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 鉤尻尾は、なんだかあまりほかの猫に評判がよくない。
 猫にも地域でグループのようなものがあり、僕がいつも行く集会所には、僕のほかに鉤尻尾が二匹いる。姐さんも、立派な鉤尻尾だ。ぴんと伸びた尻尾に憧れはあるけれど、僕は僕を馬鹿にする猫と仲良くしようとまでは思わない。
 華さんは、鉤尻尾は幸せを運んできてくれるらしいよ、と言って僕の折れ曲がった尻尾とよく指切りをする。
 でも、思うに、僕は華さんから「幸せ」を奪い「おもかげ」を連れてきた、そんな不幸な猫なんじゃないかって。そう考えないこともない。

「猫に何ができるってんだ。鉤尻尾だからって、幸せにしたり不幸にしたりなんて、できやしないよ」

 姐さんはそう、慰めのような諦めのような言葉を吐く。
 華さんが僕をトラと名付けたとき、「トラ」は心底げんなりしていた。それを面白がって、華さんはわざと僕や「トラ」をたくさん名前で呼んだ。

「でも、僕がいたからトラはいなくなったのかもしれないよ」
「そんなことあるかい。あんたが来る前から、華はここいらの猫の世話焼いてたんだ」

 たしかに、そうらしいけれど、たぶん、華さんの家に居座った猫なんてきっと僕が初めてだったに違いない。
 別にだから華さんに申し訳なく思うわけではないのだけれど、「トラ」を失くしたことによって近所の猫たちのモチベーションとやらが下がったのは、間違いじゃない。
 みんな、華さんのことが好きだから。一応猫だって、好きなヒトが元気を失くしたり不幸せだったりすると、気にしたりはするのだ。
 僕がこの地にたどりついた年の冬、「トラ」は姿を消した。夏にやってきた僕と、入れ替わるように。

「気にしすぎ。そんなことより、華は丸眼鏡とまだ付き合ってんの」
「うん。先週は華さんの誕生日だったから、お出かけしたみたい」

 でも、と思う。
 そういえば帰ってきた華さん、思い悩んでいたような気がするなあと。

「なんか、小さい箱を見て、悩んでいるみたいだった」
「箱?」

 白い箱だ。僕が両手を使えば持てそうなくらい小さな箱。
 中身が分からないから用心して開けないのか、それとも中身を知っていて開けないのか、それはさだかでなかったけれど、華さんの悩みの種になっているその小さな箱は、未開封のまま寝室のベッドサイドテーブルに置かれていた。

「そして僕は」
「うん」
「中身が気になって気になって」

 大きさとして、僕に与える何かである可能性もなきにしもあらずだなと思ったのだ。まあそんなのは言い訳で、気になって気になって。
 それで、テーブルの上でそれをつついているうちに。

「落としちゃった」
「おお、なんてこと」

 姐さんが、大仰な芝居がかった相槌を打ったけれど、大して、なんてこと、と思っていないのはうかがい知れた。

「中身、壊れたのかい?」
「うーん、箱を開けられないから分からない」

 きちんとラッピングされていたので、落ちても箱が開くという事態には至らなかったので、僕は中身を知らないままだし、中身が壊れてしまったのかどうかも知らないままだ。

「華、怒ったろ」
「……ううん」

 不思議なことに、いつも華さんは留守中僕が悪さをすると「メッ」と言うのだけれど、その箱を落としたことに関しては何も言わなかった。
 ただ、華さんの眉間の皺、すなわち悩みの種は増えたように見えた。僕が落とした箱をじっと見つめ、何か深く考え事をしているようだった。
 その横顔は、くちゃりと歪んでいたので、僕はそこで初めて。

「あの箱は大野さんがくれたものだったのかもしれないなあ」
「丸眼鏡が?」

 という結論に至るのだった。


20151107
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