どうして私は気付かなかった?どうして御幸は何も言わなかった?どうして。どうして、とたくさんの自問に答えが出ないそのまま走った。秋季東京都大会、薬師との決勝戦後の盛り上がりと興奮と高揚を帯びたままの球場スタンドを人を掻き分けて走り抜けて、途中で誰かにぶつかって腕を掴まれ怒られたけど謝り腕を振り解いてまた走り出して。おめでとう!と私の被る青道キャップを見て声を掛けてくれる見覚えのあるOBのおじさん達にも軽いお辞儀しか返さず走る。
く、苦し…!元々運動に優れてるわけじゃないしこんなに走ったのだって久し振り。だけど心臓が。走り続けるよりも早鐘を打ってずっと苦しいからとにかく紛らわすように走った。

見えてきた球場裏に停められたタクシーと礼ちゃん、そして足元ふらつく満身創痍の馬鹿野郎とそれを支える倉持、ゾノ。


「御幸この野郎!!」
「あ!?」
「うお!!」


タクシーに乗り込むところをゾノを押しやり御幸の胸ぐらを掴む。
悔しい身長差に見上げる形で御幸を睨む目尻に涙が流れて御幸が目を丸くして私を見つめるその横っ面、引っ叩いてやろうか!?

ギュッと御幸のユニフォームを掴む手が震えてしまう。これから病院…故障を隠しながら今日までチームを支えてくれた青道野球部の主将、御幸一也は文字通りすべてを出し切った満身創痍でありながらもすっきりした顔をしてる。


「馬鹿!!馬鹿じゃないの!!アンタなんて…っ、絶交だから!!」
「オイ、陽菜…」
「落ち着け陽菜!」
「邪魔しないでよゾノ!!もう…っ、知らないから!!バーカ!!っ……御幸なんて箪笥の角に小指ぶつけて苦しめ!!」
「陽菜ちゃん、あなた少し落ち着きなさい」
「っ……今落ち着いたら私が今こうして感じてること真っ直ぐ御幸に伝わらないでしょ?礼ちゃん」
「!」
「でも、もう言いたいこと言ったからいいや。じゃ、いってらっしゃい」
「お前は…!自由すぎるやろ!」
「ヒャハハッ!陽菜らしいぜ!」


フンッ!と涙を拭って御幸の胸ぐらから振り払うように手を離した私はゾノの呆れ声と倉持の笑い声を聞きながら、さてと後片付けとかバスに荷物を運ぶとか疲れた選手にやらせるわけにもいかないからやらなきゃ。あーちょっとだけスッキリした!


「陽菜」
「!」


なによ。絶交って言ったでしょ、話しかけないでよ。でも足だけは止めてあげるけど。


「怒ってばっかだと可愛くねェぞー」
「御幸殴る!!」
「やめろや陽菜ー!!御幸もこんな時にまで律儀に煽るな!!」


「で?それから口利いてないんだ?」
「はい」


あの日、脇腹の肉離れと診断された御幸は全治3週間の診断が下され、監督の判断で神宮大会は主将の御幸なしで戦うことを余儀なくされた青道野球部だけど副主将である倉持が主将代理としてチームを引っ張り加えて御幸が抜けた穴を補おうとする意識がチーム全体の士気を上げる練習風景の中に晴れて指揮を取り続けることになった片岡監督。そして時間がある時に練習を手伝ってくれる引退した3年生たち。
本当にたった1日で完結しない私たちの勝敗のすべてに前を歩いていたこの人たち在りだなぁと実感する毎日。片岡監督が秋大の決勝戦後に3年生たちと一緒に掴んだ勝利だと話していたことを思い出しながら手にする布巾でボールをまた1つ手に取り磨き始める。

神宮大会を数日後に控えてこの人も練習に顔を出してくれた。とは言っても優しい慰めやアドバイスの類は1つもなく毒舌の限りを尽くしてたけど。ニコニコしながら…恐るべし。


「亮さんは誰に聞いたんですか?私と御幸のこと」
「倉持」
「ですよねぇ」
「陽菜と御幸の口喧嘩はしょっちゅうだけど今回は長いじゃん」
「……引っ込みつかなくなりました」


というか顔を合わせるだけで恥ずかしくて。
そう続けながらもカァッ!と顔が熱くなる。それこそふしゅうっと湯気が頭の上から出るイメージが頭に浮かぶぐらい。で、野球部最恐といわれる亮さんこと小湊亮介先輩はそんな私を見て笑いながら、トマトみたい、というような人。ですよね…亮さんはそういう人なのでこういう時は助かります。

白球の土汚れを落とす練習後。
部員のみんなが各々自主練をする音を少し離れたところに聞きながら遠征用のバスのところなんて誰も来ないと思ったのになんなら、なんでお前がいんの?、ぐらいに自然とバットを手に素振りを始めた亮さんを側にキュキュッとまたボールを1つ。…ん!よし!綺麗!!


「お前、そういうところあるよね」
「え?」
「考えなしに突っ込んでいく」
「あー…そう言われると…」


確かにあの後、寮に戻った時に礼ちゃんに怒られたっけ。聞くだけ聞いて反省の色なしの私にグッと言葉を飲み込む礼ちゃんの後ろで落合コーチが、娘はああなるのか、と顎髭撫でながらゾッとしたような顔で言ったのは心外!私だって時と場合ぐらい弁えられます!
それを証拠に倉持やゾノとは問題ないコミュニケーションを取ってるし、御幸とは話す必要がないから話さないだけで別にチームの士気には問題なし!


「……ですよね?」
「俺に聞くな」
「いたっ!」


っ…効く!亮さんのチョップ、相変わらずすっごい威力…!!
脳天に直撃して全身に走る衝撃と痛みに思わず手から転がしたボールを亮さんが拾い手で遊ぶ。この人…絶対に私が女に見えてないよね間違いない。じわりと浮かんだ涙目で亮さんをじとりと見ていれば、可愛いじゃん、って…それ虐めてる相手をからかってるだけですよね、怖っ!!


「まぁ御幸と陽菜の喧嘩がチームの士気に関わるかどうかは別として、女の子がいきなり胸ぐら掴んで怒鳴り散らすのはどうかな」
「う"っ」
「お前、嫁の貰い手なくなるよ」
「その時は亮さんお願いします」
「冗談。俺だって選びたいし」
「ですよねぇ…」


そりゃそうだと納得しながら亮さんに向って布巾を広げれば、ポンッ、と見事に布巾の上に亮さんが投げたボールが乗ってニッと笑い掛ければ亮さんもフッと表情を緩ませた。切り捨てるようで切り捨てない怖くも優しいこの先輩を私は尊敬してやまない。

さて。そんな先輩がさっきから核心に触れずにバットを振るだけで軽い会話を繰り返すその理由はきっと私の口から聞きたいことがあるからで、同時に私もチームのみんなには吐き出せないことだと…多分理解してくれてる。
……初めて泣いたなぁ、御幸の前で。
もちろんそこに居合わせた倉持や礼ちゃんにもそう。ゾノの前では何回か。えぇっと…御幸のノリくんに対する態度で喧嘩した時と御幸が私の記入したスコアブックが読みにくいと言って喧嘩した時とか倉持にゲームで負かされまくった時とか、篠原にテニス部の部室で押し倒された時とか………私って本当…穏やかな学生生活送らないなぁ…。


「なに?」
「や、…私とことん可愛くないなって」
「今更?」
「泣きますよ!?」
「泣けばいいじゃん」
「!」
「御幸もそう思ってたんじゃない?知らないけど」
「へ……」
「間抜け顔」
「泣ける…」


クスッと笑って言う言葉じゃないですよね…それ。
じわっと浮かんだ涙のわりには口の端が自嘲気味に笑う。まぁ可愛くないのは重々承知だけど。だからそれはいいとして、今大切な言葉が隠れていたような…。


「………」
「ん?」


息を詰めて亮さんを見つめればやっぱりくすりと笑って素振り再開。……私は、どうして?ってあの日からずっと自問して本当は握っているはずの答えを見つめることを避けてる。
御幸がチームのみんなに故障を隠していたのなんて、理由は2つ。チームから自分が抜けると動揺が大きいだろうということと、端に自分があの場に居たいから、きっと。
今はクリス先輩のところで時々トレーニングに出掛ける御幸は拗ねた表情でグラウンドを横切ったりしてる。まるでチャンネルを変えられた子供みたいにみんなの練習を眺める御幸は自分のいない青道野球部をまるで初めて見る場所のように見つめてる。私はマネージャーで、所詮は練習の手伝いぐらいしか出来なくて、御幸の異変にも気付けなくて…だからあれ以上御幸を責めることなんて出来ないけど。けど、やっぱり言ってほしかったんだよ。仲間として頼ってほしかった。御幸の居たいと渇望する場所は同時に御幸を必要とする場所でもあるんだから…弱音の1つくらい、聞きたかった。

それを…っあまつさえ、怒ってばっかだと可愛くないだなんて……あの野郎…!

だからアンタの側でなんて泣いてやんない!
あんな場面でもシレッと私をからかって、御幸がそのつもりならもう知らないよ!!


「…知らない。バーカ…」


私の小さな声は亮さんが振ったバットの風切り音に掻き消された。多分亮さんの耳にも入らなかったと思う。
本当は馬鹿でわがままなのは私の方。
悲願の甲子園への切符。片岡監督の進退。何より勝ちにこだわりたいと言っていた御幸の決意や覚悟を知ってるはずなのにその上での最善を選び取った御幸や監督、チームのみんなの決断の先に勝利を呼ぶ寄せたとはいってもああ言わずにはいられなかった。
寂しさと一緒に感じてしまった、かっこいいじゃん、という気持ちはあの時は素直に認められなかった。クリス先輩や丹波先輩、他にも怪我で戦線を離脱しなければならなかった部員の姿を知っているだけにどうしたってこの先もずっと野球をする姿しか浮かばない御幸が同じ目に合うと思うと怖くてしょうがなかった。


「んー」
「え、なんですか?亮さん」
「全然話の核心に迫らないから俺から聞くけど」
「あ、はい」
「御幸のこと好きなわけ?」
「いえまったく」
「………」


ここまで喧嘩して気に掛けてるのにそれが恋にならないのは珍しい。そう言った亮さんに、純さんの影響ですかね、なんてうっかり口を滑らせたが運のツキ。お前が可笑しい、とチョップをまたもらってしまい泣きながらボール磨きをすることになってしまった。



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