その日も試合終了後に出待ちするファンの子たちがファンサービスの旺盛な成宮くんの周りは大盛況。日を追うごとに増えている彼のファンは圧倒的に女性が多いものの若い男性もそれなりにいるし、私が最も微笑ましく見てしまうのは子供のファン。小さいながらもその中で必死に手を伸ばし声を上げ、成宮くんにアピール。
この日もそんな女の子を前に女性が立ち塞がっちゃったから私は成宮くんの肩をちょんと指で突いた。


「なに?」


成宮くんがファンから目を離さず顔だけを後ろに寄せてくれるから、ちょっと失礼。彼の肩に手を当てて背伸びして耳に口を寄せる。
表情も変わらずニコニコとしたままの成宮くんが流石すぎる。


「あの人の後ろに小さな女の子がさっきから必死で手を伸ばしてます」
「!……ん」


ぴくりと揺れた彼の肩が下へと下がってしゃがむ成宮くんを前にファンが目を瞬いてその様子を見つめる中で、成宮くんが伸ばした手を小さな手が掴む。
そうすることで小さなファンの子の前が開けたその瞬間、パァッと顔を輝かせた成宮くんに私は息を呑む。


「めっちゃ可愛いファン、みっけ!」
「わぁ…!鳴だ!本物!私に気付いてくれてありがとう!!」
「こちらこそ!写真撮る?」
「え、いいの!?」
「もちろん。お父さんかお母さん一緒?」
「うん!」


私の中で勝手なイメージで大変申し訳ないんだけど、成宮くんは小さな子が苦手なんじゃないかって思ってた。彼自身も子供みたいなことを言うこともあるし、時に突拍子もない行動を取る子供に怒ったりするんじゃないかって。
でもこうして前にする通り、彼は子供が大好きで日本の野球雑誌を遡って見れば積極的に野球チームや小学校へ訪問し、野球道具の支援も行っているよう。イベントで子供と楽しく遊ぶ姿も写真に多く撮られている成宮くんの子供好きは本物。すべてのファンに見せるその表情が偽物だとは言わないけれど、飾りっ気のない素の嬉しそうな成宮くんの表情に私も顔が緩む。


「鳴、ありがとう!サイン、大切にするね!」
「おう!また観においでよ!」
「絶対に行く!」


そんな成宮くんの姿は球団のSNSに載せればきっとファンに大ウケ間違いなし。イメージアップに繋がりまた多くのスポンサーがつくだろうとは思うものの、私は構えたカメラを下げた。
成宮くんが笑いかける先で幸せそうに何度も抑え切れない興奮をピョンピョンとジャンプして表す女の子の純粋さを思えばとてもそうした意図で撮る気にはなれないよね。

私まで心が穏やかになる光景にほっこりしていれば急に引かれた腕の痛さに声を上げる間もなくグイグイとどこかへと、明らかに意思を持って連れて行かれる。
たくさんの人たちを避けて、足はもつれ振り返っても成宮くんがもう見えない。陽菜?と彼が呼んだ、かもしれない。


「私たちの邪魔しないで」
「!……」


マネージャーがいじめられるって万国共通なの?まぁ私は今広報なんだけど。在りし日の青道でマネージャーをやっていた時に色々あったことを思い出しそんな風に思う。勝手に手を引いて随分と強くて振り払ってくれるじゃない。
相手は5人ほどの女の子たち。中には顔を見た覚えがある子もいる。あ、この前私が連絡先を遮った時の子だ。

賑やかな喧騒から少し離れ人気が無いこの場所で、こんなシチュエーションは穏やかじゃない。くるりと全員の顔を把握して、はぁ、と溜息。こんなことをして…。
やれ御幸に色目使ってるとか、やれ倉持と仲良くし過ぎとか、やれ男好きだとか。私が好きでやってるのにこの仕打ち。礼ちゃんに何度嘆いたことか。懐かしい。


「聞いてます?おばさん」
「………」 


お・ば・さ・ん?すっごい威力のある言葉にピシッと頭の片隅で何かが軋んで鳴ったような気がしたけどなんとか意識の遠くへ遠くへと押しやることに成功。私は大人。大人…。へらりとせせら笑う彼女たちを前にこんなことにエネルギーを使うならもっと他のことに使いなさいと諭してやろうかな年上らしく。…まだ10代?なんでもできる気になるよね。分かる分かる。そして"分かる分かる"となんでも知ったような顔を大人にされるのが嫌いなのも、分かる。

それは一先ず置いておいて。誰かを動かすパワーを常に放出する成宮くんはやっぱり凄いし、それだからこそ心の摩耗はかなりのものだろうと改めて確認する思い。
それならば尚更、こんなところでこんな子達を相手にしてる場合じゃないよね。


「私がおばさんであっても、あなた達が小娘であっても、そんなことはどちらでもいいんだけど」
「こむっ…!?」
「何が成宮にとって邪魔なのか、よく考えてみた方が良い」
「!」


私がそう言うとグッと言葉を呑む彼女たちに目を細める。今も彼を1人にしてしまってる、関係者は周りにはいるだろうけれど望ましくない。
もういい?と答えを求めない問いかけと共にその場を去ろうとした時、再び腕を引かれたとそれは同時だった。


「はぁ…なるほど。それで打たれたか」
「まったく力加減を知らないんだから!」
「痛そうだな」
「爪が長くて引っ掛かりましたしね」
「出るとこ出るか?」
「やめてくださいよ。あれでも彼のファンなんで」
「しかしなぁ」


中嶋さんはそう言って眉を吊り上げどうしたものかと腕を組み心配そうにしてくれるけど、一方の私は肩を竦めなんてことないように保冷剤を頬に当てる。
あぁ、良かった…。成宮くんに気付かれずに済んだ。あのあとすぐに彼をタクシーに押し込んで、オフィスに向かった私が仕事をしていれば中嶋さんが来て叫び声を上げるから私まで驚いた!ほらね。例え自分より年上で大人だったとしてもこうよ?私の頬をひっぱたいた彼女たちには大人がどう見えてるんだか。

とにかく冷やせと冷凍庫から保冷剤を持ってきてくれて、頬に当てながら事情を説明。よくありますよ、と苦笑すれば、あっちゃならない、と中嶋さんが唸るように言った。


「成宮くんには言わないでくださいね」
「言ったらどんな反応するかぐらいの興味はあるな」
「彼なら迂闊だって笑いますよ」
「さてはて、そうかな」
「…?」


そう言う中嶋さんの真意は分からなかったけど、上には報告しろよ、と心配してくれる言葉に頷きオフィスを出ていく中嶋さんを、お疲れ様です、と見送った。確かに過激なファンは選手に悪い影響を与えかねないから、憂慮はみんなで共有しないと。

成宮くんには言わないでほしいと言ったものの、打たれた頬がすぐに治るわけもなく。大きな絆創膏を貼った顔で彼の前に立つと綺麗な瞳が丸くなって、思わずビー玉みたいだと見惚れてしまう。


「は…?なに、その顔」
「ぶつけ…ちょ、なにするの!?」
「うーごーくーなー!!」
「やーめーてー!!」
「力、強っ!!」


そりゃ火事場の馬鹿力にもなるよいきなり手を掴まれて絆創膏を剥がしにかかってきたら!!
私も成宮くんの腕を掴んでなんとか抵抗するも敵わうわけもなく他の選手が、またやってんのかー!?、と笑う試合前ロッカールーム。アンディー笑いすぎだよ!!ちょっとは助けようって気にならないかな!?あーもう無理!!

抵抗虚しくビッと勢いよく絆創膏を剥がされて、いった!と涙目になる。


「!……ぶつけたって言おうとした?」
「痛いよ、いきなり絆創膏剥がしたら」
「質問。答え。10秒以内」


低い声で静かに言い放つ成宮くんに気後れしてグッと息を呑む。彼のこんな顔は初めて見るかも…。細まる目からいつも綺麗だと思っている瞳の色が見えて目が離せない私は、やばい、と頭の中で呟く。なんかめちゃくちゃ怒ってる…!


「…ビンタされた。傷は爪が引っ掛かった時にできたやつ」
「昨日?」
「うん」
「………」


そろりと目線を流した先でロイが、ぴゅう!と高い口笛を鳴らすけどそんな場合じゃない!依然として腕を離してくれない成宮くんに黙って見据えられると金縛りのように動けなくなる私を助けようと、って誰もしないよね…。良くも悪くも個性的な人間の集まりのチーム。試合前に集中力を欠くようなことはできればしたくなかった。

成宮くんはしばらく感情を読み取れない表情で私を見ていたけど眉間に皺を寄せて剥がした私の絆創膏を手の中でぐしゃりと握り潰したかと思えば少し離れたところにあるゴミ箱に投げ入れた。ナ、ナイスイン…。
って…あれ?何も言わないの?
あっさりと腕を開放してくれた成宮くんは背中を向けてそのままロッカールームを出ていってしまう。えぇっと……。


「すみません」


試合前に。そう続け同じように拍子抜けというか驚くチームメイトたちに頭を下げて私もヒリヒリと痛む頬を押さえてロッカールームを出てもすでに成宮くんの姿はなく。しまった…今日の予定をちゃんと確認しようと思ったのに。彼には何度もカレンダーを確認してほしいと言ってるけどよく忘れてしまうから。
今日は登板のない成宮くん。この試合の後に日本の雑誌インタビューがあるんだけど…仕方がない。試合が終わった彼に伝えよう。
どうか彼がちゃんと把握してくれていますように。溜息をつきながら代わりの絆創膏を鞄から取り出す私の頬には思ったよりも大きく引っ掻いたような傷が出来てしまっている。トイレの鏡で確認しながら重くなる気持ちを振り切るようにブンブンッと頭を振った。



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