「なんだと?」
「ヒューマンペットが動けるのは、チップが脳を無理やり稼働させているからなんです。つまり、記憶や反応といった機能は、すべてチップによるものです。そのチップを入れ替えると、記憶がリセットされます」
「……」
ヴィンセントさまが、言葉にならないと言うように息を詰めた。
「私、ヴィニーのことを忘れたりなんかしません」
「……ミーア」
ヘンリーが、そのアイスブルーの瞳を潤ませた。何かに耐えるようにぐっと奥歯を噛み締めているのが分かる。振り切るようにヘンリーが首を振った。
「とにかく、僕もこんなことしたくないんですけど、例外は認められません」
「ふざけるなよ、ヘンリー」
「僕だって、ミーアに忘れられるのはつらい」
でも、仕方がないんです。
ヘンリーはそう言って部屋を出て行った。不安がもくもくと黒煙のように思考を覆う。
「……私、ヴィニーともう、一緒にいられないのですか?」
「何とかしてみせる」
ヴィンセントさまはそう言って私の頭を撫でてだきしめてくれたけれど、生まれてしまった感情を抑えるすべを持たないわたしは、どうにもできなくて、ぽろりと目から何かが零れ落ちた。
ヴィンセントさまと、離れ離れになってしまう。優しい手も甘い瞳も、落ち着いた低い声も大きな身体も、何もかもを奪われてしまうのだろうか、私が知らないうちに。
「ヴィニーのことを忘れてしまうの、嫌です」
「ミーア」
「もっと一緒にいたいです」
「……」
「でも、私がそんなふうに思ってしまうから、私は欠陥品なのでしょう?」
「そんなことはない」
「もし、ヴィニーのことを忘れてしまっても、また可愛がってくださいますか?」
「もちろん」
「ほんとうに?」
「ほかの誰にも渡さない。誓って」
ヴィンセントさまがそう言うのなら、私はここから連れ出されることはないのだと安心する。何とかしてくれるのだ、きっと。
ほっとして目を閉じる。ぶうん、と頭の奥で機械音がして、これが私の鼓動なのだと思う。ふわりと撫でてくれた心地よい手に、そっと眠りと手をつなぐ。
「大丈夫だよ、ミーア」
目が覚めたとき、ヴィンセントさまが隣にいないなんて、想像もせずに。
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