私の仕事は、彼をいつだって野球に集中できる環境の最前線へと連れて行くこと。
彼がその事に気付かなくていいし、彼が私になんらかの評価をする事も期待していない。

けど!!


「俺様すぎなんですけど!聞きしに勝る唯我独尊っぷり!!」


ドンッ!とテーブルを拳で叩けば、難しい言葉を使うなぁ、と彼のトレーナーである中嶋さんがハッハッと腕を組み楽しげに笑った。
笑い事じゃないんですよ!の意を込めてじとりと見据えれば、おっと、と口に手を当てて咳払いをした中嶋さんが私の前から立ち上がった。


「何か飲むか?」
「……コーヒーをお願いします」


ピカピカと光る自販機でさえ今はその明かりが疎ましい。目を細めぽつりと言う私に可笑しそうに喉を鳴らして笑う中嶋さんは、はいよ、と自販機で買ってくれる音をテーブルを睨みつけながら聞く。
落ち着く…平常心…大丈夫。


「はい」
「ありが…これ、カフェオレです」
「今の陽菜には甘い物が必要だ」
「!……すみません」
「いやいいさ。おかげで珍しい陽菜が見れてるからな」


そう言ってニッと笑う中嶋さんも自販機で買ったブラックコーヒーを手にテーブルについてプルトップを開けた。
オフィスの休憩スペース。本日のデーゲームは危なげない快勝。私が専属でついている彼は今日も絶好調だった。ピッチングはもちろん、饒舌さが。

5回までを先発で投げた彼、成宮鳴。
日本で各タイトルを総ナメにし来たるべくしてメジャーへ挑戦1年目。先発のローテから外れることなく好投するその精神力は立派だよ。彼を見てると母校青道高校野球部の同地区最大のライバルであったことを思い出す。
マウンドでの立ち居振る舞いやピッチング内容、メディアに向けた言葉選びはさすが。何が必要で何が受け入れられるか、それが自分のピッチングにどのくらい重要かをちゃんと理解してる。
日本人離れしてるのは髪色や瞳の色だけじゃない。彼のビッグマウスがあの容姿と相まって人気を後押しし、オフィス内でもよく話題になってるんだけど…!


「"俺の専属付きなら色紙とサインペンぐらい常に持ち歩きなよ"って」
「そりゃまた」
「ご自分でどうぞ!って喉まで出かかりましたけど我慢してなんとか今です」
「てことは、その大量に積んであるのは…」
「色紙です。文句は言わせません」
「やるなー」
「……すみません、愚痴ばかり。成宮はどうですか?」


いけないいけない…。頭を横に振って切り替え。今日は中嶋さんに愚痴を聞いてもらう日じゃない。成宮くんがトレーナーの観点が憂慮がないかどうかを聞き把握するために時間を作ってもらったんだからしっかりしないと。
テーブルに置いた色紙の山を避けて鞄からノートを取り出し、お願いします、と改めて仕切り直し。中嶋さんも手にしていた缶コーヒーをテーブルに置いて、うん、と情報交換の開始。
彼ら選手が命懸けでグラウンドに立つ以上、それを全力でサポートする。それがどんな人であったとしても。


「陽菜ー!遅い!!」
「すみません」


とは言っても私は人間だしね…!
グッと握り込む拳を後ろに組んで隠す私に目を細め、フン、と鼻を鳴らす成宮くんはファンを前ににこりと笑い私が出した色紙とサインペンを受け取りサラサラと手慣れた様子で書いていく。


「はい!これからも応援よろしくね!」
「もちろんです!あ、あの…これ!」
「うん?……あー…」
「すみません。個人的な連絡先は受け取れません」
「と、いうわけなんだ。ごめんね」


ファンサービスをする選手にこうして連絡先を渡そうとするファンは多くいる。成宮くんは人当たりも良くて優しく接するから尚の事。
可愛らしい女の子が差し出した小さな紙を成宮くんの前に手を出してブロックする私が親の敵か!ってぐらいに睨まれてしまうのはもう慣れたもの。苦笑いして優しく諭す成宮くんの壁になれたのなら本望ですとも。


「本心は?」
「ん?」
「あんな風にさー女の子に睨まれて。どんな気分?」
「………」


それを私に聞いてどうしようと?
試合が終わったのだから、オフィスにいないで早く帰ってデートしたらいいのに。この前も取材が急遽入ったから約束破っちゃって怒らせちゃったって言ってたじゃない。

パソコンを操作する私の隣で椅子の背もたれを抱いて椅子をゆらゆらさせながら私の仕事を眺めるのが彼の最近の趣味らしい。何回かキーボードを叩いて切りのいいところまで打ち込んだ私は成宮くんに顔を向ける。おそらく意図が分からない彼に顰めた顔を向けてるはず。ゲッとばかりに顔を歪める成宮くんに肩を竦め口を開く。


「どうとも」
「悲しいとか辛いとかないの?結構言われるじゃん、邪魔!とか」
「そんなのまだ可愛い方」
「ブス!とか?」
「序の口」
「強っ!知ってたけど。もっと、守ってー!みたいな子じゃねェと男は寄って来ねェよ?」
「へぇー知らなかった。成宮くんはそういう子が好みなんだ?プロフィールに追加しとく」
「そうじゃねェし!一般論!」
「なるほどね。確かにしなっとした女の子は可愛いよね、私も好き。守りたくなっちゃう」
「いや普通守られる方じゃん、女の子は」
「成宮くんは守りたいタイプ、と」
「俺の話聞いてる?」


守られたい、かぁ。まぁそうだよね。女の子だったら男の子が自分を守ってくれる背中にキュンとしたりするんだろうね。っていうか、キュンって自分の中でもう死語みたいになっちゃってるのが目の前で、つまんねーの、となぜかふてくされてる成宮くんじゃないけど女としてどうかとは私も思う。
クルクルと椅子を回し、オフィスに入ってきた綺麗な女性社員に声を掛けられご機嫌に返事をする成宮くんにまたもや肩を竦めパソコンで仕事を再開。彼を特集してくれるらしい雑誌の編集者と成宮くんのスケジュールの調整をしなくちゃ。

青道野球部のマネをしていた頃から可愛げなんて縁のない私だったし、今更といえば今更。誰かに甘えるなんて性質でもないだけに彼氏いない歴が最近ちょっと重たい年頃。
いいけど、と言えば強がりと言われるしこの仕事をしていると可愛げを出せば女に甘えてるなんて言われるし。世知辛いなぁ、と成宮くんが女性社員と食事に行こうと話すのを聞くとも聞きながら今日も成宮くんの交友関係を把握する日々に、こんなこともある。


「鳴は優しいよー!セックス!」


思わずブッとコーヒーを吹き出してゲホゴホッと噎せる私は只今ランチ中。き、聞きたくないけど店の中は席満員で今さっき注文したばかり。近くの席のおばさんに訝しげに見られ手を上げ失礼を侘びて鞄からハンカチを出して口を拭う。もう、最悪。会話が聞こえてきたのは背中合わせにする反対側の席。ここはオフィスからも近く、社員もよく利用するから…想像したくもないけど話してるのは成宮くんの彼女、かな。


「ガンガン攻めてくると思うじゃない?そんなことなくて、ちゃんと私のペースに合わせてくれる」


無になろ。成宮くんを選手としか見えない私にとってはこの会話は毒だ。バイトの子が乱暴に私の前に置いたプレートからピクルスを手に取りかじり、無になる術を身につけた。


「1番いい体位はー!」


お前マジで黙れ!

さらには私が成宮くん付きであるからならではでこんなことも。


「陽菜、聞いて…」
「う、うん…」


内心、ゲッ!なんて思ってる私の顔が引き攣ってることをグズグズと啜り泣く彼女は気付かないだろうね。
座りなよ、と私の近くの…よく成宮くんが座ってる椅子を引き寄せ彼女を座らせる就業時間の過ぎたオフィス内。しっかり仕事をしてから私に声を掛けたのはいいとして私はまだ仕事真っ最中よ。


「め、いと…っグズッ…」
「えっと…お別れしたの?」


うん、と彼女がこくり頷くのを見ながら皺の寄る眉間に手を当てて、はあぁ、と溜息をついてしまう。えっと…?彼女と成宮くんが付き合ってると聞いたのは…一月前じゃなかった?え、もう?いやいや、今回はもった方かも…。少し前に彼女と成宮くんが並んでる姿を帰宅の路に見た時は何の問題もなく見えたけど。

あーぁ…泣いちゃって…。
こうして成宮くん関連で相談を受けることは実は少なくないから、ティッシュを彼女に箱ごと差し出しながら、何があったの?と優しく聞く言葉が最早定型文。


「ヒッ、あの、ね…!私、彼のことが本当に好きで…!」
「うん」


言ってたねぇ、毎日。


「でもだからこそ、彼の気持ちが自分にないのが分かるし辛い…!野球が1番なのは分かってるけど、ワガママを言っても喧嘩にならないの」
「……うん」
「一見彼が優しいように思えるけど、優しいと無関心は違うわ。彼が優しくてなんでも許してくれるのは私に期待していないからって分かった。それが決定的な別れの理由」
「そう…」


私がもっと強かったらお別れしないで済んだかもしれない。でも私は彼を愛していたから、欲張りにならずにはいられなかった。鳴のことはこれからも応援してる。

涙ながらにそれらを語る彼女に私は慰めの言葉を言えず、ただ背中を擦り頷き聞いた。どちらの味方にもなることを望んでいない彼女の言葉は本心から成宮くんの成功を祈るものばかりで私は彼女が彼女のことを真に愛し大切にしてくれる男性に出逢えますようにと願うことしかできなかった。

そんなことがあった矢先に移動中のタクシーの中で渋滞に捕まり車内で成宮くんといれば、はぁ、とどこか苛立たしげに溜息をついたのは成宮くん。


「疲れてんのに」
「お疲れ様です」
「…本当にそう思ってる?」
「思ってるよ」
「どのくらい?」


うわ、今日はまだ一段と面倒臭い。彼が女の子とどう付き合おうが私には関わりがない話しだけど、彼が優しいとか懐が広いとかなんていう話しは私にはにわかに信じ難い。
御幸が言ってたことがあったっけ…。成宮鳴は色んな意味で想像の上をいく奴、って。

さて。どのくらい?と窓枠に頬杖ついて挑戦的に目を細めるその姿は正しく王様。え、なに?私、今裁かれてるんだっけ?そんな心地になってしまって今度は私が溜息…を、つきたいのをグッと堪えて、ポンッと膝を叩く。


「到着まで膝を貸そうか?」
「は…?」
「と、提案できるぐらいには成宮くんを労ってるよ。まぁ成宮くんには嬉しくもなんともないだろうけどね」


せめて眠りのお手伝いを、と続けようとしたけど膝に重みを感じて目をぱちくり。


「んー、悪くない」
「まさか本当にやるとは」
「なに?冗談だったわけ?」
「さあ?」
「うわ、可愛くない」
「照れたりすると思った?」
「んー…」


そんな考え込まれても…。私の膝に頭を乗せて靴を脱ぎ座席に横になった成宮くんを見下ろし真っ直ぐ私を見つめる綺麗な瞳をついついジッと見つめる。成宮くんの瞳は本当に綺麗。太陽の下に在ると陽の光を受けて透明にさえ見える。被ったキャップのツバの下にぎらりと光る強さが私は好き。ワガママで俺様で唯我独尊であるけど、彼の野球に向かう姿勢は好きだからこうして一緒に仕事が出来てるって、よく思う。

成宮くんはしばらく思案に間延びした声を出しながら私に手を伸ばして髪の毛に触れる。緩慢な動作で手にした髪の毛をするりと流してからその腕で目を隠してぽつりと言う。


「寝る」
「はい。おやすみなさい」


ありがとう、と成宮くんの本当に小さな声は聞こえないふりをした。



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