連戦の後の移動日を経ての開戦まで1日挟んで自主トレ日。
球団では新しいSNS開設を機に担当になった内の1人である陽菜が俺らの自主トレに帯同してそれぞれの写真撮影をするらしい。グラウンドで選手と喋りながらストレッチをしている時にそれを聞いて、初耳、と言えば内野手のロイが、コミュニケーション取れてんのか?、とにやり笑った。余計なお世話!


「陽菜、彼氏とかいんのかね?」
「聞いたことねェのか?成宮は」
「ないよ!興味もねーし、陽菜がサラッと答えると思う?」
「意外となんでも答えるぞ、陽菜は」
「前にスリーサイズ聞いた時も答えたよなー?」
「はあ!?セクハラじゃん!!訴えられるよ!?」


わはは!!って笑ってる場合かよ…、アメリカ怖っ!!
ひく、と口の端が引き攣る俺を置いて話題はアンディーの恋愛事情へと移りそれを聞くとも聞きながら目を細める。バッカじゃねーの、陽菜。そんなんだとこの中の誰かにあっという間に喰われるよ。あ、もう喰われてる?……いや、ナイナイ。陽菜に限ってナイ!
いつもオフィスいるし、俺との会話なんてよくて飯を何食ったかぐらいの話題。男っ気もないし、まぁ…それなりの見た目ではあるけど。全然だけどね!!俺が付き合ってる子と比べたら。


「鳴」
「んー?いてて!押しすぎ!!」


キャッチャーのルイスに背中を押され、ぐえっ、と思わず声が出る俺がムッとしながら見上げればニヤッと笑うって、なんだよ?


「聞きたくねェんじゃねーのか?」
「は?」
「鳴だって、陽菜が聞けば答えるような子だって分かってんだろ。あれだけ歯に衣着せぬ言い合いをしてきたんだ」
「別にそういうんじゃねェよ。興味がないだけ!」
「ふうん」
「……言い方!」


ニヤニヤしやがって!と喚くと、おら!と後ろからまた強く押されて、ぐえっ!てめ、アンディー!!鳥が首締められたみてーって笑ったの分かるぞ!!


「成宮くん、お疲れ様」
「陽菜!サラッと言ってねーでルイスの、えーっと…!」
「暴挙?」
「そうそれ!それが言いたかった!やめさせろよ専属広報だろ!?」
「残念」


スッと俺の後ろから隣に座り、ルイスに背中を押され伏せる俺の顔を覗き込む陽菜がにこりと笑い俺の肩を叩く。さらりと流れた長い髪に一瞬目が奪われる俺だけど…あー!もう、ルイス!!苦しいんだってば!!


「私の今日の仕事はこんな選手の一面を写真に撮ることです」


と、いうわけで。
そう続けて首に掛けていた高そうなカメラを俺に向けて、say cheese!と愉快そうに言いながらシャッターを切る陽菜。ムッカつく!!


「陽菜、俺も!!」
「はいはい。順番に撮るのでいつも通りにしててね。ロイ、ポーズ取らないで」


…アンディー、陽菜と距離近過ぎじゃん。陽菜も陽菜。肩に腕を回されて、おーい、とほっぺた突かれてんのにまったく動揺しない陽菜は慣れてんの?あの距離感。

チームの練習風景をあちこちの角度から撮っていく陽菜。ふと目をやればカメラを降ろす陽菜が真剣な目で画面を確認している。そんでまたカメラを構えてファインダー越しに俺たちを見てシャッターを切っていく。
…時々。切なそうに遠くを見てる陽菜に気付いたのはいつからだっけ?
空を見上げていたり、カメラを見て目を細めたり、声を掛ければいつも通り俺の目を真っ直ぐ見つめて淡々と話す陽菜になるけど。

…あーぁ、帽子も被らねェから汗掻いちゃってるじゃん。髪の毛、汗で首を貼り付いてる。
……やらしい。


「……は?」


ナイナイナイナイ!!絶対ナイ!!
なんだどうした?と驚くチームメイトをよそにブンブンと首を振って自分の思考全否定!!マジで有り得ない!!


「そういえばロイ、彼女とは順調なのか?」
「まあな。ただ、」
「ん?」
「彼女が一緒に暮らしたいらしくてな」
「そりゃまた。カイルに話だけでも通しといた方がいいな」
「それもあるが、毎日寝たり起きたりってどんな感じか想像がつかねェんだよな」
「言ってもこうやって移動がありゃ一緒にゃ居られねェだろ」
「だからこそ、居れる時は自分のところに帰ってきてほしいんだってさ」
「なんだ惚気か!」
「いやー、可愛いのなんのって!なー?陽菜も彼氏とそんな生活したいよな?」


ロイの奴、顔がだらしなく緩んじゃってんじゃん。彼女って、前に1度チームで飲みに行った時に連れてきた子か。ロイの傍にぴったりくっついて離れなかった女らしい女の人。
ふうん、順調なんだ。
キャッチボールをしながらそんな会話を聞いていれば話を振られた陽菜がカメラを下げて、んー、と間延びさせながら画面を確認する。
陽菜に聞いても彼氏いないでしょ。意味ないと思うけど。


「私はそうでもないかな。傍にいつも一緒に居て一緒に寝て起きるよりも、大切な人が苦しい時にその苦しさを退けてあげれる方が大事」


静かに起伏のない声調で淡々と語る陽菜の言葉が耳に届いた奴らはみんなあんぐりと口を開けて手を止めた。アンディーなんかは取りそこねたボールがずっと後ろに転がってる。
え?とぽかんとする陽菜が取り敢えずカメラを構えてそんな奴らを撮ってから怪訝そうに眉を顰め、真面目にやって、などと可愛くないことを言うからすぐにいつもの調子に戻り練習再開したけど。
……びっくりした。
陽菜が血も涙もないとまでは思ってないけど、あんな風に誰かを想う言葉を聞くのは初めてだったのは多分俺だけじゃないからみんなあんな反応。傍に居るより?…ふうん。もしそれが陽菜の想い方だとして、それは今まで俺が向けられたことがない想われ方だ。大抵はさ、一緒に居たいとか寂しいとかもっと構えだとか、そんな風に言うじゃん。ま、そんなワガママも可愛く思えたりするもんだけどね。

そんな、自分の想いよりも相手を尊重する想い方されたら心地良いだろうな。野球にも集中できる。


「ていうか、彼氏いるの?」
「いないよ」


あ、すっぱり答えた。
段々と距離をあけるキャッチボール。腕を大きく振りかぶる俺が聞けば、そんな俺の写真を撮ってから違うチームメイトを撮るために移動の傍らで陽菜が歩きながら答えた。


「上手く撮れてんの?」
「最高にカッコいい」
「へ!?」
「さすがの被写体」
「………」
「ブハッ!!成宮ー!!お前、被写体としては完璧だってよ!!」
「うるせーアンディー!!」


1年目は自分が思い描いていたより上手く行かない。チームの関係は良好だとしても、彼女が途切れずにいてもそれが原因でここ最近ずっと胸の奥底に重石が沈んでいるような感覚が拭えない。シーズン中盤になると俺の球を見切る選手も増えてきて、打たれる数も多くなっていった。それと同時にリズムを崩して何かが上手くいかず、その"何か"をモヤモヤと探す日々にストレスが溜まってる。


「陽菜ー?」


まったく…。写真、確認するからって自主トレの帰りに寄ってって言ったのそっちじゃん。
もう夜も遅く、踏み入れたオフィスはただ1つのデスクを照らす明かりを除いては真っ暗。うげ、不気味。
そして紛れもなくあの明かりは陽菜のデスクを指し示してるから、ふぅ、と溜息をつき肩を上下させてからポケットに手を突っ込み向かう。


「ちょっと、返事は……あ、」


寝てる。陽菜が。
いや、寝るよそりゃ人間だけど。けど、寝るとか泣くとかって人間のパーソナルな部分だからデスクに身体を倒して規則正しい呼吸で背中を上下させる陽菜の側に椅子を引いて座りながらまじまじと見てしまう。なんか、新鮮……。

肩から滑り落ちる長い髪の毛が顔を隠してて、指で避けてやれば瞑る目の睫毛を見ることができた。無防備な唇…。


「あ、日本の野球週刊誌」


へー!こんなの読むんだ!?陽菜が野球に詳しいのは知ってるけど、まさかこういうとこも勉強してるなんて驚き。当然っちゃ当然かもしんねーけど。
陽菜が開いたままにして腕の下に敷いてる雑誌をひょいと覗き込み、さてさて誰をチェックしてたのかなー?一也?雅さんとか?それとも哲さん?誰も彼もいつメジャーに挑戦してきてもおかしくねェし。

けど、誌面を飾ってるのはその内の誰でもない奴。塁に出すとめちゃくちゃ面倒くさい奴のくせに、最近じゃ打率も上がってきやがって塁から俺を煽りまくるいけ好かねェ奴!
倉持。記事の内容からしてトリプルスリー目前だとかなんとか。あー、そんなこと言ってたっけ。で、バッティングに関してアドバイスしてやった俺に結構だと一蹴してきた嫌な男。


「ふうん…」


俺の専属通訳兼広報のくせに、他の選手の特集ページ読み込んじゃって面白くねェ。
ジリジリと胸の奥が焦げて熱くてヒリヒリと痛むと同時に襲われた焦燥感に自分自身放心して絶句、のち、すぐに猛烈に熱くなる。
は!?意味分かんない…!なんで俺が、陽菜相手にこんな想いしてんだろ。カッと熱くなる顔に腕を当てて奥歯を噛み締める。
ムカつく…、なんかよく分かんねェけどムカつく…!


「陽菜!」
「ひゃっ!……あ、成宮くん…」
「…寝てるとか、なにやってんの?」
「ごめんなさい」
「…寝てないの?目の下、クマ」
「ん。大丈夫。こんなことで立ち止まってられないし…」
「!…何に対して?」
「…なんでもない。ごめんね。早く確認しちゃおっか」
「待たされてたのは俺」


まだ半分夢の中にいるみたいな、譫言のような調子はすぐに消えてテキパキとカメラを取り出して俺に選手紹介の写真の確認を求める陽菜は1度だけ何かを振り払うようにふるりと首を振ってデスクに広げたままになってる雑誌を閉じた。


「陽菜は大学からこっちって前に言ったよね?」
「うん。あ、この写真から。スクロールして自分が使ってほしい写真教えて」
「ん」
「それで、なに?いきなり」
「別に。日本の野球雑誌見てたみたいだから日本にいた頃から好きだったのかなって思っただけ」
「あぁ、これ?…うん。好きだよ」
「!…そ。あ、これがいい」
「どれ?」
「これ。…ていうかさ、陽菜が選んでくれてもいいんだけど」


他の選手は任せてたりするよ。
そう続ける俺からカメラを受け取り写真を確認する陽菜に、もしかして、と続ける。


「自分の写真に自信がないんじゃねェの?」


"好きだよ"ってさ、現在進行中じゃん。俺が聞いたのは日本に居た頃の過去の話だよ。胸の内がムカムカして言葉もきつくなるってんのが自分でも分かる。
カメラから顔を上げて俺を見つめた陽菜。あーぁ、喧嘩の始まりかな。陽菜も気が強いし、俺も引かねェしこんなのしょっちょうだ。


「…成宮くん」
「なに」
「喧嘩したいなら他の人にお願いしてね」
「は…?」
「憂さを晴らしたいなら、いい場所知ってるよ」


そこにだったら付き合う。
そう言って目を細め笑った陽菜にカッと顔が熱くなって思わず椅子から立ち上がり陽菜から距離を取った。
見透かされた。陽菜に!?

どうする?と陽菜が挑戦的ににやりと笑った。



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