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久しぶりに、昼間のお散歩だ。冬は寒いけれど、夏なんかに比べたらまったくお話にならないくらいに快適だなあと思う。だって、夏の昼間に散歩なんて、絶対にできないもの。あの、黒い道、アスファルト。あれの上にてのひらを乗せるなんて自殺行為。
冷たい地面を蹴ってひたひたと歩いている僕は、世界の王様になったかのようにえらそうに、ずっと歩いていた。しばらくすると、ちょうど、中間地点のような場所に出た。
どの猫の縄張りでもない、ちょうど猫がいない地域。中立の場所、とでもいうんだろうか。
とにかくそんなところだ。特に人目につかない都合のいい裏路地があったり、集会を開くのに適した場所があったりしない、そんな役立たずな地域だ。
僕は、ここがけっこう嫌いではない。ほかのグループの猫と鉢合わせる可能性もぐっと低くなるし、何より、ひとりの自由な時間がある。しかも、ひなたもある。あとここにちょっといじめてつつける虫や小動物がいれば、気分はもう最高だ。
そんな標的を探してうろついていると、ふと影が差した。
「やあ、トラ」
ヒトの気配に気づかなかったとは、迂闊だ。しかも相手が大野さんときた。
さっさと逃げるに限る。僕は彼からふいと視線を逸らして猫なのに脱兎のごとく駆けだした。
「あっおい」
大野さんに捕まるとあとあといろいろ厄介なんだ。きっと、華さんの家まで連れ戻される。
というところまで考えて、鉤尻尾がぴこんと伸びた。もちろん、鉤の部分は曲がったままだったけれど。草むらに逃げ込んで一息ついて、そういえば大野さんは先週家に来たとき、やたらそわそわしていたなと思い返す。
あの顔は、僕がよく知っているものだった。「トラ」も、消える前、あんな顔をしていた。
「華さんのことよろしく頼むな」
あのとき「トラ」は、どこかそわそわした様子でコーヒーを淹れて飲んで、それから僕に、そっと触れた。
もしかしたら、大野さんは、何か華さんに隠している後ろめたいことがあるのではないだろうか。「トラ」が落ち着かない雰囲気だったのは、華さんに何か隠していたからなのだろうか。
どちらにせよ、華さんの危機であることは間違いなさそうだ。男がああいう態度を取ったあとで、華さんが追い詰められる。男には前科がある。
家までの道を、てってっ、と歩きながら考える。「トラ」が消えたとき、僕はよく状況が分からなくて何もできなかったけれど。もしかして今回も状況がよく分からないので何もできないかもしれないけれど。それでも、何かしら危機をこうして察しただけ、何か、してあげられることがあるのではないだろうか。
猫なんぞに、何ができるって思うけれど、きっと姐さんは笑うんだけれど。
「あ、トラ」
呼び止められて、立ち止まる。集会にいつも顔を出す野良猫だ。白と灰の毛が入り混じる彼は、ああいう集会にリーダーはいないけれど、なんとなくみんなのまとめ役をしている、みんなには「あおちゃん」と呼ばれている。青い目をしているんだ。
「華、家に帰ってるぞ」
「えっ? もう?」
平日とやらの、夕方だ。華さんは仕事に行くといつも夜まで帰ってこないので、ちょっと珍しいな、なんて思う。おなかも減ってるし、早く帰ってねだろう。そう思い、ありがとう、それだけあおちゃんに伝えて家路を急ぐ。
「あれ、トラ。おかえり」
鳴き声で返事をして、素足じゃない感触の足にご飯の催促で絡みつく。くすくす笑いながら食事を用意してくれた華さんを横目にかぶりついていると、ふと水滴が落ちてきた。それは、僕の座るすぐ横に落ちてきて、きれいに弾けた。顔を上げる。
華さんが、僕を見て微笑もうとがんばりながら、ぽろぽろ泣いていた。
20151126
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