「……」

 部屋の窓から見える森を見る。デスクに頬杖をついて、私はリンに聞いた。

「あそこにはなにがあるの?」
「何もない、ただの大きな森よ。あそこを越えると、大都市のテュランがあるわ」
「だいとし?」
「この街よりももっと大きな街のこと」
「ふうん……」
「昔から、テュランはアラン家が統治しているの」
「あらんけ?」
「アラン、という苗字よ」
「へえ、てゅらんにいったこと、ある?」
「ええ、あるわ」
「わたしもいってみたい」
「……そのうち行けるようになるわ。点検の時間よ、009」
「はい」

 白い部屋の白いベッドに横たわり、私は目を閉じる。天井も真っ白だ。
 痛いことはされない。ただ、この部屋に来るといつも思い出す光景がある。
 大丈夫だよ、と私のまぶたに大きなてのひらを乗せて視界を覆い、優しく笑う人。その人のことを、私は知らない。この建物にいる人物は、私に触れない。けれど、鮮明に、てのひらの温度から微笑む唇の角度まで、「覚えている」。

「異常は特になし……おや」

 つう、とこめかみを何か生温いものが伝った。

「どういうことだ?」
「分かりません……脳の温度が急激に上昇。クーラーを」
「間に合わない!」

 瞳からとめどなくそれらがあふれて、とどまることを知らない。
 私は今何を思って泣いているのだろう。あの優しい手の持ち主は、誰? 私は、誰なの?
 次に目を覚ますときに、あの優しいてのひらの持ち主が、私の隣で眠っているように。そんなことを思う。

「いったん機能を停止しろ! ショートする!」
「いったいなぜ急に……」
「分からない。焦げ臭いな」
「配線が焼き切れている」

 途切れる意識の寸前で、その人が言う。「ミーア」と。ミーアって、なんだろう。

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