私はもうすらすらと文字が読めるようになったのだ。辞書で知らない言葉を引くときも、もたついたりしない。なので、おみあいが載っているページもすぐに開けた。

「……」

 おみあいの項目を見て、私の心がきゅっと縮こまる。ヴィンセントさまがお見合いをしている。それは、私にとってひどい大事件だった。大丈夫なの、と心配そうに聞いてきたマーガレットの顔が浮かぶ。
 ヴィンセントさまは今日は仕事で屋敷を空けている。でも、マーガレットの言うことがほんとうなら、それは仕事じゃないってことだ。
 もくもくと不安の煙が渦を巻いて私の心に押し寄せる。
 ヴィンセントさまが、お見合いして、結婚してしまったら、私はお払い箱なのだろうか。だって、奥様がこの屋敷に来てしまったら、私の居場所はどこにもない。
 どうがんばったって、結局私はヒューマンペットで、人間には勝てっこない。左腕だって作り物だし、それ以前に、私自体が作り物なのに。人間そっくりだけれど、人間にはなれやないヒューマノイド。
 お見合いのページを開いたまま私がじっと椅子に座っていると、書斎の扉が開いた。

「ミーア。ただいま」

 弾かれたように顔を上げる。少し疲れたような顔をしたヴィンセントさまが穏やかに笑っている。
 心臓がどきどきと鳴っている。ヴィンセントさまは私を売りとばすのだろうか。それとも感情が芽生えてしまったので研究所に引き取らせるのだろうか。

「何を調べていたの?」
「あ、え、と、その」

 慌てて辞書を閉じる。ヴィンセントさまが不思議そうに首を傾げた。そして、私の座る椅子の隣に立ち、頭を撫でてくれる。

「何か分からないことがあった?」
「……いいえ、何も」
「ミーア、何かあったのか? 顔色が悪い」

 そっと頬を撫でられて、私はたまらなくなった。この優しい手がほかの誰かに触れることを考えると、なんだか頭の奥がふつふつと熱くなる。
 ぺっとりと猫の耳が垂れ下がっているのが、自分でも分かるくらいなのだから、ヴィンセントさまにはすっかり見えているのだろう。気遣わしげに耳を撫でられる。

「ミーア?」
「……ヴィニー、結婚するんですの?」
「えっ?」

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