盛大な会見が開かれる少し前にアメリカへ渡った。担当者とは何度も話し合いを重ねて契約の内容をしっかり確認して待ちに待った日。
渡米の前、稲実のOBが激励として会を開いてくれるっていうから嬉々として参加して、今は野球をやっていない懐かしい奴らや雅さんや同輩にも会えてはしゃぎ過ぎた翌々日。まだ酒が残ってる気がするんだよなぁ…。なんとなく覚えた英語が頭痛を誘発するようで、目の前で色々話されてるけど右から左へと抜けていく。 
ま、いいけど。
契約の段階で専属の通訳を頼んだし、チームも俺がしっかり成績を残せる環境を用意すると言ってくれたわけだし。あとは、結果を残すのみだ。


「成宮。広報のカイルだ」
「あ、よろしくお願いします」


おっかねー!迫力、ありすぎじゃない…?こっちの人って年齢不詳感すげーんだよね。
オフィスで紹介された無愛想でにこりとも笑わない広報のボスだというカイル。スッと手を出されて握手に応じる。……言葉が多く語られない分、目線が雄弁。この人、絶対に俺のこと歓迎してないじゃん。
一緒に日本から来たエージェントと顔を見合わせて苦笑いだ。
紹介されたってことは、この人が俺の専属?やっば…息が詰まりそ。


「少し待ってくれ。今、別件で外してる部下が来る」


部下?…って、言葉だよな?エージェントに顔を向ければ、部下だって、と答え合わせが出来たのはまだしもとして…部下?なんで?肩を竦めてもエージェントからは肩を竦め返されるだけ。
頭の上に疑問符が浮かんで首を傾げる俺のことをまったく気にも留めないことに眉根が寄る。俺、一応日本じゃNo.1ピッチャーだけど!


「遅れました。すみません」
「アンディーは?」
「問題ありません。軽い捻挫で、1週間は安静にとのことです」
「そうか。ならトレーナーに取り次いでトレーニングのメニューを考えるように伝えろ」
「はい」


カイル、でか!誰かがドアを開けて入ってきたけど見えないじゃん。声からして女の人だけどそれを差し引いても…やっぱこっちの男はでかい。いいけど!身体のでかさで負けてもピッチングで負けるつもりはねーし!
それにしても、綺麗な英語だ。ある程度かじっただけの俺でもそれが分かって思わず、おー、と感嘆。あ、カイル振り向いた。な、なんだよ別に悪いことしてないじゃん!目を細めて溜息つかれる意味が分かんねー!


「成宮、コイツが今日から成宮専属の通訳兼広報に就く陽菜だ」
「よろしくお願いします」
「………は?」


コイツって…どいつ?
なんとなく分かった英語に目をぱちくりさせているとカイルが身体を避けて、隠れていた人物へ顎をしゃくって指し示す。
長い髪の毛と、カイルを前にするからか余計感じる小ささと顔の幼さ。でも俺に挨拶したのは流暢どころじゃない無理のない日本語。

へ…?ちょっと待って。


「この子が俺に!?」


年下!?マジで!?俺が全野球人生を賭けたこのメジャー挑戦を補佐するのがこの子!?冗談でしょ!?

思わずソファーから勢いよく立ち上がりカイルを睨めばなんてことないみたいに肩を竦め口を開いた。少し面倒臭そうに。なんだよ、と唸るように言いながらまた座る。


「陽菜は成宮、お前と同い年だ。うちでは若手だが優秀な部下だ」
「え、ちょ…」
「……分からないか。陽菜」


カイルに名前を呼ばれ頷いた彼女はテーブルを挟んだ俺の前のソファーに座り口を開き日本語を喋りだす。真っ直ぐ見つめてくる目が挑戦的。


「私とあなたは同い年です。不安でしょうが精一杯努めます」
「精一杯って?言うだけなら誰でも出来るじゃん」
「………」
「ま、いいや。邪魔だけはしないでよ」
「はい」
「…成宮鳴。よろしく」
「三森陽菜です。よろしくお願いします」


…は!?手差し出したのに握手に応じないの!?頭を下げられて、それでは、とカイルに渡された資料をテーブルに広げ来る入団会見の段取りなどを説明していく三森サンは、何か質問ありますか?、と言うまで俺をちらりとも見なかった。へぇー…度胸あんじゃん。

…日本人で、俺と同い年で大人気メジャーリーグチームの広報。ふうん…。
淡々とした口調を聞きながら時々目を向けても色っぽさや魅力の欠片も感じない。ま、良かったか。あんまりにも魅力的な人に就かれても集中できないし。あ、カイルの狙いはこれか。


「成宮くん」
「なに?」
「何か分からないことありました?」
「1個だけ」


三森サンの視線を確認してから俺は三森サンに向かって手を出して人差し指を立てて見せる。


「俺はこっちでも誰にも負けるつもりない、って英語教えて!」
「会見で言うんですか?」
「もち。どこでだってナメられたらおしまいでしょ」
「!」


あ…笑った。ちょっと可愛いかも。
俺の言葉に一瞬、ふわりと目を細め笑った三森サンに目が見開き、へー、なんて思ったのも一瞬。


「大口は結果を出してからにした方がいいと思いますよ」
「はあ!?」


可愛くなぁーい!!
そう叫んだ俺をエージェントが、まぁまぁ、と窘めカイルには睨まれ三森サンは肩を竦められるアメリカ生活1日目。
俺と専属広報との出会いは最悪で、稲実のOB会で雅に言われた言葉が頭の中にこだました。
"鳴、喧嘩すんじゃねェぞ。勝てねェんだから"
いやさ、雅さん。喧嘩なんて野球ですりゃいいしそれなら負けねェけどこれは別問題。同い年の女の子が俺の専属通訳兼広報、しかもまったく俺を敬う感じナシ。いわば一緒に仕事をする仲間になる彼女を俺はどうも好きになれなそうだ。
けどテキパキと仕事はこなすし、俺がほしい時にしっかり訳をくれる。ちゃんと俺を見てるのは分かるから付かず離れず、表面上は上手くやっていくしかないか。俺だってちゃんと大人になってんだからな。


「成宮くん」
「うわ、陽菜」
「なにやってるの?もう…」
「別に。誰かさんが遅いから話してただけ。ね?」


あれから時が流れて、だんだんと日本語が減ってきた俺と彼女との間には敬語がなくなり呼び方もちょっと変わった。別に意味なんてねェけど。みんなが陽菜を呼び捨てるし、俺もいつまでも他人行儀は疲れただけ。

取材があるとオフィスに呼ばれ、足を向けた受付の女の子と話していれば目を細め呆れた表情の陽菜登場。

受付の子、可愛いんだ。
ふわっとしててメイクも綺麗。おしゃべり上手で話してると俺に会話の流れを任せてくれるから聞き上手。完璧!
俺の問い掛けに、はい、と頷いたこの子に陽菜が来る前に連絡先渡せて良かった!

バイバイ、とひらり手を振り陽菜と並んで歩く。


「今日って新聞のだっけ?」
「うん」
「…なんか浮かない顔」
「んー…ちょっと厄介な人なの。記者が」
「へぇ…」
「だから気をつけてね」
「あいにく取材とかは得意だよ」
「そうだね」


へぇ…珍し。陽菜が眉根を寄せて嫌悪感みたいなものを仕事で示してる。どんだけ嫌な相手なんだろうと興味が沸いて、むくりと胸の奥に育つ悪戯心。陽菜を困らせよ。


「今日はお忙しい中、お時間を取ってくださりありがとうございます」
「こちらこそ!よろしくお願いします」


俺の企みとは裏腹に、なんだ…全然普通の好青年じゃん。淡々と質問に答えながらちらりと控える陽菜に目をやると、あ…まだ眉根寄せてる。あれかな、生理的に合わないとか?そんなこと言ったら俺と陽菜だって十分にそれだろうけど。

日々のトレーニングについて、ピッチングについて、ファンの存在やライバルについて。ありきたりな質問に答え間もなく取材は終わって写真撮影で終わり!
どう?なんの問題もなく終わったよ!
ふふん、なんて陽菜を見ても肩を竦められた。褒められるなんて期待してないけど!


「色んな話が聞けて大変有意義な時間でした。ありがとうございました」
「いえ。俺としても色々な事を再確認しました。これからに活かしたいと思います」
「成宮選手は女性にモテそうですね」
「へ?あ、いや…」
「その辺りはどうなんですか?」


まぁ…モテる。こっちに来ても困らないぐらいには。…なーんてさすがに言えないけど。

ニコニコする記者の握手に応じながら答えあぐねていれば陽菜が、すみません、と横から割って入り俺の手に触れて握手を解いた。


「成宮は時間がないので、今日は失礼してもいいですか?」
「えぇ、はい。あ、広報さん。少しお話しいいですか?」
「はい。あ、成宮くん。先に私のデスクへ」
「はーい」


同い年だけど、ああいう機転を見せられるとやっぱ大人っぽく見える。凜とした強さの見える眼差しと横顔。黒髪が目立つこの地で堂々と長くそれを靡かせる潔い感じ、結構好きだ。

ま、あくまで仕事仲間としてだけど。

いわゆる応接室から出る間際、陽菜の後ろ姿を一瞥して言われたまま陽菜のデスクへ向かう俺のところに陽菜が来たのは30分も経った頃だった。


「遅くない?」
「ごめんね。手間取っちゃった」
「なに?今後の取材予定とか?」
「そんなところ。成宮くん、英語上手になったね」
「へ……」
「さっき取材見てて、訂正するところもまったくなかった。さすがね」
「ま、まあね!!」
「ただまだ発音が怪しい。これ」
「ん?」


サラサラと手近な紙に単語を書いて説明する陽菜に椅子を転がして近付き紙を覗き込む。あー、これ前にも注意されたやつだ。つい日本語で喋るみたいに言っちゃうんだよ、と俺が言えば、フフッ、と喉を鳴らして笑う声が聞こえて顔を上げた。


「!」


と、同時にぱちりと目が合った。陽菜の真っ直ぐ見つめてくる目と。紙を見てたから気付かなかった距離感に俺より先に目を見開いた陽菜は、綺麗だね、と言って椅子を転がして俺から距離を取った。綺麗って、なにが?


「成宮くんの瞳。綺麗だからつい見ちゃうんだよね」
「!」


綺麗って…は!?男に言う言葉だっけ!?
ましてやあの陽菜から出てくる言葉とも思えず、絶句してなんにも言えない。短い言葉にもならない音が情けなく口から零れ落ちるだけで、カァッと顔が熱くなるのを陽菜は気付かずに次の取材スケジュールはカレンダーに入れたから見ておいてなんて淡々と言う。


「成宮くん、聞いてる?」
「聞いてる!!」
「なに怒ってるの?」
「別に!!さ、もういい?俺、これから用事あるし!」
「デート?」
「そんなとこ」
「そう。気をつけてね。お疲れ様でした」
「お疲れ様!」


俺ばっか動揺してんじゃん!予想外…。陽菜があんな風に俺自身に興味を持つのは初めてかも。だからと言って可愛いとか口説きたいとか、抱きたいとかいう対象ではないけど。

そういえばチームメイトに言われたことがあるっけ。俺に陽菜が就いたのは羨ましいとかなんとか。どこが?と嘲笑する俺の肩をポンと叩いて陽菜は過干渉しないから私生活が楽だとかなんとか言ってたっけ。
……過干渉しないとかじゃなくて、俺といるのが嫌なんでしょ、陽菜は。



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