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冬の住宅街を抜けていく僕とすれ違う男。この辺りでは朝の出勤するお父さん以外あまり見かけないスーツ姿で、そしてよれたスーツのお父さんたちとは少し違うたたずまい、つまりあまりそれを着慣れていないふうで、でも頑張って着ている。まだ幼さの残る顔立ち。
僕に一瞥もくれず歩いていくその背中をじっと見つめていると、彼は、今しがた僕が出てきた華さんのアパートに入って行った。
少し思うところがあって、僕はくるりと方向転換する。
天気のいい日曜日、冬晴れの快晴の下で僕と、男と、華さんが、冬の大三角を描くことになる。
「……わたし、知りません」
「知らないではないでしょう」
家に戻れば、野性の勘は当たっていて、男は華さんを訪ねていた。陰鬱とした表情を浮かべている華さんは、けれどドアチェーンも外している。男はドア先で、詰問調で華さんに詰め寄っていた。
「兄がここに足繁く通っていたのは、知っているんです」
「……虎はとっくの昔にここを出て行きました」
「そう言って、ほんとうは匿っているんじゃ」
「ほんとうに出て行ったの」
ほう。「トラ」の弟分とやらのお出ましなのか。大三角の一角を形成していた僕は、徐々にその三角を小さくすべくふたりに近づいていく。
僕に気付いた華さんが声を上げた。
「トラ」
「えっ!?」
残念でした。僕がヒトなら、おどけて舌を出しているところだ。弟分の間抜けっぷりったらない。
精一杯のしたり顔で共同廊下に佇む僕と、無表情の華さんを交互に見つめる弟分が、やがて、言う。
「……紛らわしいことをしないでください……」
「紛らわしいも何も、その子の名前はトラだから」
「どういう神経しているんだ、兄の名前つけて、何をするつもりなんですか」
弟分と華さんの合間を通って部屋に入る。
「トラ、ごはんは?」
いらないよ、と言ったつもりで鉤尻尾をゆらゆらさせる。けれどそれに気付いたのか気付かなかったのか、華さんの声は近づいてくる。
「ごはん」
ごはん、って、先ほど僕が家を出ていく前にたらふく食べていたのを見ていただろう。
怪訝に思い華さんのほうを振り返れば、そういうことなので、とかなんとか言いながら男を追い返している華さんがいた。僕はだしに使われたというわけである。
男がまだ何か言いたげにしているのを無理やりドアを閉めて遮断した華さんが、唇を尖らせた。
「今更、消えた虎を探してるなんて、何か裏があるとしか思えない」
その言葉、そっくり華さんにお返しするよ。
おやつの煮干しをその手から咥え奪い取り、じとりと華さんを睨みつける。今更、消えたトラを探しているなんて。そんなの華さんだって同じだろう。
煮干しを床に置いて爪でつつきながら、さっきの男はほんとうに「トラ」の弟だったのだろうかって考える。
言われてみれば、どことなく丸い目とか、頬骨のあたりとか似ていたような気がしないでもない。でも、まあ、そんなことより、弟が「トラ」に何の用事があったのかを考えるほうが、建設的な気がする。
とは言え、まったく見当もつかじ。
煮干しを齧って、ちらりとテーブルの上を見る。少し前まで置いてあったあの白い箱は、いつの間にかなくなっていた。それとほぼ時を同じくして、大野さんはうちに来なくなった。
大野さんのくれたあの白い箱を華さんは気に入らなくて返してしまい、そして大野さんは怒ってここに来なくなったのだろう。
姐さんの喜びそうなお話が今日はできそうだなあ、なんて思いながら。
あくびをした。
20160404
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