■ ■ ■

 あおちゃんが胡散臭そうな顔をした。

「華、きっと、お見合いとかすんだよ」

 お見合い。それくらい僕でも知っている。知らない男女が初めて顔を突き合わせて、ご趣味は、なんて言い合って探り合って、結婚しようとすることだ。
 今日華さんは、年配の男の人に連れられて家を空けている。お父さん、って呼んでいたから、彼はそういう奴なのだ。
 お見合い、か。少し前に華さんが友達の結婚についてぐちぐち言っていたことを思い出す。嫌気ってやつが差したんだろうか、「トラ」を待ち続ける自分や、戻ってこない「トラ」に。
 もし「トラ」がそばにいたなら、華さんをそんなふうにやけっぱちにさせたりしないと思う。だって「トラ」は華さんのことをちゃんと大事に思っていたわけだし。
 でも現実問題、「トラ」はそばにいないし、華さんは実家に戻ってお見合いしている。
 華さんは、お見合いして結婚して、それでちゃんと幸せになるだろうか。

「どうかなあ。ならないと思う」
「そうなの?」
「だって、うまくいくわけない」

 そう断言するあおちゃんは、気迫に満ちている。そして、そのうまくいくわけない理由をとうとうと語ってくれた。

「華はたぶん結婚向いてないよ。だって、あのいけすかない丸眼鏡を選ばなかっただろ。トラのことをずっと考えていたからって、そんなのは言い訳だ。結婚とは妥協と許しなのだ。華にはそんな度胸ない」

 言いすぎでは。とは言えなかった。僕も同意見だからだ。
 華さんは、結婚に向いていないと思う。「トラ」のことを好きでいるというのがその何よりの証明で答えのような気がした。「トラ」も、結婚にはきっと向いていない。

「でもさ、ヒトってなんか、結婚早くしなきゃとかあるんだろ。よく分かんないけど」
「うん、友達が結婚するみたいで、お父さんに小言を言われるって言ってた」
「だろ。分かんねえな。あれって、たった紙切れ一枚の契約とかいうやつだろ。そんなもので縛りつけておけるわけないよなあ。だって、別れるときも紙一枚だぜ」
「そうだよね……。でも華さん、結婚したいみたいだった」
「えっ」

 あおちゃんが目を向いた。青い瞳が真ん丸になって、次にじっとりと細くなる。

「自分の適性を理解していないって、キケンだな」

 それはちょっと言いすぎでは。と言おうとしたところで、僕は不意に匂いを嗅ぎつけた。華さんが帰ってきたらしい。遠くからでも、猫の嗅覚はそれを嗅ぎ取ることができた。

「華の匂いだ」

 あおちゃんも気づいたようで、ふんふんと鼻を動かした。そして、顔をしかめた。

「なんかいやな匂いがするな」
「……うん、なんだろ」

 僕とあおちゃんは連れ立って、華さんの家に急いだ。猫用のドアをくぐってあおちゃんを勝手に招き入れ、待機する。
 どきどきする。この気持ちを僕は知っている。初めて華さんが、大野さんを家に連れてきたあのときのような気持ちだ。決して煙草の匂いも香水の匂いもさせていない大野さんの匂いが、僕は苦手だった。

「ただいま。……あれ、友達? 勝手に入れたら、駄目だよ」

 少し疲れたような顔で、華さんは雑巾が棒の先っちょについたような器具を持ち出して床の掃除を始めた。そんな華さんからただよってくるのは、少しのお酒の匂いと、あのいやな感じのする匂い。
 あおちゃんが鳴く。

「分かった」
「え?」
「これは、不調和、ってやつだ」

 不調和? それって、いわゆる調和していないっていうこと?
 くんくんと匂いを嗅いで、不調和と鳴いてみる。

「なに? ご飯ほしいの?」

 僕たちがにゃんにゃんわめくのを勘違いしたようで、華さんが棚を開けようとする。それを待たずして、あおちゃんは外に出て行く。

「華とこの匂いが合わないから、いやなんだ」

 そう。決して嫌いな匂いじゃないのだ。不快な匂いでもない。それでも僕たち嗅覚の敏感な猫がいやだと思うのはひとえに、合っていないから、だ。
 これが誰の匂いなのかは分からないけれど、少なくともヒトの匂いであることや、朝華さんを迎えに来たお父さんの匂いでないことはたしかで、そうするとやっぱり、お見合い相手のものかなって。
 そう思うと、悲しかった。


20160917
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