「ふあ」

 ヴィンセントさまが、その細くて繊細な指で私の首筋をなぞりながら、キスをする。
 舌を絡めるようなこれを、ふれんちきす、と言うらしい。どうしてフランスの名前が入っているのか聞いてみたら、イギリス人のフランス人に対するイメージが語源なんだと教えてくれた。細かいことは分からなかったけれど、遥か昔、イギリスとフランスはとても仲が悪くあったようだ。
 ヴィンセントさまはそのまま私を抱っこして、寝室に続く扉を開ける。廊下に出なくとも、ヴィンセントさまの仕事場と応接間と私室はつながっているのだ。
 これから少し痛くて気持ちいいことをされる。ヴィンセントさまは、私が気持ちいいとき猫のように鳴いてしまうのがたまらないと言う。

「ヴィニー……」
「いい子だ、メアリ」

 亡くなった細君のお名前は、メアリさまという。ヴィンセントさまはこうしている間絶対に私の名前を呼ばない。私に細君を重ねている。ヴィンセントさまは私を抱いているのではない、メアリさまを抱いてらっしゃるのだ。
 不満なんてひとつもない。私みたいなヒューマンペットが、こんなふうに優しくしてもらえるなんて、とても稀なケースだと、一ヶ月に一度私の点検に来るヘンリーが教えてくれる。大抵の売られたヒューマンペットは、落札者の「せいどれい」か「いっときのなぐさみもの」になるんだそうだ。
 よく意味は分からないし、辞書にも載っていないけれど、いくら私が亡き細君に似ているからと言って、暴力の痕がなかったりどこかの機具が破損していないのは、とてもとても珍しいんだって。
 もちろんヴィンセントさまは暴力なんかふるったりしないし、機具を壊されるような仕打ちもされたことがない。私の整備をするヘンリーは、ミーアは点検が楽でいい、といつも言う。
 今日も青いくるりとした瞳で真剣な顔をして私をチェックするヘンリーは、くるくるの巻き毛を整備士の制服である赤い帽子に押し込んでいる。

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