「庭に出たことは?」
「ほとんどないんですの。この前、バラが咲いたときにマーガレットと出ただけです」
「そう。庭も広いからね。ミーアが迷子になったら大変だし、メイド以外と一緒に出てはいけないよ」
「はい」

 元気に返事をしたミーアが、はやくも鼻の頭を赤くしている。そして、俺が持っていた厚紙に目をやった。

「どうすれば雪の結晶が見れるんですの?」
「こうして、雪が紙に降ってくるのを待つんだ」

 庭の東屋に座り、俺は厚紙を持った手だけを屋根の外に出した。雪がそこにはらはらと散る。

「どうだろう」
「……み、見えます!」

 ミーアが興奮した様子で、厚紙の上の雪のかけらを指差した。

「あっ、これとこれ、形が違います!」
「そうだね。雪の結晶にはいろいろ種類があるらしい」
「これ、大きいです!」

 はしゃいでいるミーアを見ていると、こんなに寒いのに心はほっこりとあたたまってくる。
 人は、なんだって言うだろう。ヒューマノイドに恋をするなんて馬鹿だとか、いろいろ。
 でも、俺がこれで幸せなら、世間体なんか気にすることはないと思う。跡継ぎがどうの、と苦言を呈す奴もいるが、跡継ぎとミーアのどちらかを選べと迫られたら俺は間違いなくミーアを選ぶ。
 そっとミーアの手を握ると、驚くほど冷たい。

「ミーア。冷えている。もう中に入ろう」
「も、もう少しだめですか?」
「明日も、あさっても雪は降る。今日はもうおしまいだ。風邪を引かれたら困る」
「……はい」

 厚紙を持ったまま、ミーアが唇を尖らせてついてくる。なんだか悪いことをした気になるが、ミーアが風邪を引いてしまってつらい思いをするのは、俺がいやだし、何よりヒューマノイドは熱には気をつけないといけないのだ。体温が上昇すると、脳の回路に異常が出る可能性も否めないとヘンリーは言っていた。

「雪の結晶、とても素敵でした」
「そうか。よかったね」

 にっこりと笑うミーアに、こちらも笑みがこぼれる。
 もう、今日の仕事は終わったので、あとは寝室でミーアとのんびりできる。
 そう告げるとミーアの表情は、雪の結晶を見ていたときよりも輝いた、気がした。それになんだかくすぐったい気持ちになってしまったのは、仕方ないと思う。
 寝室で外套を脱いで帽子を取ると、ぴょこんと猫耳が飛び出す。その愛しい耳にキスをして、俺はミーアを暖炉の前のロッキングチェアまで連れて行った。


20121119
20150212改稿

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