なんつーか、」


あーうー…んー?と思案しながら眉根を寄せて話す御幸が珍しくて目を丸くして隣の御幸を見る。ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱して言葉を探す御幸。


「だからつまり、もう怪我しなけりゃ問題ねェだろ?」


…なに言ってんのコイツ。
これだ!みたいな顔してすっごい的外れなこと言ってるの気付け!!と…言葉にする気力もなくなる無邪気な顔を前に脱力感に襲われる。はあぁっ、と重たい溜息と共に身体をテーブルに倒す。
えぇっと…つまりなんなの?私が泣いたのは御幸にとって衝撃で、なら怪我をしない。でも怪我をしても言わない。わがままか!!自分勝手か!!エゴの塊か!!いやほぼ全部同じ様な意味だけどすべて御幸を称するのに相応しい言葉。


「むー…」
「可愛くねェぞー」
「うっさい!!」


御幸の思考回路はよく分かんないけど、大事なことだけ抜き取るのは難しくない。
つまり御幸は私の心配を無下にしたいわけじゃないんだ。少なからず有り難く思うぐらいの情は寄せてくれてる。恋愛対象にもならないし、ただの友達というには少し特殊な私たちの関係にそりゃぴたりとハマる言葉が見つかるわけないか。
なんだか笑えてきちゃって、プハッ!と噴き出し笑う私の隣で御幸も、クハッ、と笑い出す。なにやってるんだろ、私たち。私たちが同じ青道高校野球部で活動出来るのはもう1年間もない。貴重な時間を拗ねたり喧嘩したりするのに使うのは勿体無いよね。

はー!と笑いっぱなしで苦しい息を天井を仰ぎ整えてにんまり笑う。


「あーぁ!しょうもない!」
「だな」
「今度同じことしたら今度こそ平手打ちするから」
「今度こそって…あの時やるつもりだったのかよ」
「寸でで留まった私を褒めて」
「おーよしよし良くやったなー」
「わ!!ちょ、髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃったじゃん!!」
「お?ちょっと色っぽいんじゃね?」
「え、本当?イケてる?」
「わり。お前の後ろのポスターが目に入っただけだったわ」
「はあ?後ろって…甲子園応援マネージャーの女優じゃん!!御幸殴る!!」
「はっはっはー」


人をおちょくることに長けすぎてるムカつく御幸の胸ぐら掴んで、コノヤロー!!と叫んでいればいつの間にか入ってきていた栄純や春市たち1年生ベンチ入りメンバーが私たちを見て、あの!と、手を上げて元気よく声を上げたのは栄純だった。


「先輩たちは付き合ってるんで!?」
「「付き合ってない」」


「と、いうわけで万事解決となりました」
「ふうん。良かったじゃん」


後日、学校で昼休みにたまたま学食の前で亮さんに会って事情説明をした私は近くの自販機で亮さんに飲み物を買って渡したんだけど牛乳たっぷりのカフェオレだったのが気に食わなかったらしくすでに頭に一発もらった後。痛い…!別に亮さんの低身長をからかったわけじゃないのに…!!そりゃ野球部の中じゃ低身長だし、弟の春市よりは小さいけど私より大きいじゃないか。理不尽…!先輩は理不尽で出来ている…!

飲むけど、とカシュッと缶のプルトップを開けて飲む亮さんに苦笑い。けど亮さんは話しを聞いてくれる時、意見も助言も否定もしないから聞いてもらってて心地が良いんだよね。カッコいい先輩だ。私もこんな先輩になれたらいいなぁと常々思う。


「御幸らしい答えじゃん」
「ですかね…。怒ってるこっちが馬鹿らしくなりましたよ。でも御幸が言わないなら気付けばいいだけなんで、もういいです」
「そう陽菜が思うことすら計算づくだったりして」
「うっわ、殴りたい」
「すぐ手を上げるなよ。彼氏出来ないよ?」
「亮さんお願いします」
「本気なら考えてあげる」
「マジですか」
「そんなわけないだろ」
「だと思いました」
「生意気」


くすりと笑う口調が余裕そう…くそう…少しだけドキッとしました私。
眉が下がって一緒に笑う私の前でカフェオレを飲み終わった亮さんは自販機横に置かれるゴミ箱に缶を入れてから自販機にお金を入れて、ピッ!とガコンッ。


「ほら」
「わ!!…え?」


投げて寄越された缶をキャッチして目を見開くと亮さんは、功労賞、なんて言う。おー…サラッと後輩に奢れる男前…!ありがとうございます、と口を開こうとしたけどコレって…。
真っ黒な特有のパッケージを見て固まる私が缶から顔を上げると、うん?と亮さん。


「りょ、亮さん。私、ブラックコーヒーは飲めないんですが…」
「知ってるけど」
「…ソウデスカ」


ワァー…ウレシイー…。
ひくりと引き攣る口の端。楽しげに笑う亮さんを前にこれは飲むしかないとプルトップを開けて意を決してごくりと一口。


「うえっ」
「それぐらい飲めるようになりなよ」
「えぇ…亮さんは美味しく飲めるんですか?」
「俺が飲めないものを後輩にすすめると思うんだ?」
「おぉ…大人ですね」


そっか…亮さんは飲めるんだ…。
ジッと缶コーヒーを見つめてお父さんが無類のコーヒー好きであることを思い出す。一緒に飲めるのはいつかなー、なんてまるで成人する子供とお酒を飲む楽しみのように語ったのはいつだっけ。…よし。こんな機会もなきゃ自分から飲もうと思わないだろうし!!

グィッ!と勢いよく飲んで口いっぱいに広がる苦さと独特の渋みと酸っぱさにまた、う"ぇっ、と言いながら顰めた顔を隠さずに飲み切った缶を下ろせばにこりと笑う亮さんが一言。


「へぇ、すごいじゃん。俺飲めないけど」
「え"っ」


この前俺を少女漫画脳って笑った仕返し、なんてブラックコーヒーよりも真っ黒な笑顔を浮かべて言った亮さんを前に、そんなこと言ってませんけど、とは言えずに口の中の苦さは人生の苦さかななんて一句詠めそうな台詞が頭に浮かんだ。



要する
「はーい!皆さん、おにぎりでーす!」
「おー!きたきたー!マネさん達、あざっす!!」
「栄純にはこれ」
「なんと!俺専用のおにぎりが!?さすが未来のエース!!だははは!!」
「はいはい、食べて感想聞かせてね」
「いただきやーす!!んむっ!…んー!!美味い!!なんスかこれは!!次から次に食いたくなるー!!」
「そ?なら良かった。栄純が天むす食べたいって書いたから作ってみたんだけど」
「へ?俺、書いてやせんけど…」
「え?じゃああれは誰が…」
「あー俺、俺」
「「御幸!?」」
「こらこら、俺先輩な。ん。…おー上出来。美味いな」
「……アンタ、まさか自分の要望だと通らないと思ったから栄純ってことにしたの…?」
「はっはっは、どうかなー?」
「そんなことしなくても作るけど」
「え、マジ?」
「マジ」
「…あのー、お2人は本当に付き合っ、」
「「てない」」
「否定早っ!!」

2021/04/16

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