「私、いい子にしています」
「ミーア?」
「ヴィニーが奥様を迎え入れても、いい子にしているので、売りとばしたりしないでくれたら」
「ミーア。いい加減にしなさい」
「……」
「俺は君以外は必要ないと言っているんだ。どうしてそう聞き分けがないんだ?」

 少し怒っているようだった。私は自分がそんなにまずいことを言った気がしないし、むしろ上手に言えたことを褒めてほしかったのに。

「ミーア、よく聞いて。俺は、この屋敷に君以外の女性を迎えるつもりは一切ないし、君を売りとばすつもりもない。分かるね?」
「……」
「今日の見合いは付き合いで仕方ない部分もあった。どうせ破談になるのだからわざわざ君に言う必要もないと思った」
「……」

 じっと黙って聞いていると、ヴィンセントさまが眉を寄せてしかめっ面になる。

「君には、俺は君がいるのに更に妻を迎えるような人間に見えるのか?」
「そっ、そんなことは……」
「二人も同時に愛せる器用な人間ではない」

 頬を両手ですくい上げるように包まれて、まぶたにキスが落とされる。
 くすぐったくて身をよじると、ヴィンセントさまは面白がるように顔のあちこちにキスをした。

「ヴィニー、結婚しないんですの?」
「しつこいな。しないと言っているだろう」
「ほんとうに?」
「なぜ疑うんだ」
「ご、ごめんなさい」

 少し強い口調でそう言われてしまえば、私はもう何も言えなくなる。いろんな気持ちをぎゅっと押さえつけて、おそるおそるヴィンセントさまに抱きついた。抱きしめ返してくれるその大きな身体は、とくとくとあたたかい音がする。その音を聞いていると、何も心配することはないのかもしれないと、根拠もなく思えてくる。
 しがみついてその音をじっと聞く。よかった、ヴィンセントさまはここにいる。

 ◆

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